いわくつきの島

 ムカデは害虫だ。鋭い牙には毒があり、夜には獲物を求めて活動する。昼は動かず、陽を避けるように潜伏する。人間から好意を持たれることはまずない存在だ。


 その生物の名を冠された島がある。名はナクサス島。他国からの呼び名は「ムカデ島」と「呪われた島」だ。


 字面じづらを見れば分かるように、ナクサス島に良いイメージはない。


「デメトリオ、やっぱ王宮に行かなきゃダメか?」


 島に降り立ってしばらくの間、逃げ出す口実をセレネは探していた。デメトリオはそれを受け流す。


「だめっすよ。お父様に会ってくだせえ。そうでねえとあっしの首が飛びかねないんすから」


「あーもう。あのクソ親父と一秒たりとも同じ空間にいたくないのに!」


 セレネは心の底から父とは会いたくない様子。だからなのか、歩いている市内の露店に目を移してばかりいる。


 二人とその他の海賊船の乗組員が練り歩いているのは、ナクサス島唯一の国イラクリス。三千人が暮らす同都市は別名、


「海賊女王の生誕地」


と呼ばれている。その訳はナクサス島と人の歴史に関連しているのだが、それは追々明らかになる。


「デメトリオ。ちょっと待ってて」


「はい?」


 セレネは海の幸を香らせる露店へと一直線。彼女はあっという間に二人前の料理を買ってきたらしく、


「ほい、あんたの分。食え」


とデメトリオに強要した。セレネが持っていたのは串に刺されたタコの足。ほのかに湯気が立っている。


「早く食いなよ。冷めたらおいしくないぞ」


「姉御、あっしはタコは」


「グチグチうるさい。さっさと食え」


 とっくに食べ終わっていたセレネは、苦手な顔をするデメトリオに無理やりタコ足を食べさせようとした。これには彼もたまらず一口だけ噛んで、


「あっしはこれで十分っす」


と言った。それをセレネは、


「じゃ、じゃあ、あたしがもらうよ」


とだけ返して、デメトリオからそれを引ったくり平らげてしまった。彼がかじり付いた物だということに少しどぎまぎしながら。


「タコは苦手なんすから、あんまり勧めないでくだせえ」


「どうしてさ?」


「ほら、『タコを食べると命を吸い取られる』って言うでしょ」


 デメトリオは迷信深いらしい。根拠のない言説を鵜呑みにしている。


「そうなの? あたしは違うのを聞いたぞ」


「それはどんな」


「『タコを喰えば、悪いものと一緒に外に出ていく』だって」


 そう言うとセレネは人目もはばからず全身で大笑いする。スカートの中が見えそうになるのも一向に気にせずに。


「姉御、下品っすよ。おやめくだせえ」


「ああ、ごめんごめん」


 少しして落ち着くと、セレネは自分に向けて呟いた。


「でも、本当にそうなってほしいよな」


「姉御?」


「いや、なんでもない」


 話は打ち切られ、二人は小高い丘の上に建てられた目的地の城へと走っていった。

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