最後の抱擁

マフユフミ

最後の抱擁


悪かったって。

忘れてたわけじゃないんだ。ほら、こうして花も買ってるだろ。

この薄い紫の花、前のデートでおまえが着てたワンピースの色に似てたから買ったんだ。

あとほらこれ、好きだって言ってたカスミソウ。たくさん入れてもらってるだろ。

ちゃんとおまえのこと考えてるって。


信じられない?

そりゃ遅くなったのはごめん、悪かった。

一緒に過ごそうって言ってたのにこんな時間になっちゃって。

ほんとうに悪かったって思ってるよ。

でもさっきも言ったけど、仕事だったんだよ。

急に課長が明日までに資料を作れって言いだして。

嘘じゃないよ、ほら見て。昼休みに課長から来たライン。

定食屋で生姜焼き定食食べ始めたとたんだったから、味なんかしなかったよ。


え?私の生姜焼きの方がおいしいって?

当たり前だよ、そんなの比較にならないって。

ただ今日の日替わり定食で550円だったって話。おまえの料理に勝るものなんてないよ。


だからそこから慌てて事務所に戻って、ずっとパソコンとにらめっこ。

気が付いたらもう9時前で、ギリギリ開いてた花屋でこの花を買って、飛んで帰ってきたってわけ。

どう?信じてくれた?


まだ信じられない?

こんなに愛してるのに?

お付き合い記念日に外食できなくて寂しかったの?

浮気してるんじゃないのかって?

そんなのするわけないじゃん。

おまえ一筋だっていつも言ってるだろ?


コートに金髪の髪がついてたって?

だって俺電車通勤だよ。しかもあの混雑する地下鉄だから隣との距離が近いんだよ。おまえもあの線使ってたから分かるだろ?

知らない香水の匂い?

それも同じだよ。

ほら、会社の近くに女子大あるだろ?だから若い女の人がどうしても多いんだよ。


あとは何?ライン?

既読がつかないのはだって仕事中じゃん。無理だろ?

そうじゃないって?

え、ラインを見た?

エリって女とラブラブなメッセージのやりとりをしてたって?

そんなわけないだろ?俺にはおまえだけだって。

ミサキとはデートの約束?

私と行った水族館に行こうとしてる?

そんなわけないだろ。


何言ってるんだよ。

なんで見たんだよ。人のスマホとか勝手に見るなよ。

エリもミサキもおまえも大事なんだよ。

おまえたちしかいないんだよ。

皆それぞれいい女でそれでも足りない部分をそれぞれが補って完璧な俺の女なんだよ。

浮気だなんて穢らわしいことと一緒にするなよ。

そんな汚れたものと違って、これは神聖な愛なんだよ。

分からせるしかなかったんだ。

エリも、ミサキも、そしておまえも。


キレイだなぁ。

薄紫もカスミソウの白も似合ってるけど、おまえにはこの赤が一番似合うよ。

エリもミサキも赤の中でキレイだったけど、やっぱりおまえが一番だ。

エリは騙されやすいからすぐに眠ったけど、ミサキは疑り深いからなかなか眠ってくれなかったよ。遅くなってごめんね。


キレイだよ、本当に。

分かったよ、おまえがいないとダメだって。

だからはなさないで。

何も言わずに俺の腕で眠ってればいいよ。


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