プロローグ3
「なぜ奴らの接近に気付けなかった!」
海賊の船隊から最も近くに位置していたガレー船の船長が叫んだ。
「船長、敵は岩礁の陰に潜んでいたのかと」
「うるさい!」
見張り員の言い訳を遮り、船長は海賊船団のリーダーと思しき船に船首を向けるように指示を出す。敵船との距離は五〇〇メートル弱。瞬時に判断を下さねば、船もろともお陀仏だ。
「ムカデの旗を大きく掲げている船に衝角攻撃を仕掛けるぞ! 奴隷に鞭を打て!」
◇
対する海賊船団側。
船団の長セレネは、やっと姿を見せた獲物を見て元気を取り戻した。彼女は籠から海面を見下ろす見張り員に尋ねる。
「獲物と護衛の数、それと配置を教えてくれ」
「商船の周りに四艘のガレー船。
陣形報告を聞き終えたセレネは慌てることなく、岩礁の陰から船を、「小さなムカデ」の出航を指示した。
「決まってんだろ。護衛を残らず潰せばいい」
籠の見張り員はロープで甲板まで降りて来ると、傍らのセレネに呆れ顔をしてみせる。
「姉御、いっつも同じ指示っすよ」
対してセレネは、見張りの男――名をデメトリオという彼に笑顔で答えた。
「デメトリオ。あたしが細かいことを考えるやつだと思ってんのか」
「いえ、まったく。いつもの姉御っす」
二人の会話が終わると同時に、七艘の海賊船は獲物へと足を進めていく。動力である甲板下の男どもが汗を流しながら、櫂を力の限り漕ぎ出す。全ての船が最大船速でもって、標的の確保に動いたのだ。
当然、商船を守るガレー船団も動き出す。
「あいつらは積み荷が目当てだ。何としても守り切れ!」
各ガレー船の船長が同じ指示を出した。四艘のガレー船と七艘のガレー船による、
「赤い帆の船に目掛けて突っ込むぞ! 総員、怯むな」
セレネの声が響く。
双方が敵船を微かな光と、掲げられた松明によって判別する。夜の海戦であり、位置関係の把握は困難。対する敵船団もムカデの帆を見据えて、衝角を突き刺そうと試みる。
衝角は、船主の水面下に取り付けられた体当たり攻撃用の武装だ。これを櫂による推進力に乗せて、敵船の腹を突くことで穴を
セレネ率いる海賊船団も、商船を守護するガレー船団もお互いが見せる隙を見逃すまいと、衝角を刺すタイミングを窺った。船の腹を見せないようにしつつチャンスを待ったのだ。
「とおぉりかあじ!」
先に動いたのはセレネ。自分の船の舵手に、船を左に転ずる指示を出す。舵手は慣れた手捌きで
「二艘で突っ込んでくるつもりか。腹を見せるな。どうにか回避しろ!」
対する船長側の指示は曖昧でいい加減だった。察するに海戦を良く知らないのだろう。そんな指示を出された部下が、どう動けば良いか分かろうはずもない。
ガレー船はセレネともう一艘に腹を見せないことだけを考え、二艘の間を無理に突っ切る決断をした。船内に
しかし、それはセレネの思う壺だった。彼女は舵手に命じ、櫂を動かすのをやめさせると、
「両弦から攻めるぞ。足を切り落としてやれ!」
と下知。その後、セレネは敵戦の右舷の、もう一艘は左舷のぶつかるギリギリを走らせた。
「櫂をしまえ!」
再びセレネの命令。二艘の船から「足」が引っ込められる。後は風に任せて進んでいく。
「おい。櫂をしまわせろ!」
慌てたのはガレー船の船長。ここにきて相手の意図が分かったのだ。彼は甲板下部に押し入り、太鼓を鳴らすのを止めさせ、奴隷に櫂をしまわせようとした。
だが、既に手遅れだった。疲労し切った奴隷たちは満足に腕を動かせない状態だったのだ。そして、間もなく響いたのは「足」の奏でる悲鳴。
セレネと仲間の船が両弦からガレー船を
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