風呂上り

「あ、姉貴。ただいま」


 セレネが弟イアソンとの入浴を終え、服を着終え、浴室から出てくると、姉クロエとデメトリオが横一列で歩いているのに出くわした。


「クロエおねえちゃん、デメトリおじさん、こんにちは!」


 イアソンは姉クロエとデメトリオにご挨拶。無邪気な様子が二人の顔を緩ませる。


「イアソン君。こんちはっす。風呂上りっすか」


「うん、セレネお姉ちゃんと入ってきたの! おじさんも今度一緒に入ろ」


「姉御とっすか? いいっすね」


 デメトリオの言葉にセレネは嫌な顔を……していなかった。それどころか、恥じらいを見せている。


 デメトリオは二五歳。セレネが率いる海賊団のならず者には珍しく、中性的な顔立ちの男だった。体毛の処理も怠らないところから身だしなみには気を遣うタイプで、変わった口癖と他者への敬意を払わない点ぐらいしか欠点がない。


 海に生きるイケメン。風にたなびく黒髪のサーファーカットが似合う男。それがデメトリオだ。


「姉御、どうかしたっすか?」


 いや、もう一つ欠点があった。


「あんた、混浴って分かってて言ってんのか!」

 

 セレネの右ストレートが彼目掛けて飛ぶ。そう、デメトリオには女心が分からない。


「逃げるな! 一発殴らせろ!」


「なんでっすか。あっしは悪いこと言ってないっすよ」


「言った!」


 右ストレートを躱しつつ、デメトリオは王宮の廊下をセレネから逃げるために走り回った。


「クロエお姉ちゃん。僕、悪いこと言った?」


「いいえ、悪くないわ。顔を真っ赤にして走るセレネがみっともないのよ」


 妹に聞こえるようにクロエが言うと、名指しで非難されたセレネが姉のところまで戻って来た。


「じゃあ、姉貴はあいつと混浴できるのかよ」


「できないわ。恥ずかしいもの」


「だろ?」


「だけど、それをあからさまに示すのは良くないわ。ましてや殴りかかるなんて」


 クロエの目には、妹セレネの方が弟イアソンよりも幼く見えていた。気持ちをありのままに態度で表現する。確かに幼児だ。


 はっきりと指摘されたうえに頭も冷めてきたのか。セレネは上気した顔を元の白肌に戻した。


「すまない、デメトリオ。ついカッとなっちまって」


「あ、いいっすよ。姉御もお年頃っすもんね。失礼しやした。昔みたいにしちゃいけやせんな」


 デメトリオは昔のことを思い出す。今のイアソンと同じ年齢の双子姉妹と一緒に湯舟に浸かっていた頃のことを。


(随分と大きくなっちまいやしたな……)


 デメトリオが感慨深そうにしていると、その姉妹にじいっと睨まれていた。


「ど、どうしたっすか?」


 セレネは「分かるだろ?」と姉クロエに目配する。クロエは答えた。


「確かに。セレネの言う通りかも。少し如何いかがわしい眼つきをしたように感じるわ」


 姉妹はくすくすと笑い合いながら彼を置いて、イアソンと共に書庫へと向かった。置いてけぼりをくらったデメトリオは一言。


「あっし、そんなに変な目してるんすかね?」

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