第6話 花子さんのお引越し♡

【立入禁止】

そんな看板が立ててあるとある小学校…

ここは佐賀県と福岡県の県境にある過疎化が進んだ市の一つ△△市▲▲町にある旧三叉小学校。

ここは近年取り沙汰されている少子化の余波を受け児童数が減少した為、もう一つの小学校と合併する事になり去年廃校となっていた。

何でも現在一般競売に掛けられていたが、先月買い手が見つかったらしい。


そんな人の気配も息づかいや活気も失くしてしまった三階建の廃校にある女子トイレの一つ。

そこには…

「花ちゃん約束通り持ってきたよ♪」

「ウン♡」

土曜日の昼下がり…

どうやって忍び込んだのかナイショなこの男の娘。

見た目は若く見えるが、実際は歳の頃なら二十代半ば位だろう。

デニムのGパンにカジュアルな装い…

天使の輪が綺麗に光るセミロングの黒髪…

今はメイクをしているからだろうか?

それとも元々小柄で女顔だからなのか?

ぱっと見、華奢きゃしゃ過ぎるせいかもしれないが、とても成人男性には見えない。

彼は誰もいない筈の二階にあるこの女子トイレを覗き込むと、笑顔でそう呼びかけていた。


程なくして…

一番奥にあるトイレの扉がゆっくりと静かに開くと、暗闇の中から嬉しそうに返事を返す少女の声が聞こえて来た。

するとその男の娘は肩にショルダーバッグを抱え、大小二つの紙袋をぶら下げて、声のする方へと歩み寄っていった。

「花ちゃん♡」

そこにはおかっぱヘアーに綺麗な花柄の髪飾りを付けた、あの《トイレの花子さん》が照れくさそうに居たのだった。


相変わらず暖かい日差しが包み込む校舎の屋上…

あれから二人は、そこでその男の娘が用意したコンビニのおにぎりやサンドイッチ、唐揚げ等のフードメニューをシートの上に広げ昼食を取っていた。

「千尋ちゃんこれ美味しいね〜♪」

「あ、気に入ってくれたんだ♪よかった〜♡」

花子から《千尋》と呼ばれたこの男の娘…

彼はこの小学校の卒業生である。

今は東京の大学を卒業して有名な某会社に就職し、プログラマーとして一人暮らしをしていた。


そんな二人の出会いは彼が小学四年生の時…

要は虐められていたのだ。

理由は何となく解るだろう。

彼は性別は男性だが心は女性…

つまりそういう事である。

田舎だからと言う訳では一概に言えないが、過疎化が進むこの地域…

同級生や教師、周囲の人間…

そればかりか親戚にまで稀有な目で見られていたし、学校でも虐められもしていた。

唯一両親だけはそんな彼を理解し、何かあった時は学校へと怒鳴り込んでいたのだが、結果 《モンスターペアレント》《クレーマー》の烙印を押されていた。

だから卒業と同時にそういった子供に理解のある中高一貫制の学校へ進学する為、東京に引っ越していったのだった。

幸い向こうでは友達もでき、大学も今の自分を受け入れてくれる面々と出会えて充実した毎日を送る事が出来た。

只…

昔虐められていたトラウマからか、たとえ真剣に好意を持ってくれた異性・同性とも最後まで恋愛に至らず

、しかも両親が交通事故に巻き込まれ死亡した為、今は亡き両親が残した一軒家の持ち家に一人暮らしているのだった。


そんな彼が何故トラウマの原因となった故郷に月に二回、土日の休みを利用して、しかも廃校になった母校に忍び込んでまでしているのか?

それは何気なく聞き流していたTVのニュースがきっかけだった。

そのニュースでたまたま母校の小学校が廃校になると知った彼は、その時彼女を思い出したのだ。


そう…

花子さんの事を…

彼は当時同級生や上級生から虐められる度に学校にあるトイレに逃げ込んでいた。

そこは老朽化が進み立入禁止になっていたからか、誰も近づこうとはしなかった。

そこで花子さんと出会い仲良くなったのだった。

その出会いがどれだけ彼の救いになったのか計り知れない…

いじめっ子達が帰るまで彼はそこに隠れて花子と遊んでいたのだ。

そして六年生の一学期…

教師にそこに逃げ込んでいるのがバレるまで彼はそこを利用していた。

当然立入禁止の場所に潜り込んでいたのだ。

監視の目は厳しくなりそのトイレも二度と入れない様に板で塞がれてしまった。

それと同時に引っ越しする事が決まり、中学受験もしなければならなかったので花子さんと会う事が出来なくなってしまった。


《サヨナラも告げずに去っていた…》

その事を悔い、無性に彼女に謝りたかった彼は今の様な行為にいたり現在に至るのである。

ちなみに最初は怒っていた花子さんも実は泣くのを我慢していたのか、最後は二人抱きしめ合いながら泣き崩れていた。


それが今年に入ってからの出来事だ。

「それでさ〜花ちゃん、考えてくれた?」

「う〜ん…でも…ほんとに良いの?私人間じゃないよ、それにね色々成約があるし…ほら、歳取らないでしょ…」

「私達友達じゃん♪それにあっちのお姫様の許可は取れたんでしょ、何か変なウワサが立つなら引っ越しすれば良いし、島とこっちを繋ぐ道を私の家と繋げられるなら問題ないよ♡」

「でも…」

「花ちゃんさ〜買い手も見つかったらしいから、もうすぐこの校舎も取り壊されるよ、だからおいで♪」

「…ウン、そうだね…やっぱりそうする♡」

「やった〜♡」

そう…

千尋は花子さんに提案していたのだ。

この校舎が取り壊されるのなら、いっその事自宅のトイレと道をつなげて一緒に暮らそうと。

そして黄泉姫にその事を話した花子さんは、島と自宅をつなぐ事の許可を得たのだった。

かくして花子さんはこの廃校から彼の自宅へと無事引っ越し、二人仲良く暮らす様になったのだった♡


只…

彼はもう一つの願いを彼女には話さないでいた。

その千尋のもう一つの願い…

それは花子さんと一緒にあの島で暮らすこと。

つまり…

人としての生を捨てる事を意味するのだ。


花子さんとずっと一緒にいたい…

その想いは思慕ではなく…

おそらく愛なのかもしれない…





 





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