プロローグ2

 商船は帆を広げ、月明りを頼りに海を進んでいた。周囲には四艘の戦闘艦が守りを固めている。


「隊長殿、どこかに寄港した方がよろしいかと」


 商船に乗る商人らしき男が手を揉みつつ、隣にたたずむ仏頂面の男に懸念を伝える。


「間に合わなくなるから却下だ」


「それはそうですが……月明かりを頼りに沿岸を離れて航行するなど、狂気の沙汰かと」


「それは私だって分かっておるよ」


 表情を変えずに、だが語気を強めて商人の抗議を遮断する男。彼は腰帯に剣を差し、赤いチュニックの上から鎖帷子くさりかたびらを装着していた。その姿を見れば、誰もが軍人だと判断するだろう。


(何も起こらなければ良いが……嫌な予感がする)


 軍人である彼は、内心で現在航行中の海域に不安を感じていた。


 女王の海域。


 商船と護衛艦四艘が突き進んでいるのは、周辺住民からそう呼称されている場所だった。また、ある者たちはこうも呼ぶ。


 小さなムカデの狩場、と。


 軍人の男には「ムカデ」が何を意味するか、ある程度の推測が出来た。それは戦闘艦であるガレー船のことだろうと。


 ガレー船とは、帆とかい――オールで推進力を得て海を進む木造船を指す。風がいだ状況でも櫂で機敏に動くことが可能で、我々の住む世界でも地中海で長らく戦闘用の船として利用された。


 それを「ムカデ」と呼ぶのは、船体から突き出た櫂を動かし海を進む様が地をうムカデにそっくりであることにちなむものだろう。


 そこに「小さな」という形容詞が付く場合、その「ムカデ」は商船にとっての天敵を指す言葉となる。つまり、小さなムカデというのは……。


「隊長、右舷に敵影。『黒地にムカデの旗』です!」


 大きな溜息を吐いた隊長の男。頭を掻き、無事にこの海域を脱出できないと観念した。


「隊長殿、もう助かりません! 大人しく白旗を――」


「出来ぬ。これはあのお方の御命令だ。あれをどもに渡せるものか!」


 あのお方、という単語からして商船には何やら貴重な物が積まれているらしい。


「奴隷に櫂を漕がせろ。害虫どもを追い払うぞ!」


 隊長が周囲に陣取るガレー船に、旗で合図を出した。間もなくガレー船の両弦から櫂が出てきて、海賊を迎え撃つ態勢を取る。


 呪われた島の沖合、月明りが灯る中で小さなムカデがうごめいた。海戦の幕が上がった。

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