王宮での一休み
王宮に入るセレネとデメトリオ。こっそりと裏門から進入する様はさながら盗賊だ。
「セレネ様。お疲れ様です」
「ありがと!」
王宮の入り口で迎えてくれたのは、王の執事だった。
「デメトリオ殿もお疲れでしょう。先ごろ湯が沸きましたが、いかがですか?」
「あ、じゃあ――」
「あたしが最初に入る!」
セレネがデメトリオの返答を遮り、そそくさと風呂場へと走り出す。「もう汗だくだ」とぼやきながら。
「ありゃ、あっしへの当てつけっすねえ」
「でしょうねえ。まあ、私はあなた方の匂いには慣れましたが」
執事が鼻をつまむ仕草をしてみせる。デメトリオはそれに「臭いっすか?」と応答。二人は笑いあう。両人とも本気で言っているのではないと分かっていたから。
「セレネ殿が上がるまでお待ちください」
「なら、それまでの間に、陛下に
王宮に入ろうともデメトリオの口調は変わらない。失礼に
「少しお待ちを」
と伝え、謁見の間へと消えた。
一人で待たされるデメトリオ。彼は手持ち無沙汰になり
(さて、今日はどんなお叱りを受けるか……)
デメトリオは両手で数えだした。これまでにセレネの件で王に叱責された回数と内容を。
ある時は「娘が血まみれで帰ってきた」と怒られ、ある時は「髪がぐちゃぐちゃじゃないか!」と怒られ、またある時には「どうして下着だけで帰って来た?」と文句をつけられ……。
セレネの父は過保護なところがあった。それはデメトリオのみならず、王宮で働く全ての者が抱く思いだった。
(まあ、仕方ないっすわなあ。陛下は外での仕事なんざ出来ねえ体だし)
デメトリオがそう思っていると応接間の開く音がした。そこから執事が顔を出し、
「どうぞ」
と短く一言。入室するよう促された。デメトリオはシャキッとした面持ちで会談に臨んだ。
こうすることで王からの責めをかわすことが出来たら、と願って。
◇
「ふう、気持ち良い!」
庶民が出来ない贅沢である入浴を存分に楽しむセレネ。バスタブに体を沈めて、海戦の疲れを癒す。港に戻ってすぐに血は拭ったが、汗臭さが残るのは嫌だった。この辺は十八歳の乙女らしい。
その時、自分の方に向かう足音が耳に入った。歩幅は小さく、可愛らしい歩き方をするその人は、セレネがいるのも構わずにカーテンを開ける。
「セレネお姉ちゃん、一緒に入ろ!」
「いいけど……いいの、イアソン? あたし臭いわよ」
「そんなことない! セレネお姉ちゃんはいい匂いするもん」
イアソンは四歳になったばかりのセレネの弟だ。幼い彼に混浴への抵抗などなく、服を脱ぎ散らかして、セレネの浸かる湯船に大きな
「お姉ちゃん、お仕事どうだったの?」
「上手くやってきたよ」
「本当? 悪い奴をやっつけてきた?」
「もちろん。だから、体をこうして綺麗にしてるの」
イアソンは目を輝かせて言った。
「僕も大きくなったら海賊王になる! パパのかわりに大活躍するんだ」
「そう……だね。そのためにお勉強を頑張って」
セレネは弟のイアソンに
海賊という汚い仕事をこなさなければならない祖国の現状を変えたい、と思っていたのだ。
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