第7話 魔法金属を狙え!
ぼくは何処にも属さない。属するつもりもない。元いた世界でもそうだった。
何も変わらない。世界は危険に満ちていて、ぼくは機転と勇気で困難を乗り越えて行く。
――ユウキ。
この頃はまだ思い出せたぼくの名前。皆からはユキって呼ばれていた。
ぼくはリトル・スノウ。探索者だ。
◇◇
ギルドにやって来た。
壁のあちこちに依頼の札が貼られ、受付のホールは朝早くからそれに目を通す探索者たちの姿がちらほら。
そして、ぼくが贔屓している強面のおじさんは暇そうだった。平常運転。血の気が多く、荒くれ者ばかりの探索者連中は半数以上が男性であるせいか、おっさんより美人の受付さんがお気に入りのようで、大抵はそっちに行ってしまう。
「おはよう、ボビー」
ぼくは、見た目より随分親切で、余計な事を言わないこのおじさんが気に入っている。付き合いが長くなりそうだったので、名前無しは少し不便だ。しょうがなく、ボビーという便宜上の名前を与えた。
「おお、リトルスノウ。今朝も早いな。今日も潜るのか……って、名前言ったか?」
「ホントにボビーなの……?」
「ああ」
なんと! 適当に付けた名前がヒットして、ぼくは一編にボビーのファンになった。
「ひょっとして、ボビー・シンガー!?」
「いや、違う。ボビー・マクロンだが……」
「……ちっ。そこはシンガーにしとけよ。ノリ悪いなあ」
肉まんを差し出しながら言うと、ボビーは顰めっ面をしながらも口元を緩ませた。
木のテーブルを挟み、椅子に深く腰掛けると、当然のようにジュリエが背後に立つ。
「まあいいや。それより、ボビー。今日は色々と聞きたい事があるんだ。いいかい?」
「ああ、ご覧の通り開店休業中だ。一向に構わん」
早速、肉まんにかぶりつくボビーは気にした様子もない。
「結構な時間を話し込む予定だけどいいの?」
「ああ」
等と言って退けるボビーだけど、ボビーにはボビーの都合があるだろう。
「本当に? ボビーには、ぼくの専属になって欲しいって言っても、受けてくれる?」
「…………」
ボビーはニヤリと男臭くて悪そうな笑みを浮かべた。
「儲けさせてくれるのなら、な」
一癖も二癖もありそうな笑顔。
でも、癖の悪さならぼくだって負けない。ニヤリと笑い返して言った。
「……ボビーは受付としては新人で、元探索者……で間違いない?」
「ああ」
ボビーは何でもない事のように言って欠伸した。
そう。彼は困ってない。閑古鳥が鳴く現状が今だけのものだと知っているからだ。いずれ、目端の利く誰かが彼の存在に気付く。
このギルドでは、ボビー・マクロン以上に優秀なアドバイザーはいないと。
稀人のぼくがダンジョンで生き抜く為に、彼の経験と知識はこの上ない助けになるだろう。
「よし、それじゃボビー。今日はとことん話し合おう」
必要なのは、美人でおっぱいのでっかいお姉さんじゃない。ダンジョンに詳しく、経験豊富で優秀なアドバイザーだった。
◇◇
話の始めに、ぼくは先ず、ダンジョンの所感について話した。
「……とても危険な場所だ。命が幾つあっても足りない」
先の探索ではあえて最悪とされる『モンスターパレード』を起こしてみたが、あれをぼくとジュリエの二人で乗り切るのは骨が折れる。パーシが居なければ(ぼくが死なないのは当然として)最悪ジュリエを死なせていたかもしれない。
「ダンジョンに臨むときはしっかり準備して、且つ最悪のケースを想定しなきゃいけない。そうじゃなきゃ、今は良かっても、その内ぼくは死んでしまう」
「……昨日の収穫は、あの女騎士の力あってこそか」
何を言う訳でもなく、ボビーは嬉しそうに笑っている。
探索者として、ぼくの理想は何処にあるのか。それじゃどうするのか。どう動くべきか。行き着く先を定める為なら、今日一日ぐらい話し込んだ所で構わない。
「鉱物が欲しいんだ」
本格的に金属を扱う為には『錬金』と『彫金』、『鍛冶士』のスキルが必要になる。当然だけど錬成の為の『炉』も必要だ。将来的にはボビーに作業場の伝手を紹介してもらいたいけど、差し当たりぼくの望んでいる鉱物は……
「魔法銀か
この二つの『鉱物』は、加熱加工の為の『炉』を必要としない。取り扱いには高い魔力が必要だけど、ぼくならやれる。『個人』で扱う事が出来る。
「……教えてやらん事もないが、何をやらかすつもりだ?」
ボビーは顎を擦り、何処かしら面白そうにぼくの話を聞いている。
「勿論、装備を強化するんだ。限界までね」
そこでぼくは、ジュリエMk-2計画なるものをでっち上げた。
それが探索をスムーズにして、ジュリエは勿論ぼくの生存確率を大幅に上げる事に繋がる。その為の装備強化のキモになるのが、ミスリルかオリハルコンのような『魔法金属』だ。
「……そのコボルトを強化するのか? 低級モンスターを? 訳が分からん。聞いたこともないが……」
眉を寄せたボビーは口にこそ出さないけど、こう言っている。
――そのコボルトより、自分の装備を強化したらどうだ? と。
ぼくのレベルは現在12。でも前衛職に必要不可欠とされる運動能力のステータスは殆ど成長していない。これから先もそうだろう。つまり、ぼくにはパーティーの前衛を担う『戦闘職』は徹底的に向いてない。スキルを使えても、それを扱う為のステータスが圧倒的に不足している。
「オリハルコンはダンジョンの七層で採れる。今のお前さんにゃ無理だ。先ずはミスリルにするんだな」
「やっぱりミスリルか……」
この世界には、現実世界にない鉱物が存在する。魔法銀……ミスリルはその中では最もポピュラーで、入手難度も低い。オリハルコンやダマスカス鋼、
「まぁ、彫金して今の防具を強化するなら最低でも金貨十枚は必要だが……」
それも元となるミスリルを自分で用意したとしての話だ。材料から発注するとなれば、この二、三倍の価格になるだろう。
「……ちなみに、ミスリルは何層で採れる?」
ボビーは肩を竦めた。
「一層だ。ただし、下層に潜る階段を避け、うんと奥まで進まにゃならんが……」
現在、ぼくが挑んでいるダンジョンは13層まで攻略が進んでいる。ボビーが言うに、このダンジョンは下層に進むにつれ階層は狭くなる逆ピラミッド型の構造をしているらしい。
一層は恐ろしく広大で、今も未踏の区域があるのだとか。
「行って帰って、一週間だな」
ふむ、とぼくは考える。片道が凡そ三日。その程度なら、パーシを騙くらかして連れて行ける。
「そこまでのマップは?」
「採石依頼を受けるなら、タダで構わんよ」
「乗った」
報酬は出来高払い。多く持って帰れば、その分報酬は増える。
そんな感じで……
午前中はボビーとしっかり話し込み、有益な時間を過ごした。
◇◇
ギルドから出たとき、ぎらぎらとした太陽は、すっかり真上に上がってしまっていた。
「……パーシが来なかったね」
しかし、午前中は有意義な時間だった。
今のぼくに不足しているものは経験だ。ミスリルの情報を得ただけじゃない。ボビーの話は多岐に渡り、探索者としてのあれこれを聞く事が出来た。
それからぼくらは、昨日買い物をした万屋で大鍋や食料品、幾らかの雑貨を購入して、町の端部分にある比較的大きな河川に向かって歩いた。
「ジュリエ、実は昨日やっつけたボアが一頭バックパックに入っているんだ。解体してくれない?」
川っぺりには食べれる野草も生えていて、お昼ご飯はここで食べると告げると、ジュリエは表情こそ変えなかったものの、尻尾を振って少し嬉しそうだった。
鑑定のスキルを使って、ぼくが適当な野草を摘んでいる間、川岸でジュリエがボアを解体した。
内臓はもう駄目になっていて、肝臓を捨てるときのジュリエは切なそうだった。廃棄処分の内臓は穴を掘って埋めておく。肉をブロックに分けてしまえば、後はぼくの出番だ。
コックのフリをして素早く筋引きし、食肉用に切り分けて行く。これらは昼食にするのではなく、燻製や塩漬けのような保存食にするつもりだ。
川原に石を積み上げ、簡易な竈を作って赤石を転がす。火にかけた大鍋には山盛りの野草を放り込み、捨てる予定だったボアの骨を突っ込んで水を張っておいた。
ジュリエは喋れないし、ぼくは用がなければ喋らないタイプだ。川岸で淡々と作業を続ける。
ジュリエは万屋で買った道具で燻製作りをして、ぼくはお昼ご飯の準備をしていた。良くも悪くも分業。
川原にボアの頭を転がし、その上に腰かけて肋骨に付いた肉をスプーンで削っていると――
「おいおい、リトル・スノウ! 何てものを見せるんだ! 酷い絵面だよ!!」
川に掛かった橋の欄干を跨ぎ、見下ろすように頭上から声を掛けて来たのは、笑顔のパーシだった。
「……やあ、パーシ」
手を振りながら、笑顔を浮かべて見せるぼくは、内心では驚いていた。
(なんで、ぼくの居場所が分かったんだ……?)
パーシは欄干を飛び越え、5メートルはある真下の川原に着地して見せた。
超人。ぼくのような人間なら良くて骨折、悪ければ死んでもおかしくない高さだ。
「何をしているの?」
にこにこと笑顔で歩み寄って来たパーシは騎士の胸当てに革のグリーブ、革のレギンス。ブーツは踝の部分に羽根のあしらいがあって、微量な魔力の流れを感じた。
「次の依頼は、長丁場になりそうでね。保存食を作っていたんだ」
「……売ってる物があるよ。それじゃ駄目なの?」
保存食は新たに購入したものもあるし、初心者用のキットに入っていたものも残っている。試しに一つ食べて見たけど、ビスケットのようなそれは、モソモソして美味しい代物じゃない。一工夫する必要がある。
「まあ、そうだけど……あまり美味しくないしね。食事は楽しみの一つだし……」
「そっか。じゃあ、今日は潜らないの?」
「まあね。昨日はパーシのお陰で結構稼げたし、二、三日準備に当てるつもり」
そう言うと、パーシはがっかりしたように唇を尖らせた。
「なんだ……せっかく準備して来たのに……」
「あはは、ごめんごめん。その代わりと言っちゃなんどけど、今日もお昼ご飯をご馳走するから食べて行きなよ」
「異世界料理! いいね!!」
そう言って、パーシは胸当てとブーツ以外の装備を全て腰に下げた小袋の中に詰め込んでしまった。
……小型のインベントリ。
騎士団の支給品だろうか。どれくらい容量があるのか分からないけど、収納のインベントリは小型になるほど高価になる。
「家庭料理だよ。そう大したものじゃない」
「いいねいいね。充分楽しみだ」
何故か上機嫌のパーシは手を後ろで組んで、ぼくの手元を見つめた。
「それはなに? ボアだね。昨日の残り? ちゃっかりしてるね。んふふ……」
どうやら、ぼくがボアの頭を椅子代わりにしているのが面白いみたいだ。
「肉を削ぎ落としているんだ。叩いて団子にする」
「そうなんだ。あれは?」
続いてパーシが興味を持ったのは、火に掛けたままになっている大鍋だった。
「出汁を取っているんだけど……」
「ダシ? なにそれ……」
パーシにどの程度料理の知識があるのか分からないけど、今の言葉でこの世界のご飯が美味しくない理由が納得できた。
「あとで味見すればいいよ。それはそうと、ギルドに来なかったね」
「ああ、ごめんごめん。でも、それはスノウのせいだよ」
「なんでさ。ぼくは何もしてないよ」
そんな事を言い交わしながら、ぼくは火に掛けた大鍋に浮かんだアクをお玉で掬って捨てた。
「ドロシーが吐くまで豆モドキを食べさせられたって、相当怒ってたよ」
「信仰心がどうとか言って、勝手に食べたんだ。ぼくがやらせたんじゃない」
ちなみに、泥石とパーシはあまり仲が良くない。というか、教会と憲兵を含めた騎士団の仲が良くない。
この世界では教会の力が強い。騎士団と教会は町の警備やそれに関連した法制度なんかでぶつかる事が珍しくない。例えば、稀人であるぼくの立場は割と微妙で、所持スキル次第で身柄の受け入れ先が変わる。まあ、ぼくは『隠蔽』のスキルで能力の大部分を秘密にしているのだけど……
「けど、すごく面白かったよ。泥石の鼻から豆モドキの汁が噴き出して……それでも文句言おうとしてさ。パーシも居れば良かったのに」
「うふふ、本当に? 次やる時は、私も誘ってよ」
パーシに気にした様子はないけど、泥石が苦情を吹き込んでいたという事は分かった。
「……ぼく、捕まるの?」
「なんの罪で?」
パーシは、にこにこと笑っている。その笑顔には裏があるように見えない。
「……ここだけの話だけど、私も泥石が嫌いなんだ」
「そうなんだ。でも、ぼくは泥石が嫌いじゃないよ。からかうと面白いしね」
「うんうん、スノウはそれでいいよ」
ぼくが泥石をやり込めた事が嬉しいのか、パーシはご機嫌だった。
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