第八話「側近ルージュフイユ/兄・幸田紅葉」

 龍花の執筆した回顧録を読み、木村拓海(キムラ・タクミ)という人物に興味を持っていたところ、龍花が『彼女は最近VRでモンスターを狩りするゲームにハマっていたような』と教えてくれた。

 八月二十五日、楓がゲーム実況としてそのゲームに興味を抱いていたので、パーティを組んでハントに出かけることになった。

 

「おいおい、VRだとモンスターの大きさがダイレクトにわかるが、五十メートル級はさすがに怖すぎないか!?大怪獣だぞ!」

 初心者二人組の楓(今はvtuberモミジ)と俺は、どうやらストーリーラインとは違う上級者マップに迷い込んでしまったようで、空を"泳ぐ"超巨大なクジラ型のモンスターに遭遇してしまった。


「モミジ、アイバ!このゲームはじめたんだってね。このピエレッタが助太刀しよう!」

 左手に銃を、右手に剣を持ち、快活に登場したピエレッタによって、数秒間怪獣をフリーズさせることに成功し、なんとかマップから脱出することができた。

「息切れしてるね。もしかして現実世界で『特殊ブーツ』と『室内ランナーグラウンド』揃えてる?アレ大変そうだよね。数分ならともかく、三十分超えると腰に悪そう」

「ちょうど後悔してるところだよ。今度はペダル式にして、VR上でも乗り物に乗っての移動にするよ」

 楓とピエレッタの会話を少し後ろで眺めた。現実世界で車椅子生活のピエレッタがVRで(表面上は)自由に動かしている両足をみて、異世界でのある出来事を思い出した。

 

      *      *


 これは俺が異世界に来て二年くらいたった頃の話である(俺視点の年表では三年前のことだ)。


 騎士カエデと、槍使いのタツキに囲まれて、『分身の術』を布教されていた。

 詠唱を教わり、二人目の俺の虚像が出現するが、動きも全くトレースしてしまって、タツキとカエデに笑われてしまった。

「おもろ!グループダンスの一人発表ならまあいいんだろうけどね」

「シングルタスクの俺にはきついよ」

「まずは手が増えるイメージだよ!ほら、大きい重いものを持って電気の消えてる部屋に入った時、もう一本手があってスイッチを押せたらなあって思うでしょ。こういう時、実際に荷物を持つという行為をしてる2本の腕と、架空のもう一本、両方の動作を自分で動かしてるの想像出来るでしょ」

 そう言われて、なんとか分身の片腕を動かした。俺自体は棒立ちだ。

「なんかかくかくだなー。タツキ、アレ見せて」

 ろう者(耳が聞こえない人)であるタツキは、手で印を結び分身すると、手話でカエデと俺に別々の話題を話しかけた。翻訳魔法で音声翻訳された。

「手話は、かなり多くの語彙が片手で表現出来るから。私は特技として、二人にそれぞれ別々の会話を同時にするってことをしてたんだよね。それで、腕が四本になった時のイメージもしやすい」

「おお……」

「アイバ、弓使いで吟遊詩人だから、分身して矢を射るのと楽器演奏の二つ同時に出来たらめっちゃすごいじゃん!」

 試しにやってみたが、矢は全く別方向に飛んでいき、彫像を掠めた。近くにいた彫刻師のトールに怒られてしまった。

 また、演奏はグダグダで強化魔法のはずが弱体化魔法になってしまった。

「ま、まあ味方がいなくて敵に聴かせるならいいけど」

 カエデはなんとか慰めの言葉を絞り出した。

 音楽の影響をそもそも受けないタツキは呆れ顔で見てくるばかりだ。

「わたしにとってはダンスの方が伝わるからね。今からダンサーに転向しない?」

「あのな、人間には得意不得意があるんだよ。それにこの『ライアーボウ』は、矢を射るのと音を奏でるのを瞬時に切り替えられるようにできてるんだ。下手に分身してモタモタするよりこの武器の精度をあげた方がよっぽどいいんだよ」

 カエデは『そっか、悪かったね』と言ってパーティメンバーの魔法使いの元に移動していった。

「タツキ、まだなにか?」

「いやー、分身魔法と言えば私の友人でカエデの兄の『コーヨー』がめっちゃ上手くてね。音声言語と視覚言語で一人二役で演劇やったり、面白いやつだよ。コーヨー、教えるの上手いから連れて来たかった」

「ああ、カエデも寂しがってたな。今は探検家をやっていて、色んな国回ってるんでしょ。会ってみたかったな」


      *      *


「相羽、私の狩人衣装気に入った?」

「あ、ああ、いい感じ」

 ピエレッタに話しかけられて目の前のゲームに意識を戻した。

「怪獣に驚愕して、本来ハント予定のモンスター見失っちゃったなー。あ、あそこに二人組がいる。話しかけてみよう」

 楓は走って二人組に向かっていく。どうやらその女性二人組はかなりオーバージェスチャーで会話をしているようだ。遠くからでもわかる。

 少し近付いて、ジェスチャーではないことに気がついた。あれは、手話だ。

 楓は少し戸惑ったが、それでも声を発して声をかけた。

「ああ、こんにちは」

 一人は普通に我々に気づいて挨拶した。

「どうも、このモンスターなんですけど、近くで見ませんでしたか?」

 カタログを出してピエレッタは二人にモンスターの出処を聞いた。すると、手話を話していた、おそらく声は発せないであろう人物が手話で返答した。

「ああ、『このモンスターは出没時間が夕方以降に決まっている。さらにパーティが四人以上でないとまず倒すのは無理』だそうだ」

「ありがとうございます。その、良ければ一緒にハントしませんか?」

 ピエレッタが誘うが、手話者と通訳をしてくれている人物は少し気まずそうにしていた。

「うーん、やっぱり手話だとハントの意思疎通不安とか?気にしないでいいのにー」

 『なにか身体状況が不味くなったらすぐ落ちるよ、カバーよろしく』と言ってるピエレッタだからこその言葉かな。

「いや、手話が、じゃあないんです。まさかここでvtuberモミジと会うことになるなんて」

「あ、私のファン!ありがとー。じゃあみんなで自己紹介しようか」

「私はルージュ・フイユです。彼女は『私は木村拓海と言います』だそうです。楓さんよろしくと……あ!」

「な、なんで私の本名を」


 急に場の空気が不穏になった。楓は何故か相手が本名を知っているということに、そして俺は――。

「お前、ルージュ。一体何が目的だ?その女性、もしかして『タツミ』か?それとも、一人二役で俺たちを騙そうとしているのか!?」

 異世界での『一人二役』の方法を思い出していた。あれは、考えて見ればVRで再現可能だ。

「ちょっと待った。楓の方に不審がられるのはわかる。でもその誤解は今から解ける!"俺"はかなり恥ずいけど。そしてそちらのアーチャーが言っていることには全く身に覚えがない。一人二役だって?」

 彼女はカメラ操作をして、アバターの隣にモニターを出現させた。そして、VRゴーグルを被る自分の生身を映し、ゴーグルを外した。

「『あー』、ボイスチェンジャーも外れたかな」

「お、お兄!」

 オニイ。もしや、兄。

「ルージュ・フイユ。フランス語で『赤い葉』

 そちらのカエデの友人の御二方、幸田楓の兄の紅葉 (こうよう)です」

 こうよう。楓の兄。たしか、異世界でのカエデの兄の名前は『コーヨー』であった。

「カエデとばったり出くわすだなんて思ってなかったんだ。後で『バーチャル美少女受肉』を笑うのは受け付けるから、そちらの弓使いの方の怖い剣幕を解消させてくれ。

 俺の対応も落ち度が無いわけじゃあないが、ちょっと失礼じゃあないか?特に一人二役なんて言い出すなんて」

 『タクミ』と呼ばれたろう者の女性もPCカメラを起動して素顔を見せる。彼女は生身も女性で、実在した。そして、異世界の一文字違いの『タツミ』とは似ても似つかない。写し身ではなかった。別人だ。

「あ……いや、ごめんなさい!僕の個人的な知り合いにも『ルージュ・フイユ』ってやつがいるんです!てっきりその人が悪さしてるのかと」

「同姓同名のハンネ?結構個性的だと思ってたけど」

 微妙な空気が、今度は俺に向けて流れた。

 不味い。

 そんな中、ある人物がこのサーバーにログインしてきた。はじめから素顔を晒していた。

「サーバー外から観戦していたら、自分と同じ名前の人がいて驚いています。顔も似ているだなんて。ルージュ・フイユです」

 二人の"ルージュ"が対面した。

「あ、ええ、ほんとだ!お兄と瓜二つ」

「実はお兄さん、双子だったとか?」

 カエデとピエレッタが驚きの表情をみせた。

 魔王の側近のルージュは、適当に理由を見繕って最近俺と“気まずい関係“だったと言って、俺の態度を許して欲しいと言った。

手話組の二人は許してくれたが、紅葉はふらついて転んでしまった。

「お兄、大丈夫!?」

「ちょっと目眩が、VR酔いかな……」


 カエデは一人暮らししている兄の体調を見舞いに行くというので、このハント会はお開きということになった。


      *      *


 翌日。

「あの後兄の体調はすぐ良くなったから、バ美肉(バーチャル美少女受肉)していたことをいじり倒して来たよ!」

 続けて、今後vtuber活動にバ美肉した兄も参加することが発表された。


      *      *


「……どういうことなんだ?向こうの世界のカエデとも、兄妹なのか?」

 モミジ(楓)の兄の紅葉が"VR酔い"で離脱した後、俺はゲーム内通話をルージュに繋げて詰め寄った。

「困ったな。今は魔王もいないし、どこまで話していいか」

「裏切ったのか」

「いいや。カエデは俺が今魔王の側近であることも知らないだろうな」

「スパイ?」

「それも違う……そうだな。たぶんこれは言っていいだろう。木村拓海の生身の顔を見たようだが、それで気づいただろう。彼女はタツキ、名雪辰月 (ナユキ・タツキ)とは関係ない」

「これだけ色々揃って偶然だと言うのか?」

「いいや、偶然ではない。偶然では無いが関係ない。これ以上は言えない」

「――まさか、俺と同じ?」

「あー、これ以上君の推理を聞くのは控えたい。否定も肯定もしかねるからね。悪いがお暇させてもらうよ!」

 そう言ってルージュは通話をオフにした。

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