第13話 恐怖のリトル・スノウ

 使いっ走りにやったインギィがお菓子と飲み物を買い込んで帰って来た。


 そのインギィから受け取った袋の中には、ひよこ豆に似たお菓子が入っていて、一粒食べてみるとほんのり甘い。


「ジュリエとボビーのぶんもあるね。パーシのぶんも貰っていい?」


「り、リトル・スノウさんのお金です……」


 つい、今しがた大金を稼いだ所だ。ぼくはポケットから銀貨を一枚取り出して、インギィに握らせた。


「もう少し掛かりそうだから、皆で何か食べて来な」


 ポーッとした様子のパーシは、お菓子と乾果の袋を両手に持って、ぼくの顔を見つめている。


「アマンダ。君は残れ」


「は、はい」


 存在感ゼロのアマンダがガクガクと頷いて、続けてぼくはチルドレンの仕事に対する交渉に入った。


「さて、ボビー。この子たちの事なんだけど……」


「お、おう、そんな話だったな」


 パーシが居る以上、この場での現金全額受け渡しは出来ない。


「えっと……そうだね。チルドレン一人につき、金貨三枚を限度に保証金を掛けたい」


「あ?」


「チルドレンが依頼に失敗して損害が発生した場合、ギルドはそこから損失を補填して欲しい。ジュリエ」


 念話を送ると、ジュリエはバックパックから紙とペンを取り出した。


「チルドレンの行動に関しては、この保証金を限度に、ぼくが責任を持つ」


 そのぼくの言葉を、ジュリエが素早くノートに書き込んで行く。


「一つ、チルドレンがダンジョンに入る事は許可しない。お使い、清掃、ええと……そう、子守りとかそういう簡単で安全な依頼を中心に振って欲しい。報酬は全てチルドレンに」


「は……?」


 探索者が孤児を使って小遣い稼ぎする例は珍しくない。しかし、その孤児に『保証金』を払う事はまずない。使い潰して捨て置く、というのが通例だ。ボビーの顔には、何言ってんだコイツって描いてある。


「これから先、ぼくがダンジョンで稼いだ全ての資産は、一端、探索ギルドに預ける。ギルドはぼくの請求に応じ支払い義務があるが、請求がない時はその限りではない」


「な、なんだそりゃ……」


 ついさっき、ぼくは金貨一〇〇枚稼いだけど、ぼくの請求がない限りギルドは支払う必要がない。


「ええっと、つまり探索ギルドに金を預けたいって事でいいか?」


 ぼくは頷いた。


「そう。第三者を通して手紙なんかで請求する場合もあるけど、問題ない?」


「あ、ああ。その時はサイン入りで頼む。お前さんは希少文字を使うからな、それで問題ない」


 ぼくは頷いた。


「保証金を受けるギルドは、出来る限りチルドレンの身柄を保証し、依頼達成に協力すること」


「えあ?」


「具体的には保証書を発行して欲しい。そして、それをギルドと取引のある他の組織に通達して欲しい……ええと、商会ギルドや鍛冶ギルドなんかだね。他にもあればそこも」


「…………安全と信用か。流石にスノウは抜け目ないね」


 もにょもにょと乾果を噛みながらパーシが言って、ボビーがハッとした。


「ま、待て待て! 前例がない!」


「出来ないなら、教会に行って同じ話をする」


「だから待て! 断るとは言っとらんだろう!!」


 断られたなら、その場合は金貨一〇〇枚を持って教会に同じ話をするつもりだ。教会は保証金として一八金貨を受け取り、残りのぼくの資産を預かる事になる。教会は探索ギルドに代わり、殆ど労力を費やす事なく日本円で一千万円相当のお金を受け取る事になる。


「パーシ。ギルドがチルドレンを保証する場合、騎士団もチルドレンを保証してくれる?」


「ええと、それは探索ギルドに払った保証金内でってこと? 有償なら、全然問題ないよ」


「り、リトルスノウ。お前、いったい何を考えとるんだ?」


 この世界に、孤児は見殺しにしても罪にならないぐらい大勢いる。それを利用しない手はない。

 ぼくは言った。


「孤児の自立支援組織を設立する」


 チルドレンは手始めに過ぎない。今は投資段階で、これがお金になるのはもう少し後だ。


◇◇


 それからのぼくは、ボビーとパーシの前で一席打った。


「……現状、チルドレンには女の子しかいない。受ける依頼は個人の希望や資質を反映させるつもりだけど、安全度の高いものが望ましい。この場合、子守りが向いてるね。女の子ばかりだし、子供を預ける保護者も安心すると思う。教会のバックアップが得られればシスターを派遣してもらうつもりだから、依頼の満足度や安心感も上がる。将来的にはチルドレンを増やし、大勢のクライアントから依頼を受ける。最終的には、保育所と学校を合わせたような組織にするつもり。シスターが指導しながら、実際の運営はチルドレンがする。軌道に乗れば……」


「ま、待て待て待て! 所々分からん言葉がある! もっと噛み砕いて説明してくれ!」


「ぼくの発言はジュリエが書き留めているから、後でそれを見ればいいよ」


「そういう訳にはいかん!」


 話が大きくなり、ボビーはやる気を刺激されたのか、ジュリエに倣って紙とペンを取り出し、何事か書き留めだした。


「次にアマンダ」


「は、はい……!」


 ぼくの演説は続く。


「ギルドから得た収入は大事に使うんだ。ぼくはボランティアじゃないから、チャンスを与えるだけだ。仕事も住む場所も得られるだろう。でもそれ以外の必要なものは君らが準備しろ。あと、ギルドに掛けた保証金は、ぼくが一時的に建て替えるだけだから、ちゃんと返す事。保証金を返した段階で成人していれば、組織に残るか抜けるかの判断は個々に委ねる。ここまではいい?」


「えっと、えっと、安定した仕事を貰えるし、ご飯も食べれて、ベッドで寝られて、それから、それから……」


「安全だね。騎士団と探索ギルドが君らを見守っている。多分、教会もそうなる」


 そして、ぼくはボランティアじゃない。旨いだけの話は存在しない。チルドレンにも責任を負わせる。


「ただし――重大な過失から、ぼくの責任上限である金貨三枚を超えて被害を与えた場合、君らを奴隷ギルドに売り飛ばしてその損失を補填する」


 この辛辣な発言にパーシは黙り込み、ボビーは忙しくメモを取る手を止めた。


「住む場所も仕事も欲しい。でも責任は取りたくない、なんて言わないよね?」


「…………」


 この時、ぼくと瞳を合わせたままのアマンダの目に、はっきりとした怯えの色が見えた。


「美味しいものが食べたい。綺麗な服が着たい。安全な場所に住みたい。でも責任は取りたくない。自由に生きたい……って考えてた?」


 ぼくには悪い癖がある。

 弱いだけのヤツが心底嫌いだ。覚悟のないヤツは踏みにじってやりたくなる。

 ぼくは嗤った。


「……大丈夫。ワードッグの雌は金貨三十枚で売れる。処女ならもっと高値が付くかもしれない」


 ――リトル・スノウ。そこまでです。


 ジュリエの諫言に、ぼくはハッとした。

 ボビーはペンを置いてドン引きでぼくを見つめていたし、パーシは少しビビったのか、椅子を引いてぼくから距離を取った。アマンダに至っては目元に涙を溜めている。

 ぼくは一つ咳払いして、笑って誤魔化した。


「……真面目にやればいいんだ。無理なことをしろなんて言わないよ」


「…………」


 そこでアマンダが泣き出した。

 ぼくが余程怖かったようだ。激しく嗚咽を漏らし、しゃくり上げて泣き出した。


◇◇


 ギルドを出たとき、時刻は昼飯時になっていた事もあり、ぼくはパーシを誘って近くの食堂に入った。


「じ、自分のぶんは自分が出すよ」


 いつもは、ぼくにたかっているパーシが、らしくなく言ったので少し笑ってしまった。


「そう? うふふ、気を付けた方がいいかもね」


 アマンダは先に食事を済ませているチルドレンと合流して、食堂の前の通りでギルドでのぼくの話を説明している。

 煮え切らない所はアマンダらしい。

 やがて肉料理を中心にした重めのメニューがやって来て、昼食になった。


「こ、怖いスノウと可愛いスノウ。どっちが本当だか分からなくなる時があるよ……」


 パーシの言葉に反応したのはジュリエだ。


 ――主はいつだって愛らしくて、ふしだらだ。冷徹だが冷酷ではない。我はそのように考えている。


 ぼくにだけ聞こえるように念話で言って、ジュリエは骨付きの鶏の足にかぶりついた。


「……そうだ。パーシに話があるんだった」


「な、なに? 指輪なら返さないよ?」


 ぼくは怖いみたいだけど、指輪の方は気に入ってくれたみたいだ。パーシは指輪を嵌めた左手を庇うようにテーブルの下に隠してしまった。


「違うよ。実は今度、魔法銀(ミスリル)を採りに行こうかと思うんだ。また護衛を頼みたいんだけど、長丁場になりそうでね……どうかな?」


「ミスリルか……」


 パーシは反復して、こちらもジュリエと同じように大きな鶏の足にかぶりついた。


「そう。一階層だけど、マップに載ってる鉱脈は競争も激しいし、掘り尽くされている可能性もある。この際、新しい鉱脈を探してみようかと思うんだ」


「ふむ……というと、未踏区域に入るんだね?」


 未踏区域、と言って一切顔色を変えない辺りパーシは流石だ。ぼくを守りながらでも探索できる自信があるのだろう。


「期間は一週間を目処に探索するつもりだけど、それ以上の期間を見ていてほしい。でも、パーシには騎士団の仕事があるよね?」


「うん……まぁ、もう知ってるだろうから白状するけど、今の私の任務は、スノウの守護と監視だよ。期間は問題ない……」


 と言いながら食事を続けるパーシの歯切れは悪い。他に懸念があるように見えた。


「…………また魔道具を作るの?」


 上目遣いにぼくの顔色を窺うように言って、パーシは左手の人差し指に嵌めた指輪をなぞった。


「スノウ。今回は見逃したけど……」


「分かってる。魔道具の販売はもうしない。内々に使うだけ」


「……」


 パーシはお人好し。今回、彼女は職務倫理とぼくの存在を計りに掛け、その上でぼくを優先してくれた。


「……私は、スノウが心配なんだ」


 パーシは困ったように眉を下げ、諭すように言った。


「騎士団ではスノウの監視レベルを上げるかどうか議論されているんだ……」


「…………」


「今のスノウは監視レベル3で、これが4に上がれば教会からも騎士が派遣される」


 ――教会騎士!


 曰く、神の使い。審判者。裁きの剣。こいつらに睨まれると凄く厄介だ。というのが、教会騎士というのは、騎士という身分にありながら、その所属を国家としない。教会騎士の所属は『教会』だ。つまり、パーシじゃ庇いきれない可能性がある。


 パーシは言った。


「……スノウには神の加護がない。以前もそういう稀人が居てね……」


 や、ヤバいぞ。深刻なパーシの表情からして、ぼくは自分が思っていたより警戒されている。


「……力を隠しているよね。どうやったか分からないけど、教会の鑑定珠を誤魔化している」


 そこでジュリエが食事の手を止め、さりげない仕草で腰の剣に手を掛けた。


 ――安心されよ。主は渡さない。


 パーシはチラリとジュリエを一瞥して、それからぼくに向き直った。


「世界の敵にならないでほしい」


 ぼくは肩を竦めた。


「ただのペテン師だよ。大したもんじゃない」


「……武器は作らない?」


「パーシとジュリエのぶんは作るかも……」


 正直に気持ちを言うと、パーシの眉がまたへにょっと下がった。


「だからそれ……ずるいよ!」


「ダメだった?」


「…………」


 下がった眉を更に下げて、困り果てたパーシは黙り込んでしまった。


 この世界に来て、一番最初にぼくの抱き枕をしてくれた優しい女の人が彼女だ。


 身を切るような寒さの中、彼女の温もりだけがぼくの全てだった。


 ノエル・パーシが裏切るとき、ぼくは世界の敵になるんだと思う。

 裏を返せば――

 ノエル・パーシが味方でいる限り、ぼくは気ままなペテン師で居られるんだと思う。


「……私は国に忠誠を誓っている。コボルト……リトル・スノウを頼む……」


 ワードッグの忠誠心は岩より固い。

 そこでパーシは大きな溜め息を吐き出して、肩の力を抜いた。


「こういう話は苦手だ。でも、そうしなきゃいけなくなったそのときは――」


 そのとき、パーシは真っ先にぼくを斬りに来るのだろう。



「私が、スノウを斬る」



 想像を過たず言い放たれたその言葉は、強い好意の吐露にも似ていて、ぼくは少し気恥ずかしくなってしまう。


「……うん、パーシに斬られるなら、しょうがないかな……」


「だから、もう……!」


 すっかりへこたれたパーシが、怒ったように口の中でモゴモゴ言った。


「……出来るわけないよ……!」


 だったら、ぼくは永遠に世界の敵にはなれないままなんだろう。


 そんな風に、考えた。

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