荒井 月美

 俺とレオは同じクラスだ。二年一組。

 クラスはメンツによって当たり外れはあると思うけれど、今年はまだマシな方だと思う。明るい奴も、大人しい奴らも丁度いい塩梅に散らばっている。


 ただ、肝心のレオは今年に入ってあんまり調子が良くないらしく、しょっちゅう学校を休んでいる。


 クラスの奴らもレオの扱いに困っていると言うか、どういう事情なのかと不思議に思っているようで、俺はよくレオについて訊かれる。

 その度どう答えたものかと思うのだが、なるべく誤解のないよう、あいつの人柄を伝えるようにしている。

 レオは派手な見た目から、本人の人格から掛け離れた噂を流されがちだからだ。


月美ハルおっはよー!」


 そのレオが、今日は朝から学校に来ている。元気一杯に、ピカピカの笑顔で俺の机に駆け寄ってきた。昨日の夜に、明日は修学旅行の班決めがあるんだぞと伝えておいたからだろう。


「はよ。よかった、起きられたんだな。」

「うん!ありがとうな、言ってくれて!」


 正直レオが一時間目の班決めに間に合うかは一か八かだったが、伝えておいて良かった。


 クラスの皆がざわついている。レアモンスターの星守レオが何の前拍子も無く、弾丸のように教室に突っ込んできたからだ。

 早速レオの銀髪に当てられて何人かが眉を顰めた。この銀髪だけで、レオの人となりを計れたと思う人間は結構いる。校則違反だし目立つけれど、それはあんまりな事だと思う。

 大人によく言われる事だが、『外見だけで人を判断してはいけない』のだ。レオと一緒にいると、そのことをよくよく実感させられる。


「全員席につけー。」

 朝のホームルームの時間になり、担任の峠郷美とうげさとみが教室に入ってきた。峠は若い男の教諭で、ちょっとした校則違反も見逃してくれない。真面目で融通は効かないが、相談事なんかは真摯に聞いてくれると評判だ。


「そこ、喋るな。」

 峠は少しイライラした様子で眼鏡の位置を直した。


「今日のホームルームでは、言っていた通り修学旅行の班決めをするからな。四、五人で班を組め。」


 それだけ言って、峠は教室の角にある教師用の机で何やら課題の丸つけを始めた。

 一気に教室が騒がしくなった。何とか普段から仲の良いやつと班を組もうと、ほぼ全員が必死の形相だった。


 ガタタッ

「……っと。」


 急いで移動していたらしい女子がぶつかって机が揺れた。向かった先の女子グループはかなりのカースト上位だから、人気なんだろう。

 

月美ハル‼︎」

 ぶつかった机をガタガタ言わせながら、レオがこっちに駆け寄ってきた。

「ね、ね!一緒に組もう!」

 満面の笑みで、俺が断るなんて一切思っていない顔だ。勿論断ったりはしないが。

「あぁ。俺も言おうと思ってた所だ。」

 そう言うと、レオは本当に嬉しそうに笑った。


「……全員、決まったか?」

 いつの間にか教室の中で団体がいくつか出来ていた。そのほとんどが隅に寄っていて、真ん中はガラガラだった。

 その真ん中に、一人の女子が俯いて立っていた。

「…酒米。誰かと組んだか?」

 ふるふる、と首を振ったその女子は酒米穂花さかめほのか。黒髪ボブカットの大人しい、いつも誰かとつるんでいるタイプではない子だ。

「……すみ、ません。」

 小さな声だが、声を絞り出しているのが分かった。だが今にも泣き出してしまいそうな酒米さんに、峠は追い打ちをかけた。

 

「誰か、酒米を入れてやってくれ。」

 

 俺は峠のこういう所が嫌いだ。真面目なのは結構、堅物なのも勝手だが、時々この人はあまりにも人の心が分からない。

 酒米さんは歯を食いしばって泣くのを耐えていた。彼女の悲鳴が聞こえてくるようだった。

そのときだった。


「はいはいはーい!!俺、酒米さんと組みたいです!」

 レオが思いっきり手を挙げていた。

 

「……星守。」

 はぁ、と峠は溜め息を吐いて言う。

「酒米も女子一人じゃ馴染みづらいだろう。」

その配慮が出来る人間が、何故さっき酒米さんには配慮しなかったのか。

「酒米さん!」

「は、はい!」

 酒米さんはレオにつられたように、しどろもどろながら大きな声で返事をした。レオはずんずん酒米さんに近づいていった。

「俺、酒米さんも一緒の班がいいんだけど、酒米さんはどう思う?」

「えっ……。」

 彼女は戸惑って、おろおろと視線を彷徨わせた。俺はとりあえずレオを止めようと、二人に近づいた。

「あっ、あの…。」

 酒米さんは手をぐっと握りしめて、顔を上げて言った。

「もし、良ければ…なんですけど、私も星守くん達と組みたい、です。」

 酒米さんは泣いていなかった。堪えた涙は目に溜まって、食いしばった口は変な形になっていたけれど。

 レオはにぱっと笑って言った。

「じゃあ、決まり!うちの班は月美と酒米さんと、俺の三人で行こう!」

「!……はいっ!」

 やっと酒米さんは微笑んだ。俺はとてもほっとした。こういう時のレオの行動が、相手も、本人も傷付けてしまうことがあるからだ。

 だけど酒米さんは、レオの行動を受け止めて、笑ってくれる人だった。

 よかった、本当に。

 

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