峠
峠 郷美
うちのクラスには問題児が居る。
何人かいる中でも、飛び抜けて
レオの担任の
峠は、本人が真面目な性格で、自分が学生だった時代から不良だとかルールを破る人間のことを冷めた目で見てきた。自分とそいつらのことを同じ人間だなんて思えないで、一切分からないまま教師になった。
きっちり勉強し、大学を出てそのまま教師になり三年目、大きな壁にぶち当たっていた。
「……星守。ちょっと来い。」
「え、俺、課題出せたと思います。今日は遅刻もしてないです。」
「それとは別件だ。昼休みに、職員室だ。忘れるなよ。」
少しの会話だけでは分からないだろう。この、星守レオのおかしさは。いつも何かズレていて、論点が噛み合わない。敬語を使っているのが奇跡だとすら思える。
昼休みまで、今言ったことを覚えているかどうかも怪しい。
「はぁ〜〜〜。」
職員室の自分の椅子で、他に誰も居ないのを良いことに大きなため息を吐いた。深く椅子に座り、眉間を揉む。
「どうしたらいいんだ、あの問題児。」
口を突いて出たのはこの頃の本気の悩みの種だった。
本人に自覚が無さそうなのも頂けない。さも、自分は被害者です、みたいな顔をして。
「……駄目だ駄目だ。教師として、担任として、生徒のことを導かねばいかんだろ。」
峠は揺れていた。二十数年生きてきた〈峠郷美〉の経験足は、レオのような人間とは分かり合えないと言っているが、教師歴三年の〈郷美先生〉は、教師として他の生徒と平等に扱うべきだと言う葛藤だ。
職員室で会えば軽く話すくらいの同僚はいるが、そこまで仲が良い訳ではない。職場に自分より年下はおらず、ほとんどは年上。祖父母と孫くらい歳が離れている人もいる。
峠の学校での人間関係は浅かった。ちょっとした仕事の悩みなんかを話せる人がいなかったのだ。学生時代からそうだったが、それがこんな所で仇になるなんて、彼は思いもしていなかった。
「もうどうしろと……。」
「峠先生、大分お困りみたいですね。」
突然後ろから声がして飛び上がった。後ろに立って、のほほんと微笑んでいる。色素の薄い柔らかそうな髪に、細いフレームの眼鏡は楕円形。中肉中背で、いつもジャージ姿の彼は、物腰も柔らかだ。
「驚かさんでくださいよ。大村先生。」
「いやぁ、全然気付かないもんだから、ついね。」
大村洋輔は、まさに峠の職場の先輩だった。経験豊富で、おおらかで生徒達にも慕われている。
だが峠は何故か彼のことが気に食わなかった。いつも余裕綽々であなたの事を何でも知っていますよ、と言わんばかりの笑みを浮かべたところがイライラした。
「何か悩み事?」
「あ、……えっと。」
一瞬この人に相談してみようかと思ったが、上から目線のアドバイスなんか貰ったりしたら、峠のプライドが許さなかった。
「いえ…。大丈夫です。もう少し一人で考えてみます。」
「そうですか。」
実際のところ、何も良い考えがなど浮かんでいなかったのだが、峠はもはや意地になっていた。
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