第十二話「無関心と対話」

 ゼミ生や被召喚者と、現代日本の人物のリンク一覧

・幸田紅葉:ルージュ・フイユ(本名幸田紅葉)

・名雪辰月:名雪辰月

・グリーシア・ルカ・ドラゴネッティ:蒟油龍花(「コンユ・ルカ」曲芸師)

・ミナ・バーバラ・バヴァ:馬場美海(美術部、腐女子)

・鷲宮路美:鷲宮路美(司書教諭)

・ピエレッタ・グノー:ピエレッタ・グノー

・リー・ムーチェン:リー(演劇部)

・ハロルド・ヴァルト:森中晴(ジャグリング部)


      *      *


 俺は耳を指差して女性に目配せした。女性はそのことを察したのだろう。おそらく手話を用いて返答した。

 <そう/聾者/私>

 ――そう、私は聾者です

【ルージュ註:手話は便宜的に<>で囲って表す。なお、手話側の発言はこの時の紅葉……当時の俺が理解しているかを担保するものではない】

 ゼミ生は皆互いに顔を見合わした。

「召喚儀式において、言語の統一、即時翻訳の魔法ってのはそれだけでひとつの大魔法なんだ。そこをミスってるとなると、かなり影響は大きいよな。それとも視覚言語と聴覚言語じゃ相互作用しないんだっけ?」

 ルカには悪いが、状況が状況だ、俺は問題が起きたであろう箇所を指摘する。

 ルカは急いで自身の魔法計画の設計図を広げ、俺の持つ記録書をぶんどって照らし合わせた。

「設計図と記録書ログの間に差はないわ……そうなると、床の模様の中に問題が……」

 ルカは本を並べ確認をしはじめた。その間召喚された女性を放置するのも問題なので、こちらで追加調査を進めた。

「あー、もしもし、これ読める?」

 俺は女性に向かって『Πως σε λένε?(あなた 名前 何?)』と書かれた紙を見せた。

 女性は数秒考えるが、首を横に振った。

<分からない>

【<分からない>右手を脱力したように指を開いて、右肩の端を2回払う後ろ向きに払う】

 今のジェスチャー※は彼女の文化圏で"分からない"とかそこら辺の意思表示だろうか。

【※ルージュ註:手話とジェスチャーは同一ではない。しかし、現状この時この場の健聴者で、それを理解してる者はいない】

「耳が聴こえてないだけじゃなくて文章も読めてなかった。もし彼女が識字できるのに今の文字が読めてなかったとすると、やはり言語系統の魔法にどこかミスがあるね」

 ルカは目を瞑り自省の表情を浮かべながら指示を出しはじめた。

「今は原因がわかってないけど、まず何を今すべきか明確にする必要があるわね。術式のどこに問題があったか原因を究明するのと、彼女をこのままほったらかす訳にもいかないから、なんとか上手くコミュニケーションを取りたいんだけど。言語魔法の準備には一週間以上かかるわ。魔法のどこに問題があったか今現在わかってない中、闇雲に魔法を彼女にかける訳にもいかない。

 私は原因の方を探るから、幸田には彼女との意思疎通の方を頑張って指揮してくれないかしら。たぶん専攻内容的にあなたが一番適任だから。それとピエレッタ、ムーチェンには――」

「ちょっと待ってくれる?」

 バヴァがルカの指示出しを制止した。

「この召喚儀式はアンタ主導で、言語魔法域の施行もアンタがしたしー?

 大掛かりな魔法で『みんな手伝いなさい!』って要請してきて、指示書もアンタが事前に作って来たから手伝ったのヨ。失敗して、その上でウチらに実害がないのに手伝う必要があると、マジにそう言いたいの?」

 路美もバヴァに続く。

「たしかにねー。ま、召喚された彼女は気の毒だけど、私外国語苦手なのよ。彼女に私たちの言語を教えるならいいけど、わざわざ私は手話を学びはしないね。彼女と直接の関係はないし」

 ピエレッタも同意見のようだ。俺に話を投げかけた。

「幸田もさ、記録書ログで記録魔法に問題がないことは明らかなんだし、無理に対応しなくてもいいんじゃない?いや、彼女を放ったらかしにするのは良くないよ?でもそれはルカの仕事だし、私も座学で外国語の点数とるのはまあまあなんだけど実学は全然」

「うーん、例えば俺が耳聞こえなくなったって言ったら手話覚えてくれる?」

「いや、それなら魔法を」

「諸事情で魔法が機能しない、一時的ではなく長い期間そうなったとして」

「まあ、あなたとなら同じゼミ生の同僚だし、覚えてあげるわよ」

 これは『関わりなくなって数年くらい経ったら多分覚えないけど』と続くかな。そう思った俺は、会話をそこで打ち切った。

「えー、いいじゃん。僕はこういうの苦手だけどさ、困ってるみたいだから助けたいし、手話覚えてみたいねー面白そう。よろしく異世界の人!」

 ハロルドはこういうところで爽やかな返事をする。

 聾者の女性はハロルドに対して困惑した表情を浮かべた。

 ――唯一やる気見せたのはお喋りタイプの空気読めないハロルドか。どうなるかなー。

「いい子ぶるなって君たちは思うかもだけど、俺も彼女と会話したいな。それに魔法の原因解明に関して、君たちがほんとに我関せずって姿勢でいて良いかは考えものだ」

 俺はゼミ生に向けて演説した。

「何よ、それ」

 ピエレッタは納得できない様子で突っかかった。

「後学のために必要って言うんだろ。たしかに最近俺ら成績伸ばしてるけど、それは効率よく勉強と遊びをしてるからだなあ。ここで時間に追われて尻拭いするってのは違うよ」

 ムーチェンはピエレッタの援護をした。

 ルカは予想以上にゼミ生の皆が乗り気ではないことに憤りと、しかしおそらく自分のミスが招いたことによる内省で感情がぐちゃぐちゃになっているようだ。

「いや、幸田が言いたいことはそのことだけではないぞ」

 その時、儀式場の入り口から、ゼミの監督であるロバート教授が険しい表情を浮かべて入ってきた。


 

 

 教授はこういう時かなり長話になるからな。要約すると以下の三点にまとまる。

 

  一つ目

 路美、

 バヴァ、

 ハロルド、

 ピエレッタ、

 ムーチェンの担当術式が実際に「計画書」通りになされていたかはログを見ても分からない。 

  二つ目

 それが間接的に言語系の箇所に影響を与えた可能性がある。 

  三つ目

 とはいえ、今回の儀式召喚の最終責任はルカにあるのでルカ主導の元各々担当箇所の調査は必要。

 

 話を聞いて尚乗り気でなかったゼミ生たちは、文句を言いながらダラダラとルカの元に集まった。 

 教授はそっと俺に近づいてきた。

「幸田とハロルドは彼女との意思疎通の方に意欲的みたいだし、特に私が確認したところ記録魔法のログがしっかり残っている倖田はコミュニケーションの方に注力してもらった方がいいな」

 教授はゼミ生に行動に移るよう手を叩いて促し、召喚された女性に会釈した後、ゼミ生グループに加わって詳しい魔法調査に入った。


「さて、活動写真で観たドキュメンタリーで北の雪国の少数民族と交流を測った文化人類学者の初動を覚えているぞ。言語に関わる話はそこくらいだったから続きをどうすればいいか分からないが、確かこうだったな?」

 俺は紙とペンを取り出して、紙の上に軌道をしっちゃかめっちゃかにした、おおよそ渦巻き状の落書きを描いた。それを女性の前に掲げる。

 女性はしばらく困惑した後、眉をひそめ首を傾けながら、人差し指を立てて手首を左右に振った。

<何?>

「いい感じだ、さっきのジェスチャーが"分からない"だと仮定すると、今のはそれ以外の手話になる。わけの分からない物を見せたから、おそらく、"何?"だな」

 俺は鍔のついた帽子を取り出し、身振り手振りで以下の動作をした。

 一.帽子を指差す

 二.先程女性がしたように<何?>の手話をする

 彼女は行動の意図を読み取ったようで、真面目な表情になる。俺の持つ帽子を指差して、頭の上で、右手で鍔を持ち深く被るようなジェスチャーをした。

<それ(指差し)/帽子>

「いいぞ、この調子だ。とりあえずこうやって名詞を覚えていけるぞ。もう一回」

 今度は手提げ鞄を用意した。

<これ/何?>

 彼女は右手を手の甲を上にして、手を軽く握り手提げ鞄を揺らすようなジェスチャーをした。

<それ/鞄>

「順調じゃあないか?それでは……彼女を指差して<何?>と聞くのは失礼に当たらないだろうか。名前を知りたいのだが"名前"という単語をこの方法で知っていくのは大変だろうし。向こうも真剣にやってくれてるから、意図は伝わりそうな気がする」

 一度俺はその場で歩き右往左往しながら思考を巡らせたあと、再び彼女と向き合い名前を聞いてみることにした。

 彼女の顔に指差したのだが、彼女はこちらに気づいていなかった。俺は歩き回っていて、彼女から見て右側に立っていた。

 ――なにか違和感がある。彼女、右目を髪で覆っているが、おかしくないか?彼女の身体状況とファッションが合っていないような。


 バタンッ!

 もう一度今度は正面に立ち話しかけようとしていると、儀式場の入り口扉が勢いよく、乱暴に開かれた。場内にいた全員が音のする方へ顔を向けた。

 そこには「サーベルと鷹の描かれた腕章」を身につけた男性が立っていた。腰にはサーベルを携えており、腕章と同じ模様を施した帽子をかぶっていることから、魔法界政府のものだとわかる。おそらく、魔法を取り締まる管轄である魔法取締局の捜査官だろう。

「私は魔法取締局のものです。見てお分かりですね。こちらで国家を揺るがす危険人物の召喚を検知しました。召喚術者と被召喚者を処分させていただきます」

「なんだって!?」

 真っ先にロバート教授が返答する。

 突然のことでゼミ生が皆呆然としている中、捜査官は腰のサーベルを引き抜き、炎呪文を纏わせ、召喚された女性目掛けて一目散に飛びかかった。

「うわあ!!」

 俺と聾の女性の近くでやり取りを観察していたハロルドが絶叫する。ルカは俺、女性、ハロルドの三人に目掛けて『Φύσημα μακριά!(吹き飛べ)』と魔法をかけた。

 俺は女性のことを上手く抱き抱え着地できたが、ハロルドは受け身が上手くいかず派手に身体を地面に打ち付けてしまう。

「たしかにいくらかのミスがあったが、彼女に脅威は見受けられんし、ゼミの学生たちも――」

 教授が言い終わる前にまた捜査官が攻撃を仕掛ける。

「ええい、聞く耳を持たんか!こうなったら仕方ない、倖田!そのまま彼女を抱えておれ!τηλεμεταφοράς!(テレポート)地点Xへ!」

 俺は教授に魔法をかけられると、女性とともに勢いよく天井に跳ね上がった。――いや、どちらかというと『天井に落ちる』という感覚だ。その落下の僅かな間、目にはルカと教授が杖を取り出して応戦し、ほかのゼミ生が逃げ惑う姿が見えた。

 天井にぶつかる……ようでいて、今までいた儀式場とは全く違う部屋に落下した。女性を庇っての着地に今度は上手く受け身が取れず、痛みでしばらく起き上がれなかった。まもなく意識が飛んでしまった。

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