第6話 リトル・スノウは罰当たり!
「久し振りですね、リトル・スノウ」
陽光を受け、きらきらと輝く巻き毛の金髪を指先で整えながら、シスタはゴミでも見るようにぼくを見下ろしている。
「ノエルさんから聞きましたよ。探索者になったようですね」
「ノエル? ああ、パーシのこと……」
そのパーシとは、今朝別れたばかりだ。あれから監視内容を報告したとは思えないから、彼女は何らかの通信機器――魔道具を持っていて、昨夜の内に報告が為されたとみるべきだろう。
「相変わらず、天使のようなみてくれですね。しかし、内面やくざなお前には、探索者というのが向いているかもしれません」
その嫌味を聞き流したぼくは、グリグリと雑炊のお椀の中身をかき回し、豆モドキだけを掬ってジュリエのお椀に移す作業を続けた。
「昨日は姿を見せませんでしたからね。少し心配して――あの、コボルトに退くように言ってもらえませんか?」
シスタは右に左に動いてジュリエを躱そうとするけれど、ジュリエは身体を盾にして行く手を阻んでいる。
「彼女は護衛です。シスタ、お話はそこからどうぞ」
「なっ……わ、私がお前を害するとでも言うのですか?」
シスタは目を剥いて、ショックと怒りに顔を赤くしたけど、これはぼくの言い分に道理がある。
「申し訳ありませんが、シスタ。我々は初対面です。身を守る許可はパーシからも得ています。ご理解頂けますよう」
「しょ、初対面?」
そこでシスタは立ち止まり、ぷるぷると薄い肩を震わせた。
「お、お前と私とは初対面ではありません!」
「身に覚えがありません。用件がないのであれば、お引き取りを」
ぼくは、この上から目線のシスタとの間に面識はない。仲良くなった覚えもない。
「シスタ。存じているかは分かりませんが、ぼくは稀人なのです。知らない人に着いて行ったり、意味もなく会話をしたりするほど不用心ではありません」
「な、な何を言っているのです! ドロシーです! 私はドロシー・メイデンです!!」
「ドロシー・メイデン……?」
そこでぼくは少し考え込んだ。修道女には知り合いも友達もいないけど、話をしたことがない訳でもない。
「……泥石? シスター泥石?」
「ドロシーです! お前は何度言ったら分かるんですか!?」
「ああ、泥石か。まったく、早くそう言えばいいのに。……ジュリエ、彼女とは初対面じゃなかった。傲慢だけど悪人じゃないから大丈夫だ」
泥石(ドロシー)・処女(メイデン)は正真正銘の修道女だ。
この世界にやって来てパーシに保護されたところに、鑑定玉を持ってぼくを調べにやって来たのが彼女だ。
初対面の彼女はとても優しくて親切だったけど、『男娼』だの『復讐者』だの『fake meter (偽計)』だのといういかにも罰当たりなスキルが判明するに連れ、みるみる内に塩対応になった。
泥石は態度が悪いから、ぼくも態度を悪くしている。それだけの関係だ。
「で、泥石。何か用?」
泥石は顔を真っ赤にして怒りに震えていた。
「ドロシーです! 傲慢だけど悪人じゃない? なんですか、その言いようは――って、コボルト! お前、今笑いましたね!?」
ふと見ると、ジュリエは口元に手を当てて笑いを噛み殺している。
「泥石がムキになるからだ。まったく……神さまも笑ってるよ」
怒りに震えていた泥石だったけど、『神さま』の名前を出した途端に平静を装い始めた。
「……そ、そうでした。この私としたことが、子供とコボルト相手にすっかりムキになってしまいました……」
「それで泥石。何の用だって言ってるよ」
泥石は口元を引き釣らせながらも、仕切り直しと言わんばかりに小さく咳払いして言った。
「ドロシーです。お前のような罰当たりでも、まだ子供ですからね。幾ら国の決まりとはいえ、一週間で放り出すのは如何なものかと思って心配していたのです」
「ああ、そう。ぼくなら大丈夫だ。泥石は心配しなくていい」
性格こそ悪いけど、泥石は悪人じゃない。パーシと一緒に一般常識のあれこれを教えてくれたし、補助金を返納すれば、保護期間が一年延長されるからそうするよう勧めてくれたのも彼女だ。
まぁ、断ったのだけど。
「そ、そうですか。どうしようもなくなれば教会に来なさい。お前のような不心得者でも、他の者と同様に分け隔てなく接すると、このドロシー・メイデンが約束しましょう」
「泥石は恩着せがましいなあ」
「お前の態度も相変わらずで何よりです。少し安心しましたよ」
ぼくは鼻を鳴らして見せ、それから豆モドキを除去した雑炊をスプーンで掬って一口食べた。
「……ぅお」
たちまち口一杯に広がった酸味にえづき、ぼくは雑炊を吐き出した。豆の味が移ってしまっている。最早、この徹底した不味さはどうにもならない。
泥石はクスリと嘲笑った。
「信仰心が足らないから、そんな事になるのです。お前は少し身の程を弁えるとよいでしょう」
ぼくは、少しイラッとした。
「そこまで言うなら、泥石が食べてみろよ」
「いいですよ」
「こっちはまだ手を付けてない。ほら」
そう言って、ぼくはジュリエのお椀を差し出した。
「……!」
ジュリエは豆モドキマシマシになったお椀の中身に刮目し、それには余裕たっぷりだった泥石も、一瞬たじろいだように仰け反った。
「く、黒いです。豆モドキしかありません……」
「だからなんだ。信仰心でなんとかしろよ」
「……」
泥石は強がってお椀を受け取った。ものの……
スプーンを持ったまま、お椀の中身を凝視して動かない。
「あ、泥石びびったんだ」
「びびってなどおりません」
カッコつけた泥石が顔色を青くしながらも落ち着き払って言った。
「見ていなさい。私の信仰心を!」
そして、かっと目を見開いた泥石は、無謀にもスプーンに掬った豆モドキを口一杯にかっ込んだ。
「おお……!」
その光景にぼくは仰天し、ジュリエは、うへぇっと目を背けた。
「…………」
目尻に涙を浮かべた泥石は、ぐちゃりぐちゃりと豆モドキを咀嚼した。見ているだけで吐きそうだ。
アメイジング。ぼくは興奮した。
「すごいよ、泥石!」
「……」
泥石は無理矢理感漂う笑みを浮かべ、更に咀嚼した豆モドキをゴクリと飲み込んで見せた。
「うわぁ……」
煽ったのはぼくだったけど、はっきり言ってドン引きだった。
「……すごく不味いのに、よくやるよ。それって噛むと、中からブチュッてゲロみたいに酸っぱい汁が飛び出すよね……?」
「……」
想像したのだろう。泥石の顔は青くなり、額には珠のような汗が滲み出した。トドメに――
泥石の前で、ぼくは、おえっとえづいて見せた。
「――ごえっ!」
その瞬間、泥石は嘔吐した。
「うわ、泥石汚い! 汚い!!」
「あぶろぼあ……ごえっ!」
何事か反論しようとした泥石は更に嘔吐して、鼻の穴からも豆モドキの汁が噴き出した。
「あはははは!」
ぼくが爆笑すると、経緯を見ていたジュリエも笑いを堪えきれなくなったのか派手に吹き出した。
「うふふ、泥石、大丈夫?」
ぼくは笑いを堪えながら、四つん這いになって嘔吐する泥石の背中を擦ってあげた。
「信仰心は関係ないよ。豆モドキが好きな人はいないと思う」
「うぶぶ……そ、そうですね。お前の言うことには一理あります」
流石の泥石も体裁を保ちきれなくなったのか、口元を拭いながらぼくの言い分を受け入れた。
「さ、噴水で口を濯いで少し休もう」
ぼくは泥石の腰を支え、広場の中央にある噴水の方へ向けて歩いた。
◇◇
「落ち着いた?」
「は、はい。ありがとうございます」
噴水のほとりにある石段に腰掛け、幾分落ち着いた泥石は小さく溜め息を吐き出した。
「栄養価を気にするのはいいけど、それにしたって程度があるように思う。食べることは喜びだ。施しを行うにしても、その事をもう少し考えてほしい」
「は、はい……」
泥石は何か言いたそうにしながらも、考える所もあるのか真面目に話を聞いている。
改めて言った。
「ところでシスタ。少し相談があるのだけど、いい?」
まあ、ぼくは神さまとやらは信じていないし好きでもなんでもないけれど、信仰自体を否定する訳じゃない。お遊びはここまでにして、真剣なお話に入る。
「ぼくの護衛をしてくれているジュリエの事なんだ」
そこで、ぼくはジュリエが喋れない事を話した。
どうやら完全に喉が潰れてしまっていて、どうにもならないこと。喜捨の心構えもあるので、一度見てほしいと伝えたとき、泥石は眉を寄せ、怪訝な表情をして見せた。
「……コボルトを治療するのですか?」
「まあ、治るものなら……」
「リトル・スノウ……お前は……」
そこまで言って黙り込んだ泥石は、何故か深く考え込む様子だった。
「……神は、何故、お前に加護を与えなかったのでしょう……」
ぽつりと言葉を漏らした泥石を、ぼくは目を凝らして『鑑定』した。
ドロシー・メイデン。21歳。女。『修道女』level 17。
更に目を凝らして深く『鑑定』する。
name ドロシー・メイデン
Age 21
class 聖女
level 1
物事の全てに裏がある。傲慢で上から目線の泥石だけど、彼女には天性の資質がある。どの世界でも神さまは悪戯好きで、こういった悪さをする。
「……」
泥石は黙って手を差し出し、そっとジュリエの肩に触れた。
「第二級回復神法」
って、二級か。ぼくは、ずっこけそうになった。
「泥石、ケチケチするな。勿体ぶらずに一級使えよ」
「なっ、ケチってなんかいません! せっかく私が神の御心を示そうと……」
泥石が何か言っているけど聞く耳持たない。二級までならぼくでも使える。
結局、ジュリエの喉は治らなかった。
「泥石はいんちきだなあ」
「い、いんちき?」
泥石はかんかんに怒った。
「せっかく本気出したのに、その言いようはなんですか! そもそも一級神法は修道院長クラスでもないと使用できません。特級だと教皇レベルの『奇跡』です。それをお前は……!」
「……それって、『魔術』でも同じ?」
「知りません! お前が勝手に調べなさい!! それと私の名前はドロシーです! わざと間違えるのはやめなさい!!」
この分だと、不用心に魔法を使うのは止めた方がよさそうだ。その辺りも調べる必要がある。
「私は、ええと……お前の世界で、私のような神の忠実な使徒を何と言ったでしょうか?」
「カルト?」
「そう。私は、そのカルトとしての修行で忙しいのです。不心得者のお前は探索者の真似事でもしていればいいでしょう」
「ふうん、そう。まあいいや。それじゃ、お駄賃は幾らぐらい?」
「お、お駄賃ですって?」
ぼくはヘマをやった。泥石は益々怒り狂い、顔を真っ赤にして叫んだ。
「この罰当たり! お前の喜捨などこちらから願い下げです! 何処へなりとも消えなさい!!」
わざと言った訳じゃなかったので謝ろうと思ったのだけど、すっかり熱くなった泥石は聞いてくれなかった。
こんな感じで、お間抜け修道女の泥石と別れた。
無駄にプライドが高くて、本当はとても優しい。上から目線の聖女の卵。
ぼくはそんな泥石が嫌いじゃなかった。
◇◇
広場から出て、大通りに出たぼくとジュリエは探索者ギルドに向かった。
今朝になり、良くない視線を感じる。所々に点在する孤児のグループや身なりの汚い浮浪者たちの視線。
ぼくは狙われていた。
まあ、今のところぼくの活動は上手く行っていて大金を所持しているし、身なりも悪くない。小さくて弱そうだし、ぼくがあれらの集団に属するなら、ぼくだってぼくを狙う。女騎士(パーシ)が居ない今が狙い目だ。
ジュリエは警戒していて、ずっと腰のショートソードに手を置いたままでいる。
ぼくは揉め事を拾いたい訳じゃない。だから人目に着く大通りを選んで歩いた。
ジュリエは身体こそ小さいけれど、しっかり鎧兜を装備して短槍とショートソードで武装している。そんな彼女を護衛にして歩くぼくが、回りからどう見られているか。
答え――『魔法使い』。
レベルが低い魔法使いが護衛としてコボルトやゴブリンを連れ歩く事はままある。これが『魔導師(マギ)』になれば『使い魔』の格は上がる。安い所では豚人(オーク)。少し上がって鬼人(オーガ)。
通りの向かいから、魔法使いと思しきフード姿の女の子が歩いて来てすれ違った。
「……」
女の子はチラリとぼくを一瞥して、それからジュリエを見て少し驚いたようだった。
魔法使いが護衛として連れ歩く低級の使い魔は、一般的には使い捨てでジュリエのように装備を整えている事は珍しい。
フードの彼女の場合、護衛として二人のコボルトを連れていて、その腰には古びたショートソードを着けているだけで他の装備はない。防具もだ。街を歩くだけならいいけど、ダンジョンでは役に立たないだろう。
「……」
少し悲しそうな表情で、ジュリエは女の子に従う二人のコボルトを見つめていた。
「……知り合い?」
ジュリエは首を振った。
装備の質に違いこそあれ、ジュリエも同じ立場だ。思うところがあるのだろう。
ダンジョンでの探索を長く続けて行けば、いずれジュリエは死ぬ。でも……
「大丈夫、ジュリエはそうはならないよ」
ぼくはジュリエを殺したい訳じゃない。探索には安全を担保するつもりでいるし、深層に進む場合は前衛を担う強力な使い魔を従えるつもりでもいる。
ぼくには力がある。
ムラがあるけど、強い武器や防具を揃えるスキルがある。後衛として援護も出来る。簡単にジュリエを死なせてしまうようなら、ぼくも長くないだろう。考えはある。
ギルドが見えて来て、ぼくは笑顔を浮かべて見せた。
「ジュリエ、当てにしてる。さあ、行くよ」
ぼくを守る彼女は、コボルトの戦乙女。まぁエロいし、トウは立っているし、処女(おとめ)じゃないけれども。
不埒なぼくには、ぴったりだった。
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