第十話「龍の落とし子」
朝、目が覚める。
帰宅後の記憶がほとんどない。魔王と衝突し、過去をキューブに見せられた後、呆然としてそこから動けなかった。
そこまでしか覚えていなくて、今、布団から目覚めた。
「ちょっと、寝坊だよ!」
親が声をかけてきたが、俺の顔色が悪かったのだろう。すぐに体温計とお湯などが容易され、一日休むよう対処された。ここで外出を強要される家でなくて良かったと思う。本当に。
次に目が覚めたのは、もう夕方になってからだった。幾分か動けるようになったので、身体を持ち上げてリビングに向かった。
親は仕事で外出していた。子供の頃は鍵っ子だったっけ。身嗜みを整え、軽く食事をとり、歯磨き手洗いをして、玄関を出る。
特に目的の目処は立っていなかったが、家でじっとはしていられなかった。扉を明け外に出るとすぐ、家の前の通りで、ルージュがじっと壁に背を預けて俺が出てくるのを待っていた。
「魔王オーガスタは、最初は自己の認識すらままならない中、鷲宮の憎しみが真っ先に表出してね」
新幹線の自由席に座り、鷲宮の故郷であるH市に向かう中、ルージュは車窓から外を眺めながら語りはじめた。
「生前鷲宮が叶えられなかった『復讐』をして、それが成功したため魔王となった。しかし、元となった"彼"は『援助を得て一般人になること』を求めていた魂である。援助が得られずとも、自分が独り立ちできるように病と戦い続けていた」
昨日、キューブが見せた"記憶"を振り返る。
「彼、鷲宮は直接の言葉によるコミュニケーションの虚しさを感じ、だんだん芸術、文芸に傾倒していった。コミュニケーション不良のため、普通の会話より心の内を開かせたり、文芸が人との繋がりを感じる手段になっていたのだ。しかし結局それも上手くいかなかった」
自分が根暗だったり、胸糞な作品を鑑賞したことを思い出しながら聞いていた。『この暗さがサイコー!』なんてレビューをよく見かけた。
「そういった創作物は『"まれに"言葉より強い力を持つ』程度のものだ。それ以上の期待をしても、裏切られるだけさ。彼は勝手に期待して、勝手に裏切られた」
ルージュは『そもそもクリエイターは身体が資本なんだから、そんな状態じゃ妥協に妥協を重ねたものしかできないんだけどね』と付け加えた。
「オーガスタは人をどんどん殺していって、魔法使いを雇っていた政府ごと壊してしまってからしばらく経った頃、この芸術を交えた人間の叙情にもう一度触れたいという考えが湧き上がった。そんな彼女の前に『鷲宮と同じ異世界から転生してきた吟遊詩人』が現れた。
『その吟遊詩人に二回目(異世界生活を含めれば三回目)の人生を渡し、どのような人生を歩むか観察したかった』
オーガスタは俺にそう話したよ。君たちが城に到着したあたりでね」
「……貴方は、どうしてオーガスタと友人になったんです?妹のカエデは勇者として討伐メンバーに加わったのに」
「詳細はきっと、後でまたわかるけど――今言えることはね、この世界と向こうの異世界はある意味並行しているところがあって、同じ魂の写し身がいるだろ」
ルージュは顔を下に向け自身の手をじっと見たあと、言葉を続けた。
「向こうの世界の鷲宮と俺は友人だった。俺は友人の声を聞き流して死なせた。友人の魂の(写し身だが)一部が魔王に入っていることに気づいて、色々調べたんだ。それで、気づいたらお互い友人同士になってた。ただそれだけだね」
H市に入り、目的の駅につく。納骨堂などに向かうのかと思ったが、どうやら違うようだった。
途中、聾学校 (ろうがっこう)を通り過ぎた。
「――名雪辰月とオーガスタの関係は?」
「直接の関わりはない。というよりオーガスタは『君と同じように辰月とも交流・観察したがっていた』という方が正しいかな。君はタツキの生い立ちや人生にさほども興味は持っていなかっただろうが、オーガスタは深く調べていた。
単純に辰月を巻き込んで時間逆行できなかったのもあるが、そもそも辰月の人生を思うと、時間逆行させたくなかったようだ。魔王なりに、逆行させた方が"不幸だ"と思ったのだろう」
タクシーを捕まえ郊外へ、そしてだんだんと自然が増えていく中、森の方へ進んで行った。
廃墟に到着した。一部燃え落ちたような後が残っている。
「四月の弓道場で見た、タツキが炎に包まれていた場所」
「そして、この日本での人生が終わったところ」
二人並んで廃墟を見ていると、後ろから人影が近づいてきた。魔王はルージュと俺の間に割って入って、キューブを取り出した。
「適宜補足を頼むよ、"紅葉"」
キューブが光り、廃墟一体を包み込んだ。
* *
私、名雪辰月(ナユキ・タツキ)は聾者(ろうしゃ)である。
聾者というのは『生まれつき耳の聞こえない人』のことである。よく難聴や失聴と混同されがちだが、それぞれ違う。辰月という名前の由来は、私が聾者という『アイデンティティ』を持っていることから名付けられた。
聾のコミュニティには、ある"伝説"がある。
――もっとも、ある程度物心できた時にネット検索して調べても上手く文献を見つけられなかったので、どこまでこの伝説が民族学的に遡れるかなど知るよしもないが。
とにかく、こんな話がある。
『龍が滝壺から天に登っていく時、人々は龍が地を離れることを悲しんだ。そのことを気づいてか気づかずか、龍は子供を海へ産み落とした。
龍は角に伝わる波によって様々なことを知覚する。そのために耳が不要になった。要らぬ耳の部位を海に落とし<タツノオトシゴ>とした。<海に落ちた耳>として聾の人々のシンボルとしてタツノオトシゴが使われるようになった』
親はこの話に追加して『龍は月に向かったんだよ。この逸話からとって<辰月>と名付けたんだ』と語った。
しかし、親以外から月に向かったという伝説のヴァージョンを聞いたことがない。もしかしたら名付けの理由を聞いた時の、その場の思いつきだったのかもしれない。それでも私はこの名前が好きだ。
手話名としては、
・右手で龍の髭をなぞるように人差し指を立てて鼻下あたりからニョロっと龍の"~"の形を描く。
・左手で親指と人差し指で三日月の外周(人差し指)と内周(親指)を描く。
私の自己紹介はこんな感じ。
『異世界転移・転生』という物語のジャンルが私の生まれた国では人気だったけれど、まさか自分がこの異世界に転移させられるとは思ってもみなかった。
一体どういった経緯で飛ばされたのだろうか。朧気な記憶を遡ってみる。
十五歳の時に両親が交通事故で亡くなって、家で一人暮しをして三年が経った。耳が聞こえないながらも一人暮しにそれなりに適応していたが、時折憂鬱な気分に襲われていた。
その日も気分は落ち込んでいて、何をするでもなく夜更かしをしていた。半分意識が混濁し、夢を断片的に視ながら微睡んでいるとき、突然叫び声が"見えた"。
――聾者だからね、言葉は見るか触覚・動作で感じるもの。
なぜ一人でいる中、誰とも分からない、人影の意識などもないのに叫び声を感じたのかは分からない。
ただ、並々ならぬ危険信号なども感じた私は自室から出ると、火事に見舞われていることがわかった。特に料理などはしていないし、火を使う作業など数日間一度もしていなかった。
『逃げねば』と感じてとっさに動いた。しかし、近くの食器棚が私に降り注いだのだった。
気がつけば、私は怪我ひとつなく、――というと語弊がある。
身体のある箇所以外の怪我はなく、召喚陣らしき床の紋様の中央に立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます