第十六話「各々の推理・考察」

 私(わたくし)は、魔法大学のとある小さな工房――実際には本棚が一つと人が二、三人作業できるほどの机があるだけ――で待機し、思案していた。

「しばらく教授の工房に籠ってるようにとのお達しだけど。私はメンバーの中では倖田に次いで二番目に問題がないと判断されたみたいだわ。このまま何もせず過ごすなんてことができる性格じゃあないですわ!

 実は、教授がさっき『記憶の部屋』へ通話しているところを聞かせてくれたけど、これは気持ち白より……なんて具合じゃなく私は犯人じゃないと信じていて、できる範囲で調べろということよね?」

 こうして工房の一室にある教授の資料などに目を通しはじめた。

「こうやって資料を眺めていても『安楽椅子探偵』って言うのかしら?とにかくそれをやるしかない」


  一.鷲宮路美

 路美は鉱石魔法担当で、今回儀式に必要な魔法石の精製に関わった。

 あくまで各鉱石は色んな特殊なものではなく一般的な加工で、ほかの魔法にも応用可能なものよ。それに細工をしていたら?私が見逃すような細工をしたか?

 いえ、精製は正しかった。何度も精製術中に確認しに行ったし、持ち込まれた魔法石が使用可能か試し打ちもしたわ。

 唯一問題があるとすれば、彼女が自分への褒美として特別に用意した宝石ね。あれに関して私は詳細を知らない。でも、あの宝石マニアがルーペを使って、また手触りで宝石を堪能している、その宝石自体を魔法に使うかしら?魔法に使った宝石は輝きを失い、使い切ると砕ける。彼女の性格的には、なさそうね。

 

  二.ミナ・バヴァ

 バヴァは図画魔法の担当で、龍と不死鳥、エルフの象徴画の床画作成をした。デザイン自体は私が決めたのを、上手く落とし込んで採寸し、床に描いてくれたわ。

 絵に問題はなかったはず。絵は私の用意した魔法陣とワンセットだし、実物の確認もした。あのムカつく捜査官が来る前に、魔法陣が失敗の原因じゃないかと疑った時、彼女は気を悪くしたけど、まあ、私がバヴァの立場でも同じ反応をしたわね。

 

  三と四.ピエレッタ&ムーチェン

 ピエレッタはムーチェンとペアで元素魔獣との契約と運用をしていたわ。実際に契約する時に用いる術式も、契約の場面もみたし、特に不審な行動はなかった。正直、普段のサボり癖はかなり癪だけれど、今回の魔法に必要な元素の確認は過不足なく行えた。

 

  五.ハロルド・ヴァルト

 ハロルドは今回雑用だったわ。魔法動物の扱いが上手いけど、儀式で使うとなると生贄に出すことになるもの。雑用で図画を染料で塗る手伝いをしたり、荷物運搬をしていた。

 

 私は各ゼミ生の行動をメモにとりながら思考を巡られた。

 その時、ペンのインクが濃すぎたせいで、机にインクが写ってしまった。焦って布巾で机のインクを吹いている時に、ふと思い至る。

「"今回"描いた魔法陣や図画になんの問題はないわ。でも、バヴァが図画を書き始める前、私やバヴァは儀式場の床をきっちり確認したかしら?」

 急いで本棚にあるロバート教授の授業録と、儀式場利用記録のコピーを取りだした。

「ここ一ヶ月で一番使用頻度が多いのはピエレッタとムーチェンだわ。元素魔獣との契約で場所を使うもの。でも私も何度か契約儀式を見ている。特に不振な点は……。いや、ある。

 召喚儀式には言語魔法が必要なの、だって、元素魔獣や他の種族との契約の意思疎通の要だもの――あの聾者の女性が出てきたあとのムカつくやりとり!誰も彼も実際にそれぞれの魔法修練にフィードバックされるというのに!とにかく、その時彼らが意思疎通をかなり嫌がったわ。ほかのメンバーも嫌がってたから隠れてたけど、ピエレッタとムーチェンの分野でそこを軽視するなんてありえないわ。それこそ、紅葉が善意に見せかけてあの収集癖で手話を覚えると言い出した時のように、視覚言語には精通してなければならない――」

 書棚から『魔獣との元素エネルギーの貸し借りに対する契約』という題の本を探し出す。目次を順に指で撫って『強奪』の章で指を止めた。


  強奪

『手を抜いて元素魔獣の契約儀式を行った場合、魔獣側を詐称して、能力を奪ってる可能性がある。

 一.無理やり奪われた能力は自動的に魔獣の元へは帰らない。

 二.契約を結ばず、魔力を手に入れる方法はいくつかある。

(中略)

 また、魔獣に対し弱点となる元素魔力と、以下にリストアップした回復魔法を阻害する毒を食事に混ぜた実験では、魔獣が衰弱していっても回復魔法が機能しなくなり、魔力を持て余した状態になる。魔力量過多の状態では魔獣は身体が魔力の圧に耐えられず崩壊していく。

 適度に魔力を奪うことと衰弱させることを交互に行うことで、魔獣から既存の方法より五倍の魔力を入手することができる。尚この行為は禁止されており、破ったものは魔獣保護法違反で懲役二十年以下の――(後略)』

 

「魔獣衰弱……ヒッポグリフ!ハロルドが飼育担当をしていた魔獣がどんどん衰弱している。以前元気な姿と衰弱した姿を両方観察したことがあったけど、あれが毒薬による人為的なものなら、奪れた魔力量は凄まじい量になるわ!

 その魔力を全部儀式場の実習で使えたとは思えない。記録書の魔法実践の一覧を確認しても『奪われた魔力量』と『使用した魔力量』が一致しない。前者の方が圧倒的に多いはず。

 それだけの魔力を放置するのは危険だわ。魔力過多を解消するなら、素晴らしい魔法によって解消しなくてはならない。

 正直、あのカップルへの妬みが入っているかもしれない。でも言語魔法を軽視するような人間なら、魔力過多に陥った状況を上手く打開する魔法を行ったと思えない。

――破棄。破棄したんだわ、聾の女性がいた世界へ!でも証拠、証拠がなければ」


      *      *


  教授による調査 再開

 

 私はルカの推理を隣の部屋から監視していた。

 彼女は物事を考える時声に出して整理するタイプで、なにかヒントが得られそうだからだ。

 正直、彼女自身が演技でやっているなんてこともありえないとは言わないが、それよりも得られる知見の方が有意義であろう。

 床の紋様を使い魔達に再度調べさせたが、確かに"消し忘れ"があった。しかし、上から書いた魔法陣やバヴァの描いたドラゴンなどで上書きされた上に、床自体が壊れてしまった。今から消し忘れられた部分の魔法陣を再現するのはかなり難儀になる。

 気になるのが、ルカは感情的にピエレッタとムーチェン側に疑いの目が向かっているが、現状ではバヴァもしくじっているという点だ。

 そして、次の取り調べ相手の鷲宮路美。持参の宝石は……彼女も相当な収集癖と宝石愛を持っているが、彼女はさらに膨大な美しい宝石のためになら、手持ちの宝石を素材にすることもあるだろう。

 ルカ、路美、バヴァ、ピエレッタ、ムーチェンは未だ容疑者であるということだ。

 また、紅葉は私の監視が入っているからおかしな行動は取らないだろうし、記録書ログとそれを解読する手法が両方あるので一番問題がないと言ったが、もう一度翻訳部分に悪意がないか確認する必要がある。

 

「うーん、ルカがなにかしたってことはないんじゃないですか?」

 推理自体は教えられなくても『まだ当事者のゼミ生の全員が百パーセント白とは言えない』という話を鷲宮路美にしていた。

 彼女曰く、ルカはありえないという。

「ひたすらルカに悪態をついていた君の意見としては驚きだがね」

「ウチは自分で自分を自己中心的だと理解しています。そしてマジクズだということも。その上で言いますが、さっさと事件は解決して欲しいんです。手元にある宝石を眺めてるだけじゃなくて、コレクションをみんな愛でたいし、ほかの宝石収集をしたいんで。

 ルカに過失はあったと思うし、『めんどーくさいことに巻き込まれた!』とうんざりはしていますが、彼女ほど"天才"であること、純真な向上心が強いこと――これはウチにとってすごくうざいことですが――を原動力にしている人は他にいませんよ、このゼミナールには。わざわざこんな騒ぎを自演する利点がない。彼女の評価を落とすだけです」

 一息入れ宝石をじっくり見るためルーペを取り出し、拡大して観察しながらまた話を続けた。

「魔法が絡む中、物理法則や物的証拠は調査できないわけではないけど、科学調査よりマジめんどいモノだとウチは考えているので、もっと動機、ミステリー小説で言えば『ホワイダニット』を重要視すべきですよ。

 その点では幸田紅葉が一番得してるよな。欲しい知識をたくさん得られてるわけだから。あいつの理詰め、周りくどさは苦手だ」

 路美はルカが感情で犯人を決めつけていることを指摘しながら、一番苦手意識を持つ紅葉に"同じように"疑いの目を向けた。

 私に一旦取り上げられ調査された宝石をまた持ち出し、手いじりしはじめた。


      *      *


 ロバート教授の伝言には、俺たちを記憶の部屋に飛ばしたあと、ハロルドとルカの事情聴取を行った事、もうすぐルカが推理をはじめそうな事が書いてあった。

『暗号化好きが先ずあるから手話に飛びついた』ねえ。

 まあ、行動のしやすさの発端はそこだけど、結局そこで動けることが大事なんじゃないかな。ハロルドの方が純粋な感じだったけど、ハロルドはあの後悪気なく『難しくてわかんないや!』って言って場を引っ掻き回すタイプだしな。

「ハロルドと言えば『ヒッポグリフが不健康で心配』と。あれだけの魔力と格の高い魔獣が不調なんて、確かに違和感があるなあ」

 こうして急ごしらえの工房で調べ物をしていると、呼び鈴がなった。辰月がなにか話をしたいようだ。

 適宜手話の語彙のメモを取りながら、会話を進める。

<仮眠をとった。ドタバタして散らかってた部分の話をまとめたい>

<わかった>

 

<あなたたちはそもそも何が目的で私を召喚したの?>

<……本来君が選ばれるはずではなかった。君が呼ばれたあとの、メンバーの諍いやゴタゴタを感じ取れていたなら、伝わるだろうけれど。

『なぜこの異世界人の儀式召喚を行ったか?』だが、この魔法を行えるという実績"自体"が上級の魔法使いである証明であるから。

 もちろん相手側に提供するものもあり、ギブアンドテイクな契約の元行われるのだ。そもそも、相手も魔法が扱えることが前提の召喚なのだが……。

 儀式召喚を行ったほかの理由は、

 一.別世界の知見を得るため。

 二-一.魔法的なお手伝いさん、助っ人が欲しいため。古い言い方では、サーヴァントだとか、従者のことだ。

 二-二.【より自分と相性のよい魔法使いを得たい、強力な部下が欲しい】となった時に、"政治的な面"を気にしてこの世界から選ぶより、異世界から選ぶ方が安全なこともあるため>

<政治抗争に巻き込まれたということ?>

<魔法を純粋に学びたくてルカっていう女性は儀式をしただろうが、その儀式を妨害した人間がいるということは……確かに、派閥争いとかも理由かもしれない。まだ確定的なことは言えないけれど>

 辰月はしばし無言で思慮に耽った。とんだ迷惑に巻き込んでしまったものだ。俺にその時間を急かす資格はない。


 しばらくして、今度は俺個人に話題が移った。

<なんであなただけが私に好意的だったの?それがあったからある程度信用して行動をともにしたけど、単純に自分の分野の知的好奇心?>

『ハロルドもわりかし好意的だったよ?』と補ったあと、質問に答えた。

<少し昔話が必要だね。

 もう亡くなってしまった友人は、病気に侵されてたのに併発して、中途難聴になった。魔法でどうにかしてあげたかったけど、どうにかする前に亡くなってしまった。

 難聴になってしばらく、合う補聴器がなかなか見つからないらしい。また失聴ではなく難聴なので『まあ気をつけて生きてくしかないですね』という対応を取られることが多かった。医師からもその態度をとられることがあるようだ。

 ただ、友人は理屈っぽくて物覚えがよかったので、『それなら手話を覚える!』と言って結構早い速度で手話を覚えていった。

 問題はここからで、友人は耳が悪化する数年前から全身にも問題が発生し、外出なども大変な状況であった。そのために、手話コミュニティなどに参加するのは厳しい。数時間前、教授とのやり取りでみせた魔法の動くイラストでのやり取りは、結局お互いが魔法を使えないと意味無いしね。

 もし使えてたとしても、手話を覚えて使えたと言っても『体調を労りながら画面移りよく』手話ができる状況ではなかった。

 また、障害認定をうけるほどの聴覚障害ではないため、手話通訳などの支援を受けれる立場でもない――他の症状などを合わせると魔法省の年金を貰うような立場なくらい大変なのだそうだが――。

 そうなると、周りに覚えてもらうということになるのが『周りの人は全然手話を覚えようとしてくれない』と嘆いた。

 彼は『手話って「自分で覚える」より「人に覚えてもらう」方が何倍も難しいんだな』と言っていた。

 俺はかなり遠方に住んでいるから、数年に一回会えるかどうかで、たまたま観光で友人宅の近くに遊びに行っていて、ふと思い立って連絡を入れて知ったんだ。その時にはかなり衰弱していた。手話がどうこう言ってられる状態でもなかったね。今話したことを俺に遠い目をしながら語って、その後しばらくして亡くなったよ>


 沈黙が続く。たぶん辰月は『ああ、こっちの世界でも結局そうなんだな』なんて思ったのかもしれない。苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


 しばらく経って、今度は辰月が身の上話をはじめた。

<私の両親は交通事故で亡くなった。聾者って遺伝でなる人がいて、その人たちでコミュニティを形成して暮らしていたりする。けど、私は両親とも健聴者の家庭で生まれた。生まれた子度が"障害者"だったからって、当初はてんわやんわだったそうだ。

 そのあと手話コミュニティに入って、なんとか言葉を覚えていったようだけど。やっぱり生活圏自体が聾者のコミュニティではない生活は不都合がたくさんあってね>

 辰月は家族写真を見せて続きを語った。

<十五の時に両親が亡くなって――今思えばもっと上手く立ち回れたのかもしれないけど――他に助けになる親族もいなくて、どんどん孤独になって言ったんだ。友人はいなかったっわけじゃないけど、一人で生きていくのに、上手く助けを求められなかった。

 なんとか一人暮らしして数年。気づいたら、こんなことに巻き込まれてる>

 辰月は苦笑いして首を振った。

 それから辰月は、召喚時の記憶がないこと、一体なぜ片目が見えていないか見当もつかないことを話した。『召喚に不具合があると、前後の記憶に一時的な混乱が出る』ということを伝えた。


 もうそろそろまた調査を再開しようとして、魔法陣や図画の下書きを引っ張り出した時、龍の絵を辰月はじっと眺めていた。

<……>

<どうしたの>

<いや、龍は私の名前のモチーフだから>

<詳しく>

<えっと……。聾のコミュニティにはこんな"伝説"があるの。

『龍が滝壺から天に登っていく時、人々は龍が地を離れることを悲しんだ。そのことを気づいてか気づかずか、龍は子供を海へ産み落とした。龍は角に伝わる波によって様々なことを知覚する。そのために耳が不要になった。要らぬ耳の部位を海に落としタツノオトシゴとした。海に落ちた耳として、聾の人々のシンボルとしてタツノオトシゴが使われるようになった』

 親はこの話に追加して『龍は月に向かったんだよ。この逸話からとって辰月と名付けたんだ』と語っていた。けれど親以外から月に向かったという伝説のヴァージョンを聞いたことがない。もしかしたら名付けの理由を聞いた時の、その場の思いつきだったのかもしれない。それでも私はこの名前が好きだな>

<……話してくれてありがとう>

<私が呼ばれたことはイレジュラーでも、イレギュラーの中から私が選ばれた理由って>

<そうだね。もしかしたら>

 ここで話を終了した。辰月は睡眠の続きを、俺は記録の再確認をはじめた。

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