第3話 ダンジョンにて

 依頼の受領を済ませ、ギルドを出たぼくたちは、その足でダンジョンに向かった。


 報酬は銀貨二枚。達成出来たなら、ぼくは一人でこれを受け取る。一日二万円と考えればこの報酬は悪くない。でも、四~五人のパーティーなら分割になる。ジュリエを養わなきゃならないぼくにとって、分割じゃ割に合わない。パーティーを組まず、報酬を独占してしまえば低層の稼ぎでも充分やっていける。


 ジュリエのレベルは現在27。ジョブは『兵士長』。鑑定士のフリをして彼女を見ると、魔力と知性を除いたステータスが全てぼくの八倍ぐらいあった。


 まあ、今のぼくはレベル1だからしょうがない。パーシが言うに、子供でもレベル3はあるらしいから、どれぐらい今のぼくが弱いかは推して知るべし。


 暫く歩き、到着したダンジョンの入り口には二人ほど守衛が立っていて、騎士鎧を着たパーシと何やら話し込んでいた。


「おはよう。パーシ」


「……」


 まるっと無視したパーシを一瞥して、ぼくは守衛に探索者カードを提示して、そのままダンジョンに入ろうとした。

 パーシが慌てて叫んだ。


「――って、ちょっと待って!」


「なに?」


「初依頼を受けたんだよね? 金貨一枚で護衛をしてあげてもいいよ?」


「……」


 ぼくは少し考え、大きく頷いた。


「分かった。頼める?」


 何故か慌てていたパーシだったけど、ぼくの言葉に安心したのか、にっこり笑って胸を撫で下ろした。


「流石。リトル・スノウは慧眼だ」


 こうして、ぼくとジュリエは女騎士ノエル・パーシをパーティーに加える事になった。


◇◇


 パーシは上級職である『守護騎士』だ。ステータスはジュリエの倍以上ある。今回、安全マージンを取るという意味もあるけど、実力を鑑みれば連れて行かないという選択肢は考えられない。ノエル・パーシには金貨一枚以上の価値がある。確実に元が取れる。


「♪」


 先頭をジュリエ。続いてぼく。殿に鼻唄混じりのパーシを置いてダンジョンに入った。


 先ず目に入ったのは、ごつごつとした岩の壁と、そこかしこに掲げられた松明の灯りだ。

 一層の出入口付近には光源がある。エレベーターの使用許可が出れば深層の10階までは行けるけど、今は関係ない。


「どんな依頼を受けたの?」


「スライム核五個と赤色キノコ十本の納品。お昼までに達成して、夕方までモンスターを討伐したい」


「了解」


 パーシは気軽に頷いて、続いてジュリエに言った。


「おい、コボルト。赤色キノコは知っているだろう。何処だ?」


「……」


 ジュリエは立ち止まり、くんくんと鼻を鳴らして、それから右の通路を指差した。


「……お前、その態度はなんだ?」


 低い声で言って、パーシが肩を掴んでぼくを庇うように前に出た。


「ジュリエは喋れないんだ。悪気がある訳じゃない」


「……そうだったのか」


 苦虫を噛み潰したように表情を歪め、パーシは肩を竦ませた。


「ダンジョンには質が悪い奴もいるからね。少し気が立っていた。ごめん」


「うん」


 気楽そうに見えたパーシだけど、決してダンジョンを舐めていた訳じゃなさそうだ。


「実はスノウ。私はそれが心配なんだ。浅い階層じゃ、モンスターの襲撃よりも同業者に気を付けた方がいい」


「分かった。忠告、ありがとう」


 ぼくはダンジョン初心者だ。経験者の言うことは真面目に聞くべきだった。


「……スノウは時々素直だね。いつもそうならいいのに……」


 時々、周囲を探るように匂いを嗅ぐジュリエを先頭にダンジョンを進む。やがて松明を置いてある間隔が離れ――


「ここからだね。でも、今日は私がいるから、スノウは安心して構わないよ」


 守護騎士のスキルは『守る』事に特化している。彼女が居れば浅い階層で命の心配はいらない。


 バックパックからランタンを取り出し、灯りを点けると鈍い光りが周囲に漏れ出す。

 ……思ったより暗い。

 ぼくは魔法使いのフリをして、周囲を照らす魔法を使った。


「第四級光源魔法」


 これはコモンマジックに分類され、魔法使いなら誰でも使える。頭上に発生した光が新たな光源となって周囲を照らす。


「スノウは……そうか、人間だったね……」


 コボルトのジュリエは勿論、亜人のパーシも夜目が利く。ぼくが新たに提供した光源は二人には無用だったようだ。

 指を鳴らして灯りを消した。

 代わりに盗賊シーフのフリをして夜目のスキルを発動させる。

 ……うん、見える。

 fake meter (偽計)のスキルは効果にムラがある。少し心配だったけど、上手く発動してくれた。


 やがて松明が見えなくなり、手元のランタンの灯りだけを頼りに進むようになった頃、ジュリエが立ち止まり、剥き出しの岩盤を指差した。


 ランタンを向けると、そこに三本ほど赤いキノコが生えている。


「これが赤色キノコか。幸先いいね」


 手袋を嵌め、小さい剥ぎ取りナイフでキノコを根っ子から切り取って採取している間は、ジュリエとパーシが辺りを警戒する。


「……?」


 採取を終え、赤色キノコはバックパックに詰め込んでいると、目の前の岩盤の裂け目から粘着質の液体が滲み出し、丸く膨れはじめた。


「……なに?」


 なんだろう、と思っていると、それにジュリエが短槍を突き立てた。


「…………」


 ぼくが首を傾げると、パーシが笑った。


「スライムだね。魔核はその小さい……そう、ちょっと黒いの。石に似ているけど、柔らかいから気を付けて」


 今、割と危なかったんだろうか……。ジュリエの槍は正確に脳の部位を破壊し、スライムは動きを止めている。

 ぼくは内心複雑だった。

 ナイフの先端に引っ掛けるようにして魔核と呼ばれるビー玉状の石を取り出し、ギルドから預かった保存液入りの木筒に入れた。


◇◇


 ぼくらは順調に探索を続け、お昼に近づいた頃、予定通り目標を達成した。


「二人とも、お疲れさまでした」


「いいんだ」


 パーシは照れ臭そうに笑い、ジュリエも警戒を絶やさずに頷く。


「さて、午後からはモンスター狩りだね。金貨一枚分は働いて見せるよ…………」


 言いながら、眉間に皺を寄せたパーシが通路の奥を睨み付け、一歩前に進み出た。

 ぼくも目を凝らし、暗闇に視線を向ける。そこには……


「豚だ。豚がいる」


 通路の先に、中型の犬ぐらいの豚がいて、涎を垂らしながら蹄で地面を掻いている。

 パーシが吹き出した。


「豚じゃない。ボアだよ。すごく気性が荒いんだ。あれは小さいけど、ここじゃ強敵だね」


「食べられるの?」


「ぶふっ! 食べられるよ」


 ジュリエが前に出ようとしたのを押し留め、苦笑しながらパーシが前に出た。


「私がやろう。スノウに美味しい昼食をプレゼントしてあげるよ」


 ここで、パーシは初めて剣を抜いた。すらりと刀身の長い剣。ランタンの鈍い灯りに刃が照り返り、白く見える。


 ボアが雄叫びを上げ、地面の小石を撒き散らしながら突っ込んで来て、その迫力に思わず尻込みしたぼくを庇うようにジュリエが前に立つ。


 待ち受けるパーシは腰だめに長剣を構え、ボアに正面から激突した。


 硬質な板か何かを突き抜くような音がして、ボアの突進は止まった。

 何でもない事のように、パーシが言った。


「終わったよ」


 回り込んで見ると、長剣の刀身が柄の部分まで鼻に突き刺さっており、ボアは絶命していた。


「おお……!」


 ぼくが感心すると、パーシは頬を赤くして鼻の頭を掻いた。


 ――殆ど同時に背筋がピリピリして、ぼくは思わず両肩を抱き締めた。


「……ん、レベルアップだね。おめでとう、リトル・スノウ」


 ぼくはレベルアップした。

 この世界は現実とは違う。成長は、はっきり体感できる。身体が軋み、強い目眩にふらつくぼくの腰を抱くようにしてパーシが支えてくれた。


「大丈夫? 初めてのレベルアップは、少しびっくりするからね」


「……ありがとう」


 ぼくはパーシに支えられ、岩盤の地面に座り込んだ。


 冷たい汗が噴き出し、動悸がする。身体の中が無理矢理に書き換えられる感覚。


 暫くぼくは休み、その間にジュリエがボアを解体した。


◇◇


 ダンジョンにいるモンスターには、時折『魔核』が発生する場合がある。この魔核を持つモンスターを『魔物』という。

 ジュリエがボアを解体している間、その背後からパーシがずっと観察していた。


「……魔核はないね。まぁ、一層ならこんなものか……」


「そう、残念……」


 魔核は高い魔力を秘めており、売ればそこそこのお金になる。そこから魔力を抽出する技術を持つぼくにも有用な代物だ。


 パーシの説明では、討伐部位である牙二本は武器の材料にもなるので、ギルドが割高の銀貨一枚で買い取ってくれる。毛皮も幾らかにはなるらしい。


「ぼくも手伝う」


 殆ど作業は終わっていたけど、ぼくも剥ぎ取りナイフを持って解体に参加した。突っ立ってるだけが、ぼくの仕事じゃない。


「……肝臓は食べよう」


 ぼくが呟くと、ジュリエとパーシは眉を潜めた。


「内臓を食べるのかい? リトル・スノウは下手物好きだ」


「栄養価が高いんだ」


 この世界では、どうも内臓を食べる文化はないようだ。


◇◇


 ぼくは袋小路になっている場所まで移動して、そこで結界石を使用して休憩の為のセーフポイントを作った。


 通路内に転がる石を積み上げ、竈を作って赤石を転がす。ちなみにこの赤石は魔力を込める事で再利用可能だ。


 水石を水筒に放り込み、簡易水道にして利用する。ちなみに水石の再利用には魔力だけでなく水そのものも必要になる。


 熟練調理師のフリをして、肝臓を綺麗に洗い、まな板代わりの平らな岩盤の上で薄く切り分けて行く。

 パーシが感心したように呟く。


「……凄まじい手際だ。リトル・スノウはコックか何かかい?」


 ――ペテンさ。


 内心笑い、続いて肩、肩ロース、リブロース、サーロイン、食用に適した形に切り分ける。スキルの効能にムラがあるせいで雑になる時もあったけど、それが却って自然。パーシには、ぼく自身の素の技術に見えるだろう。


 20分ほどで作業を終え、竈の上に置いた手鍋でスライスした肝臓を焼いた。


 脂の焼ける甘い匂いに食欲を刺激される。ぼくはジュリエを手招きして呼び寄せた。


「食べな。頑張ってるからね」


 ジュリエの前でよく焼いたレバーを一枚食べて見せる。途端に舌の上で蕩け、その美味しさにぼくは泣きたくなった。


「どうしたの、ジュリエ。いらないの?」


「……」


 ジュリエは視線を泳がせ、困ったようにパーシを見つめた。


「主の言うことは聞くもんだ」


「……」


 観念したようにレバーを一切れ口に放り込み、ジュリエは目を見開いて固まった。


「ジュリエ、今日はよくやってる。好きなだけ食べな」


「……!」


 後はもう夢中だった。焼いた端から、レバーはジュリエの胃袋に消えて行く。


「そ、そんなに美味しいの?」


「ぼくの世界じゃ、一番美味しいっていう人もいる」


「私も一口、いいかな……」


 パーシもレバーを食べ、そして固まった。


「レバーは扱いの難しい部位なんだ。パーシが手間取れば、こんなに美味しくはなかったろうね」


 肝臓はすぐ悪くなる。激しく動き、血が回ってしまえば味が下がる。現実世界のテレビで見た知識。


 ぼくは次々とレバーを焼き、なくなれば他の部位を焼いた。現実世界の豚と違い、食用でないためか独特の匂いがある。

 この世界の食事は美味しくない。食材もそうだけど、調理技術も発展していない。調味料だけは沢山用意して来たので、ぼくは熟練コックの辣腕を奮った。


◇◇


 ジュリエとパーシの装備を解き、二人に休憩を与えた。


「二人とも、食べ過ぎだね」


 ぼくは節度を守ったけど、食い意地を張った二人は競争になり、結局ボアを一頭丸ごと食べきってしまった。すごい食欲だ。


「美味しかったかい?」


「う、うう……」


 苦しそうにお腹を擦りながらも、二人は何処か満足げに頷いた。


 この休憩の時間を利用して、ぼくは装備品をチェックした。

 ここまでで反省点は幾つかある。ジュリエのブーツに多少の損耗が見られる。岩にでも引っ掛けたのだろう。ぼくのスニーカーにも傷が入っている。現実世界から持ち込んだ数少ない所持品は、全て重要な『アイテム』だ。特に靴は替えが利かない。


 寝転がるパーシから少し離れ、程よい岩の上に腰を下ろし、ぼくはスニーカーに物理耐性の魔力付与を行った。


 ジュリエの鎧にやったのより、ずっと念入りな耐性付与を行い、自己修復機能もプラスした。大きな損傷は無理だけど、日常の消耗ならなんとかなる。



 ――おい、コボルト。少しいいか?


 ――大丈夫、リトル・スノウは人間だ。この距離なら聞こえない。



 残念。

 ぼくはジュリエのフリをして『聞き耳』を立てている。コボルトのフリをする事は出来ないけど、所持しているスキルを真似る事は出来る。まぁ、ジュリエが使うそれと比べ物にはならないけれども。



 ――リトル・スノウはどうだ? 怖くないか?



 ぼくはスニーカーを直すフリをしながら、パーシの言葉に少し複雑な気持ちになった。



 ――リトル・スノウは普通じゃない。私が所属する騎士団では怖がられているんだ。



 現在、ぼくは監視対象だ。スキルの性能を大きく誤魔化しているし、無理もない。騎士団もある程度有能と見るべきだろう。



 ――あの子は稀人で、十日ぐらい前は別の世界にいたんだぜ。魔物がいない平和な世界さ。それが一週間で適応して、今はもうダンジョンに入ってる。分かるだろ? 異常だよな。



 さて、ノエル・パーシはぼくの敵か味方か。



 ――可愛らしい顔をしているけど、リトル・スノウは堅気じゃない。平和な稀人にしては落ち着きすぎだし、酷く冷徹に感じるときがある。コボルト、酷いことはされてないか?



 ジュリエは答えず、寝返りを打ってパーシに背中を向けた。



 ――保護を打ち切るって言ったとき、リトル・スノウは笑ったんだ。出ていってもらうって言っても笑ってたよ。



 有益な能力を持つ稀人は保護対象……という名の奴隷にされる。



 ――私は警戒されている。なあ、リトル・スノウはスキルを使ったか? 巧妙で見分けが付かないんだ。あれは七色変化セブンカラーのスキルとは違うように思う。



 背を向けたまま、ジュリエは答えない。頷く事も首を振る事もしなかった。


 ――そうか、喋れないんだったな。


 犬人ワードッグは慎重で警戒心が強い。パーシの場合、奴隷商で見た猫人ワーキャットのように複耳はない。……ハーフ、或いはクォーターと思われる。



 ――リトル・スノウに喉を潰されたのか?



 そこでジュリエは立ち上がり、眠そうに目を擦りながらぼくの方に歩いてやって来た。


「……どうしたの、ジュリエ」


 ジュリエはぼくの頬を舐め、それから膝に頭を凭れ掛けて目を閉じた。


 ……残念だったね、パーシ。


 ぼくは、誰のものにもならないよ。


◇◇


 さて、ここからだ。

 ぼくの予想が正しければ、これから楽しくなる。パーシを限界まで使い倒してやる。


 ジュリエとパーシの食べ残し。岩盤に置かれ、今は虚ろな瞳で虚空を睨むボアの頭をぴしゃりと張った。


「……さて、ジュリエ。そろそろ行こうか」


 少し午睡を取らせたジュリエは、ぼくの呼び掛けに応じて立ち上がった。


「大丈夫? すっきりした? お腹は重くない?」


 頷くジュリエの装備を手伝いながら、ぼくは小さく耳打ちした。


「……ぼくから離れるな」


 少し離れたパーシに視線を向け、ジュリエはまた小さく頷いた。


「案外、岩盤が鋭い。足元に気を付けるんだ」


 魔力をけちらず、ジュリエのブーツにも耐性付与しておくべきだった。ぼくは反省を新たにし、付設した結界石を回収した。


「……コボルトに優しいね」


 パーシは唇を尖らせ、少し羨ましそうな表情でジュリエを見つめた。


 ジュリエはよくやってる。ぼくの護衛としては勿論、依頼の難度が予想より低かったのも彼女の働きによる所が大きい。


「……ダンジョンから出るよ」


 ぼくの言葉に、パーシは眉を寄せ、首を傾げた。


「午後は討伐を中心に立ち回るんしゃなかったの?」


 そのつもりだ。これから積極的にモンスターを狩って、レベリングする。ただし――


「――それは、きみの役目だ。ノエル・パーシ」


「え?」


「ジュリエはもう気付いているぞ。きみは分からないか?」


「……!」


 パーシは、ハッとして闇深い通路の奥に振り返った。


「まさか……!」


 ぼくは笑った。


「結界に穴を開けておいた。あれだけ美味しそうな匂いをさせたんだ。どうなるだろうね」


「……!」


 マントを翻し、腰を落として身構えるパーシの手元に巨大な盾が出現した。

 やはり小型のインベントリを持っていた。本来は馬上で使うカイトシールド。


「お手並み拝見」


 目を凝らすと、暗闇の中に幾つもの獰猛な瞳がちらついている。ボアやスライムだけじゃない。フッケバインやダイアウルフ。マイコニドも混じっている。


 一層にいるとされるモンスターを粗方集め、ぼくは満足だった。


◇◇


 『守護騎士』、ノエル・パーシの実力は本物だった。

 背後にぼくとジュリエを守り、カイトシールドを構えたパーシは一歩も引かない。一層のモンスターが彼女にとって脅威にならない事は察していたけど、目の前で実践されると迫力がある。


 闇を飛ぶカラスのモンスター、フッケバインを凪ぎ払い、スライムを蹴飛ばし、長剣でボアをぶった切って進むパーシの戦闘力は凄まじいの一言に尽きた。


「ジュリエ、換金できそうな物は集めるんだ……」


 戦闘が始まって三十分。既にぼくは五回目のレベルアップ酔いに頭を抱えていた。


 ちょこちょこと動き回るジュリエは、パーシが討ち漏らしたモンスターを余裕を持って仕留め、換金可能な部位、ボアのようなモンスターならそのものをバックパックに押し込んでいる。


「スノウも手伝ってよ!」


 キノコのモンスター、マイコニドを袈裟斬りにして、噴き出した胞子をマントで払いのけながらパーシが叫んだ。


「コボルト、お前は手抜きするんじゃない!!」


 ジュリエは素知らぬ体で素材を回収している。


 討伐数が三十体を超え、バックパックに満杯寸前まで素材を詰め込んだ所で、流石のパーシにも疲れが見え始めた。

 ぼくのレベルも10を超えた。

 ――目的達成。でも、レベルアップ酔いが酷くて吐きそうだ。


「第三級体力回復神法」


 パーシの身体が淡い緑の光りに包まれる。スタミナを回復させる治癒魔法。


「足りない! 足りないよリトル・スノウ!!」


 剣を振って戦う事が彼女の本分だ。余裕を残し、且つ全力で戦えるこの状況は楽しいのだろう。ぶう垂れるパーシの口元は笑みの形に綻んでいた。


「……笑いながら言っても、説得力がないね」


 レベルアップのお陰で魔力に余剰は出来たけど、ぼくは胸のムカつきが治まらない。

 戦いながら進む。

 来たときの倍近い時間をかけて撤退する。やがてギルドの保護区である事を示す松明の灯りが見えて来て、モンスターは姿を消していった。

 ダンジョンを出たとき。

 所々装備も傷付き、大汗を流すパーシは肩を揺らして疲労困憊だった。


「……やってくれたね、スノウ!」


 ぼろぼろになったパーシに比べ、ぼくとジュリエは綺麗なものだ。装備も全然傷んでない。


「むぐぐぐぐぐ……!」


 慌てて駆け付けたダンジョンの守衛の前で、パーシは地団駄を踏んで悔しがった。


「金貨一枚じゃ足りない! くそう、新しくしたばかりの剣がもう欠けてしまったじゃないか!!」


「わはははは! ばーか、ばーか!」


 悔しがるパーシを指差してぼくが笑うと、ジュリエも可笑しかったのか口元を隠して笑った。

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