第九話 「魔王オーガスタ/指揮者マオ」

 八月二十五日、午前中。

 吹奏楽部の練習に顔を出した。『曲芸師の師弟』の戯曲版に、曲の挿入ポイントと、どのような音楽が欲しいか記載したので、それの進行状況の確認が必要だからだ。

 数日前、吹部の演奏箇所を伝えた際、魔王はパブリックドメインと過去の吹部の演奏録から引用して、数箇所オリジナルの作編曲をして演奏すると言った。

「あ」

 音楽室に入るや否や、魔王は俺を見つけると、グランドハープの前に引っ張った。

「何?」

「私が編曲した感じだと、ハープ担当がもう一人欲しかったんだよ!」

 魔王はキャラを作って快活に答える。

「グランドハープ、演奏したことないけど」

「ピック弾きでいいから、ね」

「……まあいいか」

 吹奏楽部には、コントラバスが四席、チェロが六席あった。

 コンクールではチェロの席は禁止であり、コントラバスもここまで多いことは無いが、コンサートホールでの演奏等ではこの形式もよく見受けられる。欧州がメインであった気がする。

「コントラバスとチューバの特性無視した指導を今まで受けてたみたいでね。修正するの骨が折れそうだったから、弦楽部から引っ張ってきた。ついでにチェロも追加するとレパートリーやストリングス感増やせるからね。弦隊は『ぬるま湯(弦楽部)からちょうど良い緊張感が出て嬉しい』ってタイプの人達ね」

「それって、弦楽部がより弱ったんじゃ」

「もちろん」

「……」


 約一時間半の練習が終わった。

 ――なかなか上出来じゃないか?これなら劇の合同練習に間に合いそうだ。


 午後からは楓とVRゲームの約束があったので、他の部員より早く練習を抜け出すことになった。


      *      *      


 午後、楓と(途中からピエレッタが合流して)VRゲームをした。

 その時出会った木村拓海と、ルージュフイユの発言に妙な違和感を覚えた俺は、吹奏楽部に戻っていった。

 ――タツキは、異世界転生者である。

 ――俺と同じように。

 だから、おそらくタツキがいるはずだった立ち位置に、拓海という俺の知らない聾者が入っていた。この推論を『魔王に確かめろ』という"警告"が、頭の中に鳴り響いていた。

 

 吹部のドアに手をかけた時、ドアの窓から緑色の光が漏れた。

 魔王は、先程俺が使っていたハープにキューブをかざし、魔力をそこから吸収しているように見えた。

「オーガスタス!」

 叫んで吹部の教室に入り詰め寄ると、数秒目を見開いてこちらを見つめた後、無表情を取り繕って応えた。

「なんだ」

「こっちの台詞だ。何が目的だ」

 魔王は目を伏して横に流すと、冷たい表情を作って(少なくとも俺には"作った"ように見えた)、ため息をついた。

「自分で考えてみて欲しい。明日、また会おう」

 そう言って、俺の制止も効かずに部室から出ていった。


 翌朝、昨日のことを何度も反省しながら登校した。まず出だしに『何が目的だ』なんて聞くのではなく、タツキのことを落ち着いて聞くべきだった。あんな剣幕で詰め寄っても求める返答など得られないと言うのに――。

 教室に一番乗りに入った。入った気でいた。

「おはよう」

「おはよ……うわ!」

「なんだい朝から騒がしい」

「魔王か……」

「緊急の用事がないのなら、今日の放課後、部活終わりに音楽室に来て欲しい。これ、目を通してくれ」

 渡された書類には、びっしりと音符が並んでいた。

『ヴァイオリン協奏曲 (手書きのメモで)劇とは関係がない、私的な曲』

 十数分後、登校してきた楓にもその楽譜を渡していた。



 

 文芸部で秋号の編集作業を終えた後、俺と楓は音楽室に向かった。音楽室には、

 ・ヴァイオリンを持つ魔王、

 ・吹部数名(打楽器、ピアノ含む)、

 ・弦楽部のうち俺と魔王の演奏に好意的だった数名、

 がすでに集まっていた。

 

「楓には純粋な鑑賞者として聴いていて欲しいかなって」

 一発でオーケストラ合わせさせるつもりか?と思ったが、はじめは一人一人に担当楽器を弾かせて、三十分後に合奏の形に持っていった。約六分の曲である。


「……どうだった?」

「ちょっとよくわからないな」

 率直な意見を言うほかない。

「まるで二日酔いのまま来たテーマパークだ」

 俺は一応の喩えを追加した。

「正直、不気味だったかな」

 楓もそれに追従した。

「不気味な曲、マオ好きなんだ?なんか、ゼンエー(前衛)って感じ」

 この状況を喩えるなら――カラオケでマイクを渡され『私変な曲ばっかり聴くから』と遠慮すると『みんなオタクでアニソンとか歌うから大丈夫だよー』と言われて、それならと曲を入れたら、想定の数段超えた変でマイナー、アバンギャルドな曲が出てきて場に微妙な空気が流れる。そんな状態。

 

「そっか、じゃあ今日は解散!」

 貼り付けた笑顔で魔王は道具を片付け、さっさと音楽室から出ていった。足音が普段よりほんの少しズカズカとしていて、すれ違い様に、唇を噛んでるのが見えた。


 

 

 帰路に付き、自宅のある路地に入ったところ、先程みた人影がそこに立っていた。

「魔王……」

「その魔道具、ライアーボウ、返して貰おうか」

「返す?元々異世界で俺が手に入れたものだが」

 魔王を観察したが、顔は下を向き髪が目にかかっていて上手く表情が読めない。魔王は片手にキューブをもち、正面に突き出した。すると、まずキューブが、次にライアーボウが同じ色、同じ紋様を浮かべて光出した。

「それはそもそも我のもので、良い演奏家に巡り会えることを願って異界の魔道具流通に流した。確かに君はいい演奏家だったが……。ただの我のわがままだ。それでも、君とは"無理だな"と思った」

 ゆっくり一歩一歩魔王が近づいてくる。すると、魔王の後ろに人影が現れた。"あの時"とは立場が逆だ。魔王の後ろにルージュが立っていた。

「まだその判断はすべきではない」

「……ルージュは、我のためを思って言ってくれている。とてもありがたい。でも、彼とも、楓とも"通じあえなかった"。虚しさが残るだけだ。お前がいてくれるなら、我は――」

「相羽!やめろ!」

 ルージュの叫び声で振り返っていた魔王が正面に向き直る。俺は、魔王に矢の標準を合わせた。

 現代の世界では魔力はなくて魔法は使えないはず。それでもできる気がして、弓を引いた。想像通りに、そこに魔力の矢が現れた。最大まで弓を引いて、手を離す。

 魔王は、正面にキューブを突き出し、一直線に矢の先端目掛けて突進した。そうして矢とキューブがぶつかった時、あたり一面が光に包まれた。


      *      *


フィンア帝国 魔王側近就任初日

筆:ルージュ・フイユ


 培養液に入れられた生命体を"フラスコの中の小人"に準えて『ホムンクルス』と呼んだ。魔法使いたちは実験場で、ホムンクルスの精神と肉体の耐性実験を行っていた。

 いつから、彼ら達は自らの行っていることを醜悪と気づかず"魔術の進歩"と洗脳して行動していたのだろうか。

 いくつかの「人間の魂、遺恨、怨念、記憶・経験etc」そういったものを混ぜてホムンクルスを作っていった。

 

 自分たちの世界で見捨てられた者たち。異世界で絶望して死んで行った者たちを転生させ、すぐに殺して釜にくべた。



  

追記:日本 二〇XX年九月X日


 鷲宮路美は数年振りに帰省をしていた。

 従兄弟が病に侵され、長年治らず、発狂して放浪、道端で亡くなっていたことは知っていた。

 しかし、従兄弟との関わりは子供の頃、祖父母の里帰りに年一回会うか合わないかであったし、祖父が亡くなった後の法事では、三回忌以降病気が悪化して来れなくなっていった。特に連絡先の交換などはしていなかったし、祖父母の家に集まってもほとんど自分の両親や姉妹と喋るだけだったので、従兄弟が死んだと知ってもそこまでの喪失感はなかった。

 いつ頃かの帰省でまだ生きていた彼の状況を聞いた。

 彼が耳も目も口も後天的に病気に併発して悪化させていたが、やぶ医者にぶつかったとかで医療エビデンスに空白期間ができてしまい、上手く医療機関の連携が取れなくなってしまった。

 やぶ医者と彼の親が職場の取引先の客の一人という理由で、面倒に巻き込まれたくないと、親はやぶ医者の肩を持った。

 目や耳や口に問題が起きても、"一つ一つ"の症状だけ見ると、障害として認められた難聴者や咀嚼嚥下の障害、視覚の障害を認定される人よりは症状が軽く、公的支援が受けられない状況にあった。

 二〇二〇年の流行り病が被さり、友人との交流も潰えて、医療ミスが重なった。SNSで繋がっていた“気でいた”元現実での友であったフォロワーとの関係は、希薄していた。

 ――友情は希薄する。

 彼は最期の方には人間に多大な恨みを抱えていた。しかし、現実世界の人間を大量殺戮したところで『無敵の人』と呼ばれ、自分の苦痛の本質が消え失せてしまうことにまた絶望した。

 彼には二つの道の選択しかなかった。

 一.人間を恨みながら失意中自殺する。

 二.なんとか自力で『本来なら周りの援助が必要な状態なのに』得られない中、自力で健康を取り戻し、なんとか這い上がる。

 彼は結局、自殺もせず、しかし援助もえられず、ただ身体と脳が壊れて行き、死んだ。

 

 従兄弟が死んだと聞いた時、鷲宮路美の頭の片隅に「ピエレッタ・グノー」や「木村拓海」のことがほんの少し浮かんだが、すぐに消えていった。

 もし従兄弟が死ぬ前に文芸部の生徒たちの経験を得て、その上で彼の病状が路美の耳に入っていたとしたら、彼女の人生になにか変化を与えただろうか。従兄弟に何かしらのアクションをしようと思っただろうか。

 ――きっと、何も変わらなかっただろう。

 たとえ相手側にどう言った事情があるにせよ、連絡が無くなれば関係は希薄していくのだ。直接合わなくなって二年、流行り病で社会全体が身動き取りずらかった二年、その後数年。

 

 従兄弟が友人たちともほとんど会えず、耳、目、口のどれも壊れ意思疎通ができず、孤独になっていく様を、彼女は共感できない。「理解」と「共感」と「同情」をわけて色々哲学者は議論したりするけれども、彼女は一ミリばかりの「可哀想」を持つだけであろう。


 


 魔法使いたちは、死に際の鷲宮の絶望を"興味深い"と思った。

 死ぬ間際に転生させて、肉体を死なない程度に維持させながら使える材料を切っていって、ホムンクルスの釜にくべた。

 上手く溶け合ったのを認めると、鷲宮の方は臓物のむきだしたままゴミ箱に捨てた。その後の所在は分からない。


 ホムンクルスが釜から這い出て、動き出した時、魔法使いたちは歓声をあげた。フラスコの小人がその時どう行動するか、彼らは考えなかったのだろうか?いや、その行動全てが"興味深さ"だったのだろう。

 

 数分後、そこに小人以外に息のある生物はなく、皆肉塊となって床に散らばっていた。


      *      *


 どれくらい時間が経ったのだろう。自宅の前の通りで、俺と魔王、ルージュは立ち尽くしていた。

 

 狼狽した様子の魔王は、深く項垂れた。異世界でも、この日本に戻ってきてからも、ここまで弱々しい姿を見ることなどなかった。

「ルージュ……肩を貸して。今日はもう、何もしたくない」

 ルージュは俺の方をしばらく見つめた後、魔王を抱えて、姿くらましを使った。

 俺は自宅に入れず、その場から一歩も動けなかった。

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