王宮での一休み

 セレネとデメトリオが王宮に入る。

 裏門から進入する様はさながら盗賊だ。


「セレネ様。お疲れ様です」

「あんがと!」


 王宮の入り口で二人を迎えたのは、王の執事だった。


「デメトリオ殿もお疲れでしょう。先ごろ湯が沸きましたが、いかがですか?」

「あ、じゃあ――」

「あたしが先に入る!」


 セレネがデメトリオの返答を遮って、そそくさと風呂場へと走り出す。「もう汗だくだ」とぼやきながら。


「ありゃ、あっしへの当てつけっすねえ」

「でしょうねえ。まあ、私はあなた方の匂いには慣れましたが」


 執事が鼻をつまむ仕草をしてみせる。デメトリオはそれに「臭いっすか?」と応答。二人は笑いあう。両人とも本気で言っているのではないようだ。


「セレネ様が上がるまでお待ちください」

「なら、あっしは先に陛下に謁見えっけんしたいっす」


 執事が相手でもデメトリオの口調は変わらない。失礼にあたいしそうなものだが、彼は気にする風でもなく、


「少々お待ちください」


と伝えて、謁見の間へと消えていった。


 一人で待たされることになったデメトリオは、手持ち無沙汰になるとあごに触れた。


(さて、今日はどんなお叱りを受けるかねぇ……)


 デメトリオは両手で数えだす。これまでにセレネの件で王に叱責された回数とその内容を。


 ある時は「娘が血まみれで帰ってきたぞ!」と怒られた。

 ある時は「髪がぐちゃぐちゃじゃないか!」と怒鳴られた。

 またある時には「どうして下着だけで帰って来させた!」と文句をつけられ……。


 セレネの父は過保護なところがあった。それはデメトリオのみならず、王宮で働く全ての者が抱く思いだった。


(まあ、仕方ないっすわなあ。陛下は外での仕事なんざ出来ねえ体だし)


 デメトリオがそう思っていると応接間の開く音がした。そこから執事が顔を出し、


「どうぞ」


と告げられ、入室するよう促される。


 デメトリオはシャキッとした面持ちで会談に臨む。

 こうすることで王からの責めをかわすことが出来たら、と願いながら。



「ふう、気持ち良い!」


 庶民ができない贅沢である入浴を、セレネは存分に楽しんでいた。バスタブに体を沈めて、海戦の疲れを癒す。港に戻ってすぐに血は拭ったが、汗臭さが残るのは嫌だったのだ。十八歳の乙女らしい感覚だろう。


 その時、彼女の耳に自分の方へと向かってくる足音が聞こえてくる。

 やがて、歩幅は小さく可愛らしい歩き方をするその人は、セレネがいるのも構わずにカーテンを開けてくる。


「セレネお姉ちゃん、一緒に入ろ!」

「いいけど……いいの、イアソン? あたし臭いわよ」

「そんなことない! セレネお姉ちゃんはいい匂いするもん」


 イアソンは四歳になったばかりのセレネの弟だった。幼い彼には混浴への抵抗などなく、ささっと服を脱ぎ散らかして、セレネの浸かる湯船に大きな飛沫ひまつを立てて飛び込んだ。


「お姉ちゃん、お仕事どうだった?」

「上手くやってきたよ」

「本当? 悪い奴をやっつけてきた?」

「もちろん。だから、体をこうして綺麗にしてるの」


 イアソンは目を輝かせて言う。


「僕も大きくなったら海賊王になる! そしてパパのかわりに大活躍するんだ」

「そう……だね。そのためにお勉強を頑張って」


 セレネは弟に相槌あいづちを打ちつつ、心にわだかまりを抱えていた。


 彼女は、海賊という汚い仕事をこなさなければならない祖国の現状を変えたい、と密かに思っていたのだ。

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