第十一話 「召喚儀式の準備・実践」
俺は現在セントラル魔法大学に在籍する四年生、幸田紅葉(コウダ・コウヨウ)である。ロバート教授とともに遠方のケンタウロス族との交流・調査を行い、その過程を記録し終えて帰路に就いた。
思いのほか順調に交流・調査が進み、予定より数日早く帰宅することができそうだ。
馬車の中でうたた寝をしていると、ロバート教授の使い魔が道端で馬車を呼び止めたようで、停車してしばらく教授と話し込んでいた。
教授は『やれやれ……』と独り言て、何やら面倒事が起きたようだった。
「ゼミナール生のルカが一刻も早く上級魔法使いになりたいようだな。一時間後に、上級魔法試験の必須科目である"異世界人召喚の儀式"を行うそうだ。確か幸田は『間に合えば参加してやる』と言っていただろう。こんなギリギリの時間に使い魔をやって、しかも私の立ち会いなしに上級魔法をやろうとは随分今回の魔法に自信ありと見るべきか、君を急かすようで焦りが見えると指摘すべきか。どうするかね。途中下車して、このまま参加してあげるのも一興だと思うが、それなら一時間ほど遅れて私も様子を見に行こう」
「えー……このまま帰りたいですよ……疲れた」
「あら、確かにこの日時に儀式魔法をすると伝え、それを了承したのはあなたよね、紅葉、約束を無下にするのかしら?」
使い魔の目が光を放ち、使い魔からルカ・ドラゴネッティの声が聞こえた。
【ルージュ註:知っての通り、龍花の写し身で、後に魔王討伐パーティに加わるあのルカだ】
「ケンタウロス族との調査とダブったら不参加って言ったろ?」
「今、帰路に就いてると教授から聞いたわ」
「休みなしで働けって!?ブラックすぎるだろ」
俺は教授に向けて精一杯のしかめっ面をした。
「来ていただければ、後日あなたの魔法の新しい術式の開発を手伝うと"約束"しますわ」
ルカは他人だけでなく自らの約束・決め事にも厳しいので、今の言葉を反故にすることはまずないだろう。今度組みたいと思っている術式は一人で作業するのは面倒くさい内容なので、多少今疲れがあるが、それでもなお儀式の手伝いをしに行く意味はあるかな。
「わかった。行くよ。でも行くからには途中参加は嫌だから到着するまで待っててくれよ」
「Τώρα ο μάγος δανείζεται τη δύναμη του δράκου και το μεγαλείο του Φοίνικα......(今、魔法使いは龍の力と不死鳥の威光を借り……)」
俺がセントラル魔法大学の儀式場棟に到着するや否や、ルカは詠唱をはじめた。
上級魔法使いの資格への課題のひとつとして、貸切で召喚魔法を試行している。
ルカが円周に立つ魔法陣を囲むようにして、俺を含む他のゼミ生四人は各々の担当作業をしたり、雑談をした。
ルカが詠唱し終わると、床に描かれた模様の一部が輝き、そこに置かれた薬草や鉱石が燃える。次に俺が前に出て、分厚く複数の言語で書かれた羊皮紙本を取り出す。追加詠唱をしながら羽ペンで魔法を「本」に記録した。
儀式場全体に広がるほどの魔法陣や象徴図画を用いて、膨大なエネルギーを使う大魔法を行う場合、二パターンの方法がある。
一.複数人で息を合わせて魔法陣を囲い詠唱をする。
二.今行っている様に魔法の記録本に一時的に魔法を記録固定し、最後の詠唱の時にその本を携え詠唱者が魔法陣の中央にたち、記録者が斜め後ろに待機して終焉詠唱を行う。
今回は二番目の方法が選ばれた。
作業風景とともに、三人のゼミ生を紹介する。
一人目:鷲宮路美
「最近ルカは熱心に異世界人との契約を結ぼうと躍起になってるけど、マジ付き合わされるウチらは辟易するよ……。結構な大魔法だから人手が必要なのはわかるけどさー」
鷲宮路美(ワシミヤ・ロミ)は愚痴をこぼしていた。彼女は鉱石・宝石魔法が専門である。
魔法に用いる鉱石を一通り確認した後、自分を労うために観賞用の宝石をルーペで眺め悦に浸っていた。彼女は他人に毒を吐くことと、自分を賛美することを同時に行える人間だ。
二人目:バヴァ
【ルージュ註:美術部馬場美海の写し身だ】
「最近ゼミ内で成績をぐんぐん伸ばしてるやつがいるじゃん。
ピエレッタ、
ムーチェン、
あと幸田、
の三人。負けたくないんだよ。な、幸田?」
バヴァがまず路美の発言に返答し、その後俺に同意を求めてきた。俺は『そうだねー』と適当に相槌を打った。
彼女は象徴図画――魔法陣に添える絵で、強力な魔力を持つエルフや不死鳥、ドラゴンを行う魔法に合わせて描写する――の担当で、既に作業を終え手持ち無沙汰なのだろう。
このゼミでは路美、バヴァの二人がよく『ゼミ全体の気持ちを代弁してやってる』という風に世間話をして、周りの人が賛成・反対し合っているのが日常風景だ。
三人目:ハロルド・ヴァルト
【ルージュ註:ジャグリング部森中晴の写し身だ】
「ピエレッタとムーチェンは授業中でもイチャイチャしやがってな。共に『元素魔法』『元素生物の契約・連携』が上手くて教授からも一目置かれてるし。記録魔法は幸田が得意だろ」
友人のハロルド(愛称ハル)・ヴァルトが話しかけてきた。記録魔法の最中は集中したいのだが、意地悪に妨害してくる。さっき彼が魔法動物の飼育の際、動物に影響があるからと我慢していた発酵食品を本人の前で美味しそうに食べてやったことの仕返しだろう。顔を見ればわかる。
一通り作業が終わったあと、路美が肩を組んできて小言を垂れた。
「ルカ、マジ負けず嫌いだからねー。ガチに大魔法に挑むのはいいけど、休日返上してるウチの身にもなって欲しいしー」
「そーいうのは本人に言え。本人に」
詠唱の記録を終え本を閉じたあと、路美に呆れ顔を向けてルカの元に引っ張って行った。ハロルドもついでにルカの元に引きずった。
「働いて貰ってる分そっちの課題手伝うって言ってるでしょ。それとも今後はやる気を出して助け舟なしで頑張る?」
ルカはため息混じりに返した。
「いやいや、まさか!ありがたく甘い汁を啜らせて貰うよ!」
ハロルドは大袈裟に手を振って、自分の分担である儀式場の安全管理に戻っていった。
雑談をしていると、この召喚儀式作業の残りのメンバーであるピエレッタとムーチェン(沐陳)の二人も儀式場にやってきた。
【ルージュ註:リー・ムーチェン、演劇部部長リーの写し身だ】
こうやって二人揃って、少し遅れて来るのは最近では常態化していて、いちいちツッコミを入れる人はいない。ハロルドの言うように二人は付き合っていて、多少授業や実習に遅れても二人の世界に入り込んでいたいのだ。
「いやー遅れちゃって。元素魔法に必要な材料が中々見つからなくてね」
二人とも元素魔法という分野の担当である。各元素――火とか水とか――の一つの特性に特化した元素魔獣というのがこの世界にはたくさんおり、その魔獣と契約を交わし、元素の力を一時的に讓渡してもらう。
本来ならもう少し前段階の準備から元素魔法担当は作業するのが通例だが、俺が記録魔法を駆使するため多少前後しても問題ないのを知っているのだろう。
俺相手に限らず、最近この二人は他のゼミ生に対しても扱いが雑になっていた。成績を一番飛躍的に伸ばしているから、調子に乗っている。
実はハロルドと話し合い、魔法動物を使って灸をすえられないか密かに画策している。
昔は人一人生贄に捧げて行われた異世界人召喚の儀式だが、現在は禁止されているし、ゼミ生たちもそのようなことは求めていない。
代わりに用いるのはこの世の全てを構成すると言われる『四元素』である。
水、
火、
土、
風。
この四元素を元素魔獣と契約して素材、かつエネルギーとして魔法陣の各位置に配置し、膨大な魔力を持つ龍や不死鳥の象徴を描き、様々な薬草や鉱石を用いて召喚儀式を行う。
ルカは一旦手と口を止め、魔法陣全体を確認する。
「さて、記録魔法は今のでラストね。各元素はこっちに……よし、術式も召喚図画もOK、いよいよ異世界人召喚の本詠唱をはじめるわ」
今まで雑談していたゼミ生たちも口を閉じ、真剣な面持ちでルカを注視する。ルカは杖の先端のルビーの宝石を円陣中央に掲げながら詠唱した。
「今、契約の元に、この魔法世界へ現れよ」
円陣の模様の線に沿うように各元素が流れ出し、眩い光を放ち、火が燃え上がった。水は噴水のごとく吹き上げ、砂が一面に広がり、そこから草木が勢いよくドーム状に覆われ、だんだんと地中深くに沈んでゆく。
草木が覆っていた円陣の中心部に、一人の女性が眼を閉じて佇んでいた。
――やった、成功だわ!
ルカはきっと心中でこう歓喜をあげただろう。今回は場の空気を読んで心に留めているが。
他のゼミ生も皆心の中で歓喜の声をあげたり驚愕したりしていただろうが、一人としてそれをほとんど表情には出さなかった。召喚された者と意思疎通を図り、契約が無事相違なく交わされ、相手に敵意がないか確認しなければならない。
「コホン。では、召喚に応じて頂いた淑女よ。名を告げていただけるかしら?」
「……」
召喚された女性は目を瞑ったままである。
「あの、聞いていますか?」
「……」
「……無視しないでいただけますか」
ルカの顔には露骨に冷や汗をかき焦りの顔が見えた。周りのゼミ生も互いに顔を見合わせ、不安な面持ちでいる。
「あの!」
ダンッと強く足を一歩踏み出し、手を女性の肩へ伸ばす。女性は急に驚いて目を明け、当たりを見回し、怯える様に肩を竦ませ後ずさりした。
ルカは相手に伸ばした手の行き場を失い、迷いながらゆっくり下ろした。
少しシンとした間の後、路美が切り出した。
「あー、誠に言いずらいんけど、失敗したんじゃなーい?しかも、召喚そのものの失敗でも『小動物がなぜか出てきた!』とかでもなく、一女子が状況を全く把握していない状態で異世界に連れて来させられたというカンジ」
「全然言いずらそうにしてないわね!」
路美の言葉になんとか返答したが、ルカの顔は蒼白だ。"失敗"の文字が頭を渦巻いているだろう。
俺はその状況を観察していたが、先程のやり取りや、召喚された女性を観てあることに気がついた。
「もしかして、耳が聴こえてないんじゃない。その女性」
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