第2話

 僕の名前はヨーゼフ・ショースター。ショータと呼ばれている。

 僕は生まれつき、目が見えない。

 だから光を知らない。

 そんな僕だけど、どうやらこの世界に呼ばれた勇者らしい。

 今は「国王の間」というところに呼ばれたので、お話をお伺いに来ているところだ。

 床は硬くてしっかりしていて、白杖でコツコツと音を立てると、よく響いた。


「よくぞ参った。光の勇者、ヨーゼフ・ショースターよ」


 太った人特有の、こもったような、または遠くまで届く声だった。


「あなたがこの国の王様ですか?」

「いかにも。そなたはこの国の状況を知っておるか」

「申し訳ありません。今来たばかりなので、事情を知らないんです」

「そうか、ならば説明しよう。大臣」

「はっ。ここドレスデン王国にて、昨夜観測された『星降る夜』にて、これで合計六名の転生者が確認されました」

「転生者とはなんですか?」

「異世界からやってきた魂の持ち主をそう呼びます。我が世界、ハンニカムといいますが、この世界は『星降る夜』に合計六人の転生者が各地に出現するようにできています」

「変わった世界ですね」

「異世界転生者たちは皆よく驚かれます。そして『転移者だ』と主張する者もいます。ともかく、この世界を暴力と支配で染めようとする『悪魔軍』と戦うことこそが、転生者である勇者の使命であるとされています」

「ところで、あのう。僕の体が少し縮んでしまっているような気がするのですが」

「それはそうでしょう。世界と時空を跨ぐ旅ですから。旅路にはエネルギーが必要です。あなたが有していた『後天時間』を燃料として消費することで、あなたはこの世界にやってきているのです。記憶も体も幼くなっていることでしょう」

「そうですか。僕はどれくらいの年齢に見えますか?」

「と、仰いますと?」

「僕は目が見えないんです」

「なんと!?」


 ざわざわ、と周囲から不安そうな声が漏れる。

 騎士たちが警備にあたっているのだろうか。


「え、ええと。11歳ていどかと……」

「そうですか。うーん、元の大きさを思い出せませんが、白杖がずっと大きく感じられます」

「目が見えない……光を知らない、光の勇者など……」

「大臣。説明を続けなさい」

「はっ。失礼しました。ええと、各地に六人の勇者がいるはずですので、彼らと協力し、悪魔軍と戦っていただきたい」

「どんな方々ですか?」

「ハンニカムは『六角』の世界でございます。森羅万象、あらゆるものが六つの要素でできています。力・賢・体・速・魔・特。火・水・土・風・光・闇。それらステータスをレーダーチャート式に表す『ハニカム』もございます!」


 大臣という人がそう言うと、近くで誰かが動く気配がして、僕の首に何かを巻いた。

 ネックレスのようだ。


「おお、見てください大臣、このハニカムを!」

「おお、素晴らしい! なんという魔力だ! 六角の内の一角に触れるとは。ハンニカム歴史史上最高のステータスです! 目が見えないと聞いたときは肝を冷やしましたが、あなたはやはり、まぎれもなく光の勇者のひとりでございます」

「あのう、ところで、僕は六人の勇者を集めて、どうすればいいんでしょうか」

「悪魔軍と戦っていただきたい。そして、そのすべてを滅ぼしてほしいのです」

「それは、絶対に必要なことなんでしょうか」

「悪魔軍は我ら人間の心の闇より生まれる生き物。いかように滅ぼしてもウジのように湧いてきます」

「僕は、それぞれがそれぞれの領分で、平和に生きていければいいなと思うんですが」


「……甘いな」


 ふと、背後で幼い少年の声が聞こえて、振り返る。

 僕も幼いんだった。同い年くらいだろうか。


「お主は、土の勇者の……」

「自己紹介ぐらい自分でさせてくれよ、王様。俺の名前はオモワーズ・ドビュッシー。ドビュッシーって呼んでくれ」

「どうも。僕はヨーゼフ・ショースターといいます」

「じゃあ、ショータだな。いいか、ショータ。やつら悪魔軍は、そんな生易しいやつらじゃあなかったぜ」

「どんな方々でしたか?」

「……一言で表すならば、極悪非道。人間の命なんてこれっぽっちも大事にしていない。やつら、俺たちのことを魔力の入ったペットボトルでしかないと思ってやがるんだ。どんだけ中身が極上でも、ペットボトルのガワ自体に愛着なんて湧かないだろ? やつらにとって俺たちとは、そういうもんなんだ」

「ぺっと、ぼとる……?」


 大臣たちから首を傾げているような声。


「でも僕ら、ペットボトルにあえて危害を加えようとは思わない、ですよね?」

「何が言いたいんだ、ショータ?」

「傷つけあう理由にはならないと思うんです」

「んなるほどっ!」

「話し合ったり、できないでしょうかね」

「甘いな!」

「甘いんだ」

「よく聞け、ショータ。俺たちはミゾウの危機に陥っているんだ」

「初対面のことばかりだけれど」

「前回の勇者が願った……いや呪ったものが、俺たちにユニークスキルとして付与されている」

「どんなスキルなの?」

「それは―――」


 ウフフ、アーッハッハッハ。


「誰だ!」

「どこから声がする!?」


 ドビュッシーの声を遮るかのように、艶のある女性の笑い声があたりに響いた。

 人間を値踏みし、上から見下してくるかのような、高圧的な笑い声だ。


「ヤバい、やつが追ってきたか」

「に、逃げてきたのか!? 土の勇者よ!」

「そうだぜ!」

「そうなんだ」


「逃がしはしないよ。雑魚勇者ちゃん」


 ごう、と周囲で何か燃え上がる音がして、騎士の人たちの悲鳴と、鎧ががちゃがちゃと慌てて動く音が聞こえた。


「あちち、あちち、うわぁ!」

「髪の毛が、髪の毛が燃えちゃうよぉぉ!」


「おい、お前! 俺以外のやつに手を出すな!」

「ウフフ。あなたがこんなところまで逃げてくるのが悪いんじゃない」

「お前、まさか、城の護衛を?」

「私たちに障壁など無意味よ。すり抜けてきたわ」

「くそ、その翼でここまで飛んできたわけか」

「悪魔軍が復活して、私たちも勢力争いに忙しいの。さっさと私の肥やしになってくれるかしら? 火のショタ勇者ちゃん」

「へっ、タダでやられてたまるかよ!」


「えーと、話の途中すみませんが……」


「おっと! 割って入ってくるなよ、ショタ! これは、俺とこいつとの闘いなんだ」

「こいつだなんて無粋ね。私はあなたたちがサキュバスと呼ぶ者。あなたたちの心の中でもドス黒い、色欲から生まれた生き物なのよ」

「お前が何者であろうとも! 土の勇者オモワーズ・ドビュッシーの名にかけて、絶対にこれ以上の被害は出させない!」

「じゃあ今度は逃げずに、最後まで搾り取られなさい、ドビュッシーちゃん!」


 僕は声をかけようとして、止めた。

 大丈夫。きっとドビュッシーがなんとかしてくれるよね。


「うぉぉ、イクぜぇ!」

「あはは、威勢だけはいいのね、ドビュッシーちゃん!」

「俺の攻撃は……っ!」


 ―――『不勝得』。

 ぱきん、と何か弾かれるような音がした。


「今、何かしたかしら?」

「くっ……! まだまだぁ!」

「無駄なんでしょう? わかってるわよ。さぁ、魔力を吸うから大人しくして……」

「おい、やめろ、そ、そんなところを触るな……っ」

「だって触らなきゃ、魔力を吸収できないでしょう?」

「だからってそんなところを……くっ、や、止めろぅ」

「やーだ。止めてあげないわよ。ほら、もうこんなに魔力を迸らせて……」

「く、うぅ……うわぁ、う、あぁ……!」

「うふふ、今からやっと魔力を消費できるから、喜んでいるのかしら」

「そ、そんなわけあるかっ」


 ……?

 一体、どんな戦いが繰り広げられているんだろう。

 僕には目が見えないし、子供になってるから、わからないなぁ。


「あのー、ドビュッシーくん。大丈夫そう?」

「だ、ダメだっ!」

「ダメなんだ」


 ドビュッシーの口から、とんでもない真実が明かされた。


「俺たちに宿った『不勝得』というユニークスキルについて説明するぜ! これの効果によって『相手にあらゆる被害を与えることができず、また勝負ごとにおいては絶対に勝つことができない』んだ!」

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