第七話 「魔法使いルカ/曲芸師龍花 (ルカ)」後編
「この小説、『曲芸師の師弟』は、キミ自身の体験を元に書いたカンジ?」
俺は劇の候補小説の執筆者に興味を持ち、ハル(晴)に質問した。
「体験……まあそうかな」
ハルが言い淀んだことに、少し追求したくなった。
「ほら、俺も小説書くからさ。どういう体験を元に書いたのか気になって。言いたくないなら無理には聞かないよ」
「実は、夢で見た体験なんだよ。普通、あんまり鮮明に覚えようもない内容なのに。なんでかな。『VR』をしながら寝てしまったからなのか、まるで現実であったかのように思えてしまう部分もある。ありえないのにリアルだったんだ」
「へー!VR」
「それ自体の内容を伝えられるストーリーテラーになりたいけど、今じゃなかなか難しいから、字書きとしても腕を磨かないと。なんせ『VR上で、少し未来から来た自分と出会って教えを貰う』って話なんで。今年の四月くらいの出来事だけど――」
それを聞いて目を丸くした。
四月中旬、
VR。
俺と魔王が手伝った車椅子フェンシングと時期が被る。その時『もう一人の自分』と会った?
あの時、異世界から転移した招待不明の来訪者があった……。
俺は森中と連絡先を交換して、後日深くその日の出来事を聞き出すことにした。
* *
「私が音楽指揮してもいいよ」
文芸部とジャグリング部が森中晴の寄稿文を回し読みしている最中、魔王が『今来ました』という風で出てきた。
「マオ。結局関わるのか」
「いい感じに話がまとまりそうだからね。それにこっちは劇付随音楽を担当することで時間回収ができるし。演劇部もジャグリング部とのコラボで時間短縮帳消しできるから、手を借りれるかもね」
「たぶん演劇部は余計な作業が増える方が嫌だと思うけど」
馬場美海は友人の演劇部員を思い返して苦い顔をした。
「んーどうだろうね?実際会ってみると何とかなるかもよ」
今日はあちこちに移動する日だ。ジャグリング部と魔王も引き連れ十人で演劇部に移動した。
「それじゃあ、森中くんと、龍花と、私の三人で入ろう。いきなり十人で伺うのははた迷惑だ」
魔王は二人を連れて演劇部部室に入っていった。
結構な長話になるかと思っていたが、数分で演劇部部長と共に廊下に顔を出してきて、残り七人も部室に入るよう促された。
「例年僕たちは二演目していてね」
演劇部部長の李(リー、中国系の人だ)はホワイトボードの前に立って説明した。
「一幕目は昨年演じた劇を再演、二幕目は今年初をやる、というリズムだったんだ。ただ、今年は結構“部活動の勢力図が動いて”例年より人も少なく時間も少ない。そのため、学祭は昨年一幕の再演だけにして、残りは普段と違う形でなにかしよう、という段取りだったんだ。だから、数人そちらのエキストラに参加したり演技指導をするというのはいい提案なんだよ」
「そ、そっかーよかった!いやこれなら早くに相談しとけばよかったかしら」
龍花は安堵したが、リーは厳しい顔をして龍花を見た。
「ただし、台本の用意はそっちでしてもらうよ。三日以内にね!」
「み、三日以内!?そんな」
「当たり前だろう?夏休みも残り四分の一の状況で、例年より練習時間が短いのは確定なんだ。物語自体は用意されてても、解釈をスタッフ演者で合わせるには台本が必要だろ?もしや考慮に入れてなかった?」
「それは……」
「台本、俺が書きますよ」
俺は手を控えめに上げて宣言した。
「三日後演劇部は活動していますか?そのタイミングで持参したいと思います」
龍花は『ほんとに?いいの!?』と何度も心配してきたが、"長年"文学部にいたり詩人として活躍した腕を舐めないで欲しい(相手はそんな経歴はしらないけど)。
それに、これは大きなチャンスだ。
十七時、通常であれば夏休みの閉校時間で部活動は終了になるが、俺は龍花を呼んだ。
(ハルは放課後用事があり来れなかった。VRの件は明日だ)
「とにかく台本の大枠は今日で完成させたいけど、演者視点で修正して欲しいところが後で出てくるのは嫌だから、執筆中横にいてすぐレスポンス返せるようにして欲しい」
「それぐらい、当然ですわ!」
お嬢様言葉に強いこだわりがあるようで、ある程度肩の荷が降りたらまたこの口調に戻していた。今は演劇部部長と犬猿に見えるが、演技派同士、案外仲良くできるんじゃないか?
龍花の家で台本を書くことになった。
俺の家も一応提案したが、家が龍花の方が近いのと、元々金持ちだから自宅の方が居心地が良いのだろう。
――親の財力にものを言わせて何とかしようとはしないあたりは、異世界のルカ・ドラゴネッティとも通ずるものがあるな。
机を借りて書き始めて二時間ほど経ち、実際に書き切る目処が立ったところで、質問を投げかけた。
「龍花は結構な家に住んでるけど、お手伝いさんとかいるの?」
「一人雇ってるね」
「ふーん」
――『その名前はタツキ?』とは聞けないなあ。会わせてくれ、というのも違うし。
龍花はあくびをしそうになって抑えた。今日は色々忙しかったからな。
「完成の目処は経ったし、一応完成まで待機はして欲しいけど、龍花は龍花で好きな事してていいよ」
「いや、そんな失礼なこと!」
結構ちゃんとしてるようで、背筋を伸ばして隣の席に座り直した。
「そういう礼儀的なのって、君の元々の性格?それともお手伝いさんが家庭教師もになってたとか?後者だとしたらちょっと羨ましいなー。俺もそういう気品や『紳士淑女』みたいなのに憧れるね」
「両方ですわ。ただお手伝いさんは所謂社交界とかそういうのとは無縁で、どちらかと言うと勉学の教師って感じでしたけど。それと、武術を教わった思い出の方が強いわね」
「武術、何を?」
「薙刀」
「……薙刀かー、知り合いに『タツキ』って人がいてその人も薙刀やってたなー。槍に憧れがあるって言ってて、一番身近で近い武道だと」
「そうなのですね」
――あれ、薙刀と聞いた時はかなり近づいたと思ったのだけれども。
「その知り合いのタツキは聾者だったなあ。聴覚障害を持っていたっけ」
「聾者を聴覚障害と言うの、わたくしは好ましく思わないわね」
「というと」
「後天的ならともかく、生まれながらにしてもった個性であることも多いし、聾者でコミュニティを形成してそこで『音がないこと』が当たり前のコミュニケーションをしている場を知っていますわ。一代前のお手伝いさんは『拓海』というのですが、彼女は障害者と言われるのをかなり嫌っておりました」
「わかった。ごめん」
少し沈黙が流れた。
「私(わたくし)も出会って初日でする態度ではなかったわ」
「……もし、嫌じゃなかったらなんだけど」
「何かしら?」
「俺は――俺らって、文芸部だからさ。『自分たちの知らない世界』ってのにすごくアンテナを張ってるんだ。もし良ければ、聾者の世界でなにかかけることがあれば文芸部の季刊誌に寄稿していただけないかなって」
「それが台本のお礼になるなら、喜んでしますわ。
今からを筆とって書きます!ちょっと机右に寄ってもらっていいかしら」
* *
翌日、八月十六日。
この日もジャグリング部は活動しているようなので、ハルに会うため部活に顔を出した。
俺が紙とペンを持ってハルに会うと、『昨日の出来事を気になって取材に来た』というのを一瞬で察知してくれたようで、まもなくVRの話しの続きを聞かせて貰えた。
「これは四月の中頃、VR上でフェンシングの決闘を観戦していたあとに起きた出来事。
あの日は、VRゴーグルがさらに軽量化されたと言うんで買ってみて、抱き合わせで付いてきた『VRスポーツ』で遊んでいた。特にあるロビーがとても賑わっていて、観るとフェンシングの決闘が行われていた。後で知るんだけど、vtuberモミジ(楓)のデビューだったんだね。いいのが観れたよ。
それで、決闘が終わって野次馬も掃けていくという時に、体調を崩したようにフラフラしている女性と、その女性に肩を貸して歩く男性を見つけた。最初はNPCかなと思ったんだ。なんたってVR上でプレイヤーに肩を貸す意味なんてないだろ?もっと冒険に没入するタイプの技術発展があるならともかく、『今のVR技術では意味の無いモーション』なんで、違和感が凄かった。
それで、まあNPCでもプレイヤーでもいいから気になって、話しかけて見ることにしたんだ。
『ねえ君たち、なんでVR上でそのモーションをしてるんだい』
『悪いけどそろそろログアウトしないと――』
顔を見合わせて驚いたね。僕は自作で著作権が成立するほどの凝ったアバターを使っていたけど、男性は全く同じ風貌をしていた!
『バヴァ(馬場の写し身)、どうやら僕も移し身が同じサーバー内にいたみたいで、本来の力が発揮できなかったみたいだ』
『自分の写し身が近くにいると体調不良になる。そろそろ帰りたいよ。ルカはいつもとの世界のゲート開いてくれるだろうか。このまま本来の肉体と通信遮断されたままなのは嫌だなあ』
『本体と通信が遮断……アバターの接触不良とかですか?』
『まあ、そんな感じ。僕はバヴァほどまだ身体に来てないからな、ちょっと自分にちょっかい出してみるか』
『ハル(異世界側の)!あんまりふざけてると痛い目見るよ!』
『まあまあ。そこの自分と同じアバター使ってる君!どうしてVRしてるんだい?』
『このVRスポーツ、曲芸の練習にも対応していて、VR上でジャグリングの練習が出来るから』
『へえ、いいねえ。ちょっとみせてよ』
僕は三十秒ほど演技をみせたよ。彼は興味深そうに観ていた。
『あと、動画があるので、二ヶ月ほど前のですけど、見て欲しいです』
僕は高校受験が終わった時点でジャグリングをはじめてたんで、そのはじめたての動画をみせた。
『ああ、今調子が悪い時でなければ笑えたかも、その動画』
調子悪そうな女性が僕の気にしている箇所を言及した。
『その、やっぱりこの二ヶ月上手になってないんですかね……。ネットで調べたりして技増やして行ったんですけど』
『ああ、その事ね』
僕と瓜二つの彼はステッキと箒を空中に出現させると、見事箒を自在に回転させたり空中浮遊させているように見せて操った。
『上手いでしょ。そして上手さから来る個性的な動きだ。
君、"下手から来る個性"と"上手になって身につく個性"をごっちゃくたにしては行けないよ。ジャグリングに関わらず、なにかを表現するってなると、大抵一度は通らなくちゃいけない道だと思うんだ。個性が薄まる段階。
しかもこの段階の個性って、本人が狙ってやってないことがほとんど。
でもさ、観客として見てる分にはその個性の部分が面白いわけ。それで練習していくと、その"個性"は一旦薄まっちゃうんだよね。これはどうやったって仕方の無いことだ。
練習していけば、上手な個性を体得していき、下手な時にあった個性も再現できるようになっていく』
『ハル(異世界の方)、いいこと言ってるところ悪いけど、やっと帰り道のゲートが開いた。その箒でそのまま飛んで行くよ』
『わかったよバヴァ、じゃあねもう一人の自分。あと、ちょっと眠って貰うよ、"これはVRしながら寝落ちしてしまったことによって観た夢なんだ"』
男はステッキを僕に向かって振っていた。
気づいたら、VRゴーグルをつけたままゲーミングチェアに座って眠ってしまっていたんだ」
* *
八月十六日
筆:ルージュ・フイユ
「やあ、ルージュさん。ここで眺めてるのも中々面白いね」
部屋のドアを開けるや否や、今年十五歳に"初めて"なった相羽が画面に映ったもう一人の相羽を眺めていた。
「よく魔王に協力する気になったな。この世界では魔法なんてオカルトだろうに」
「実際科学じゃ説明出来ない面白いものをいっぱいみせて貰っているから。それに、魔王さんの自由にさせてあげたいかなって、僕も話を聞いて思ったからね。
それにしても、俺は順当に行けば大学で苦しんでたのか、ルージュに色々勉強見て貰えて助かってるよ」
「俺らのいる"異世界"(相羽視点での呼び名だが)と、君のいる現代日本は千年以上前に分岐したから、同等の魂同士がであっても『気持ち悪くなる、だんだん不健康になる』程度に住んでいる。
時間逆光(と言いつつ並行世界へ斜めに移動したのだが)でほんの少ししか変わらない世界に同一の相羽が二人同じ世界にいたら、苦しんで身体が崩壊しながら対消滅だからな。そんなの魔王は望んでいない」
「キューブの中に作った亜空間は別と」
「それもかなり異世界よりに作っているからね」
「その分異世界とのパスが繋がりやすくなってるんでしょう?この間石像を動かすやつにハッキング受けてたけど、僕は何もせずにいたし、できることはないよ。今後もしそういうことがあっても、何も出来ないからね」
「下手に行動して君が死んだら魔王は悲しむよ」
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