第14話 スノウファミリー

「ところでパーシ。やけに大きな剣を背負っているね」


「……はっ!」


 ぼくの指摘に何かしら思い出した様子のパーシは、恨めしそうに目付きを細くした。


「……性的に迫ってなんてない……」


「はあ? 一向に聞こえませんな」


「酷い目に遭ったんだ。くそっ、泥石が私を見る目と来たら……!」


 そこでぼくが吹き出すと、パーシも肩を竦めて笑った。

 それはもう済んだ話だった。

 閑話休題。

 ぼくは野菜のスティックを齧りながら、次回の報酬に付いて話した。


「それでパーシ。次回の報酬は何がいい?」


「……!」


 パーシは、にこりと現金に笑い、ピンと立った尻尾がマントを持ち上げるのが見えた。


「そう言うからには、どうするか私が選べるんだよね?」


「まあね。次回の依頼は出来高報酬になる。お金か現物支給で選んでほしい」


「ふむふむ、いいね。悪くない。ちなみにお金ならどれぐらいになる?」


「一日で金貨二枚。装備の補修はぼくが見る」


 取らぬ狸の皮算用。『取り分』の相談はダンジョン探索のご褒美にして最高の醍醐味だ。

 パーシの笑みが深くなる。


「すごい自信だね。……って事はミスリルの鉱脈を見付ける自信があるんだ。ちなみに現物支給なら?」


「ミスリルの装備を一つ」


 この世界に於いて、物の価値は幾つかに分かれる。

 先ず、基本的には売り物にならない『試作品』。

 続いて市販されている『廉価品』。

 価値が上がって『高級品』。

 これ以上になると、そのアイテムの価値は『エッジ級』になり、品質としてはハイエンドだ。エッジ級には1~4の等級価値があり、数字が少なくなる程アイテムの価値は飛躍的に高くなる。


 なおエッジ等級の1以上の代物になると、そのアイテムは『逸品物(一品物)』と呼ばれるようになる。例えば、それが剣ならば『魔剣』だの『聖剣』だのという物がそれに当たる。


 ぼくは人差し指を突き立てた。


「逸品物を作る」


「……」


 ミスリルの装飾品。しかも『逸品物』と聞いて、パーシの喉がゴクリと鳴った。


「ただ、作成の時間は掛かるし、どれだけミスリルが採れたかに依るけどね……」


「そ、それは私の注文も聞いてくれるんだよね?」


「可能な限りね」


「現物支給で」


 パーシは即断だった。

 あくまでも鉱脈を発見出来た時の場合だ。採れたミスリルの量にも依るし、そもそもそのミスリルが採れなければ無給という事になる。また、全てが上手く行ったとしてもそのアイテムは極秘報酬になる。換金価値は計り知れないけど、ぼくの事情からして売れない事を考えると専用という事になり、事実上パーシは無給になる。しかし――


「――決まりだね」


 お金なんかより、余程『逸品物』の装備の方に価値があるという事だ。パーシに迷いはなかった。


「も、燃えてきた。逸品物を持つのが夢だったんだ!」


 パーシの目は物欲で輝いていた。


◇◇


 食堂から出ると、アマンダとインギィが神妙な表情で待っていた。


「話は決まったかい?」


 アマンダとインギィはお互いに顔を見合せ、深く頷いた。


「はい。全員、リトル・スノウさんのお話に乗ります」


 そう言い切ったアマンダの目は澄んでいて、口元は固い決意に引き締まっている。


 老いも若きも関係なく、覚悟を持った人間の瞳は美しい。


 ぼくが見る限りでは、この世界には幾つかの重大な欠陥がある。

 圧倒的貧困からくる無教養。

 文字を読めなければ、簡単な算数すらできない子供たち。日々の生活に追われ、拾った物を売ったり、物乞いをしたりする彼らは、それだけでは生きて行けない。ごくごく自然な形で彼らの選択肢に『奪う』という行動が生まれる。得られないのなら奪るしかない。こうして彼らは犯罪に染まっていく。これは言うまでもなく、彼らの両親の姿でもある。


「……結構。さて、これから市場の方に行って買い物をしようと思うんだけど、一緒においでよ」


 チルドレンとの話は纏まった。後はボビーが探索ギルドのマスターと話し合い、その結果次第では教会や騎士団とも話し合うらしい。

 ぼくの話からボビーは何かしら掴んだようで、やる気を見せている。この話が面白いのは、今のところ、ぼくが使ったのはハッタリだけで、まだ金貨一枚たりとも使ってない点だ。

 タダはいい。実にいい。

 将来的に、ぼくはこのシステムから金を吸い上げてやろうと思っている。いい滑り出しだった。


◇◇


 市場では主に食料品を買い付け、ついでに軽く装備品を見直した。


 肉、魚、野菜、それに主食として考えている豆や雑穀の類いを大量に買い込み、廉価品の鎖帷子(くさりかたびら)を二着購入してアマンダとインギィに与えた。


「い、いいんですか?」


「構わない」


 アマンダとインギィは遠慮していたけど、年長で体格に優れる二人が年少組を守る事を考えると、これでも不安が残るぐらいだ。武器も買い与えるかどうか悩んだけど、このときは防具を与えるだけに留めた。


「ボビーが話を纏めるまで少し掛かる。その間はぼくの手伝いをしてほしい」


 保存食の製造や必要物資の買い付け、伝言や宿の確保等、チルドレンに振る仕事は沢山ある。


 買い物の途中、パーシは商店街の一角にある鍛冶屋に入り、以前傷めた長剣を修理に出した。


 『鍛冶』『錬成』『彫金』。これらのスキルはドワーフが先天的に所持している可能性が高く、彼らの殆どがそのスキルを生かした職に就く。短身、頑丈な彼らは大酒飲みとしても知られるが、優秀な戦士でもある。狭い場所での戦闘を強いられる事が多いダンジョンでは、ドワーフの戦士が最も頼りになるとはパーシの談。


 鍛冶屋では武器や防具の製造、販売の他、彫金もやっている。運が良ければ工房を見せて貰えるかも。


「ぼくも付いて行っていい?」


「うふふ、いいよ」


 一応、断りを入れると、パーシは嬉しそうに笑った。


 パーシが鍛冶屋の主と交渉している間、ぼくとジュリエはチルドレンを伴って店の中を見て回った。


「そう言えば、ジュリエは弓を欲しがっていたね。選んでいいよ」


 ジュリエは『剣』の他に『槍』と『弓』を使う。連射が利き、取り回しのいい短弓(ショートボウ)が欲しいそうだ。


 様々な武器防具が並ぶ棚で時折足を止め、『造り』を観察する。工房も見たいけど、品物を見るだけでも充分勉強になる。


「……へえ、こうなっているのか」


 その中には、ぼくの知らない魔力印もあり、多いに参考になった。


「装飾品(アクセサリ)はないのかな……」


 ぷらぷらと店の中を見て回っていると、鉄の兜を持ったパーシが帰ってきた。


「ねえねえ、スノウ。これ、結構な業物だよね?」


「うん?」


 目を凝らして鑑定してみると、それはエッジ4級の品物である事が分かったから、パーシの選定眼も中々のものだ。


「スノウに相談があるんだ」


 そこで、パーシは抱き着くようにすり寄って来て、ぼくに耳打ちした。


「この兜、気に入ったんだけど、まだなんの術式も付与してなくてね。今ならお買い得なんだ」


「……はいはい。自己修復と物理耐性付与ぐらいでいい?」


「軽量化の術式も使えるよね……?」


 心配だとか色々言ってた癖に、もうこれだ。呆れながらも頷いたぼくの前で、パーシは、ぐっと拳を固めてポーズを作った。


「やったね!」


「……」


 少しイラッとしたぼくは、その鉄の兜をパーシの頭に被せ、大きな壷に乱雑に突っ込んであったこん棒を手に取った。


「な、なに?」


「なにって、品質を試すんだよ」


 ぼくがそう言うと、心得たと言わんばかりにジュリエが口元に笑みを湛え、こん棒を手に取った。


「さ、パーシ。頭を出すんだ。チルドレンもやれ」


 壷の中に、こん棒は幾らでも突っ込んである。


「ちょ、ちょっと待ってよ。兜の性能を試すのに、私の頭を叩くの?」


「そうだよ。もし怪我しても、ぼくなら治せるからね」


「そ、そうだけど……」


 少し怖じ気付きながら、それでも兜を被った頭を突き出すパーシは中々の根性をしている。

 いい度胸だ。

 ぼくはやる気になり、チルドレンも手に手に大小様々なこん棒を握り締めた。ジュリエが手の平を擦り合わせ、改めてこん棒を握り直したところでパーシが顔色を変えた。


「……おい、コボルト。お前はよせ」


 構わず、ぼくは叫んだ。


「やっちまえ!」


 次の瞬間、一斉に七方向からの打撃を頭に受けたパーシは、目を回して昏倒した。


◇◇


 パーシに思い知らせた後、勝手にこん棒を使ったことで鍛冶屋の店主であるドワーフのおじさんに怒られたぼくは、ジュリエの為の短弓を購入する事で許してもらった。


 それとは別に、アマンダとインギィの年長コンビに『棒』を買い与える。これはあくまでも護身の為のもので、あえて殺傷力の弱いものを選んだ。


 鍛冶屋を出た後は、また市場で今度はチルドレンの衣服を購入して回った。

 ここでもアマンダとインギィは遠慮していたけど、年少組の四人は大喜びだった。


「今日は儲けたからね。ご祝儀だよ」


「は、はい……」


 怯えるアマンダは何か裏があるものと勘繰っているみたいだったけど、インギィの方は幾分単純なのか、素直に喜んでいた。


◇◇


 買い物を終えたぼくらは、報告書を作らなきゃならないとかで、一度騎士団に帰るというパーシを見送って、それから比較的安い宿を探してそこに入った。

 少し街の中心から外れていて、ダンジョンや商店街へのアクセスは良くないけど、そのぶん設備は悪くない。ぼくとジュリエが二人部屋に入ってこれが素泊まりで銅貨三枚。チルドレンには大部屋を占領させて銅貨六枚というところ。


「明日からバンバン働いてもらうよ。今日は、ゆっくり休みな」


 朝食は一緒に摂りたいから、朝になったら起こしに来てくれるようにアマンダに頼み、ぼくとジュリエは部屋に引っ込んだ。


 この時のぼくは、とんでもない間抜けで、何もかも上手く行っていると思っていた。

 例えば――

 コボルトとしては並外れて賢くて勇敢なジュリエが、金貨一枚という捨て値で売られた事の意味に気付かないでいた。

 秘書としても護衛としても、ぼくの期待に充分応えている彼女とは、これからもずっと一緒なんだと思っていた。


 『あと二年は使える』


 確かにそう言ったミギーの言葉の意味を、深く考えてなかった。

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