第六話 「魔法使いルカ/曲芸師龍花 (ルカ)」前編

 八月十五日。

 俺は文芸部の部室に朝早くに入って、琴を鳴らしながら夏休み前半を振り返った。しばらく、魔王がなにか悪巧みをしているようには見えなかった。

 そうなると、こちらから動く必要がある。


 探偵の気持ちになって後をつけたり行動分析をしたが、魔法が使えない中、姿くらましをする相手を追いかけるというのは無理のある話であった。時折、魔王から俺の前に出て来て『特に悪いことはしていないから、探偵ごっこではなく違うことに時間を割け』と諭してきた。


 並行して、こっちの世界の『槍使い・タツキ』のことが気になり調べていた。

 異世界では魔法使いであった「龍花 (ルカ)」とタツキは主とメイドの関係であったので、もしかしたらこっちの世界でも近い関係性かもと思い、話を聞きたかったが、どうにも上手く接触出来なかった。

 そんな中、本日、龍花の方から文芸部に訪ねて来たのである。

 

「長期休暇中は週一の活動ですのね?中々タイミングが合いませんでしたわ」

 お嬢様言葉の龍花は、実際金持ちのいい所の娘であった。

「おや、珍しい客人だ。なにか用かな?」

「大事な相談があります。本当は演劇部に通した方が理にかなっている気がするのですが、訳あって文芸部にお願いしたいですわ」


 蒟油龍花(コンユ・ルカ)。

 異世界での名前は『グリーシア・ルカ・ドラゴネッティ』。

 呼び名は『ルカ』。

 かなり上級の魔法使いであり、異世界転生の魔法や、魔獣使役など、かなりの上級魔法の使える魔法使いである。

 使い魔やメイドを従えており、そのメイドが槍使いでもある『タツキ』である。追加情報で、タツキは耳の聞こえない聾者(ろうしゃ)である。

 ――以前、魔王が校舎裏で炎の中項垂れていたタツキを観ていた理由を探りたい。もしかしたら現実世界のタツキを観察していたのかもしれない。龍花がなにか知っていればいいが。

 

 龍花は水晶玉を取り出すと、それを用いてジャグリングした。パントマイムの技術で空中に浮遊させたり、身体の指先から肩、胸の前を通って反対側の腕へ綺麗に転がし、自由自在に操った。

「わ!魔法みたい!マジック?」

 楓は率直な意見を言った。通常は喜ばしいことなのだろうが、龍花は苦い顔をして上唇を噛んだ。

「……これは、アイソレーション、ジャグリングの技術です。

 曲芸の一つで、確かにマジックと共にショーで使うこともありますが、私は一緒にしたくない。自分の技術、鍛錬によるアートなんです。いや、マジックがアート足りえないという話をしたい訳じゃないんですが……すみません」

 お嬢様言葉もはずれ早口で訂正する。

「――それで、私(わたくし)の活動のイメージが着いたところで、相談があります。私はジャグリングを中心に曲芸師的活動をしています。その中でも、カナダの某サーカスのように、人間の身体と道具の表現によるアートエンタメを舞台で魅せたい。そういう気持ちなのです」

 "あの"サーカスは俺も好きだ。見世物的空気はあまりなく、出演者が皆異世界ファンタジーのような衣装・メイクをまとい、曲芸で不思議な世界を表現する。

「この高校には今までこうした曲芸・大道芸・スキルトイなどに該当する同好会、サークルはありませんでした。そのため『ジャグリング部』という名で部活を発足させたのですが。いかんせん人手不足と出来たてで練習不足ということもあり、十月の学祭にはかなり小規模になりそうな気がしています。しているのですが」

 かなり言いづらそうにした龍花は、深く深呼吸して、問題点を語った。

「発足時周りの部活から軽く見られているのに気づいた私は、自分の演技を見せつけて教師陣や、演劇部、吹奏楽部などの舞台活動系部員にアピールしました。しかし、部の発足はそれで叶っても、文化祭でないがしろにされる空気感を察知した私は、大きく出たのです」

 龍花は仁王立ちをして、右手人差し指を立てて突き出し、当時の再現をした。

「『舞台では一時間の演技をするからその時間全部空けておきなさい!』と」


 夏休みの中頃の暑苦しい部室。龍花の話を聞き終えた文芸部員たちは引いた顔をして押し黙ってしまった。

「――なにか、いい案ないかしら?」

 龍花は冷や汗をかきながら質問を投げかけた。

「うーん、無理無理!率直に吹奏楽部と演劇部に時間を返そう。演劇部の友人が愚痴ってたよ〜」

 馬場が先陣切って質問を切った。

「う……いや、その、より詳しく私(わたくし)が相談したかったのは台本のことで」

「台本?」

 今まで興味なさげに聞いていたロミセン(『鷲宮路美司書教諭』仕事サボりで文芸部にいる)が顔を上げて聞き直す。

「ジャグリングを見せたり、ダンスを見せたりする時、ストーリー仕立てにすることがあるのです。一番分かりやすいのはバレエだと思いますが、他だとフィギュアスケートのショーなど。こうした舞台で表現する物語の手段としてジャグリングを考えた時、私たちのジャグリングスキルの範囲でも舞台が成立する糸口があるのではないかと」

 文芸部のうち、興味を持った俺と、徹、楓、馬場、路美教諭の五人はジャグリング部の活動を見に行くことにした。

 

『たとえバレエの脚本を書けって言われたって私には書けないわよ』と馬場は嫌そうな表情で語っていたが、龍花の水晶玉を使ったパフォーマンスに創作意欲を刺激されたのは事実なので、イヤイヤ言いながらも移動に付いてくるのだった。


      *      *

 

「いやー、これは」 

 実際、演技を見てみると、龍花以外は『数分間観ていられる演技ですらない』という事実がわかった。

 残りのジャグリング部員は三人であるが、これなら四人一組で演技時間を三分に濃縮してパフォーマンスした方がまだ完成度の保証が効きそうなものだった。

 まず失意の表情を見せたのは徹であった。彼は人間の彫像を好む分、今まで意識してこなかった人体の挙動に興味があったのだそうだが、この場のジャグラーの動きはその要求を満たすものではなかった。

 ――関わるのは失敗だったか。

 俺もそう思って出口に向かおうと扉の方を見ると、魔王が口をへの字に曲げてこちらを覗き込んでいた。初めて見る、なんとも言えない表情だ。

 自分から話しかけることに釈然としないモノがあったが、俺が無視してもじーっと見てきた。仕方なしに魔王に近づく。

「えっと、なに?」

「我が今何部に入って活動してるかくらい知ってるよな?」

「それは吹奏楽部……あ」

 魔王はヴァイオリニストであるが、弦楽部の状況に冷めて吹奏楽部に入り、根性論のクソ指揮者を追い出して指揮者の位置に成り代わり、吹奏楽部のレベルを上げて活動していた。挙句の果てに、来年には管弦楽部として再編したいと言う(吹奏楽も部内楽団として残すとは言っていたが)。

「学祭の演奏時間、例年より短いのか」

「君が数日で何とかしないのならジャグリング部を潰す。別に我は好きに部活動すればいいと思うが指揮者としては"アレ"に二十分も奪われるのは困る。本人が演奏時間譲渡しに来たら気にしないけどね。立場上我は極力関わりたくないんだ。そっちで何とかなりそうな案出てきてくれたら嬉しい」

「なんで俺がお前のために」

「言っておくが演劇部も同じ状態であること、忘れるなよ」

 俺は何も言い返せないでいたが、俺のその状態を見て魔王はふざけた態度を改めた。

「悪かったな、圧かけて。我がやはり直接話をつけるか」

「いや!数日待ってくれ!元々数日待ってくれる予定だったんだろ」

 自分のお節介かつ表現者である矜持が、なんとかしたいという気持ちを駆り立たせた。

「いいのか?では、よろしく」

 ――ああ、なんで魔王の要望に応える。クソ、謝ってきたからリズムが崩れた!

 そう思いながらも龍花の方に向かった。

「今度は、プロのステージパフォーマーでおすすめの演技見せてくれよ。動画とかさ」

 

 動画で見せられた人々は皆"普通"に上手かった。その内一人は、道化師がおどけた感じでジャグリングをしていて、それはそこまで上手いとは思わなかったが、それはそれとして道化師になりきって笑いを誘うものだった。俺は苦手だけど。

「道化師で一時間持つわけじゃないしねえ」

「私が最初思ったのは」

 路美センが声をあげた。

「有名なダンサーのプロモーションビデオを思い出したよ。舞台はエジプトあたりがモデルかな?

『王は娯楽を求めていた。妻と共にショーを見るが退屈なものばかり。しかし一人のダンサーの演技に妻が心を奪われてしまう。その姿を見て激昂した王はまたダンサーを殺害するように言うが、ダンサーは魔法使いであった。周りの兵士たちを欺きながら、ダンスで人妻を魅了し、最後まで鮮やかに逃亡する――』

 そのままだとさすがにだから、男女入れ替えてローマとかギリシャに舞台のイメージかえて、その水晶玉のパフォーマンスで魅了するとか?」

「おおー面白そうっすね」

 飽きを示していた徹が反応する。

「でも、それも持って十分だよね、路美セン?」

 馬場が真横で路美教諭を突く。

「まあ、しゃーないでしょ今日知った世界なんだし!むしろこの短時間で思いついたウチを褒めて欲しいね!」


 一旦休憩を挟むことにした。その間、スマートフォンをいじったり、フィギュアの設計デザインを書いたり、季刊誌の秋号の構成を練ったりしていた。

 すると、そこにジャグリング部の一人が楓に近づいてきた。

「すみません、さっきはとにかく舞台を考える場面だったのでお話しづらかったのですが、実は文芸活動に興味を持っています。寄稿したいのですが、ご一読して欲しくて」

「なるほど?いいよー!読ませて?なになに――」

「楓、どうしたん?マジな顔して」

「……路美セン!これ、使えるじゃん!龍花、これ読んでみて!」


 


 楓のその発言で、周りにいた残りの文芸部、ジャグリング部両団体が集まった。

「えっと、君の名前は……『森中晴(モリナカ・ハル)』ね」


 寄稿文を覗き込んで読んだ。概略をざっっくり紹介すると、以下の通りである。

 題名:曲芸師の師弟

 ・三千字くらいの短編。

 

 この短編の主張は以下の通り

 ・下手さから来る個性は、上手になるとだんだん消えていく

 ・そこに挫けず頑張ることが大事


 ☆起承転結であらすじをまとめると


起:大学のキャンパスの隣にピクニックができるような芝生があり、そこの描写で大学生活を営む学生たちを描く。ジャグリングサークルもそこで活動している。


承:主人公の森中(弟子)はジャグリングが下手くそだが、ピエロとして見れば辿々しい動きがマッチしていて、個性的で見てて面白いという。技術を指導している師匠は、基礎技術をしっかり教えている。


転:しかし、二ヶ月ほど練習して挑んだサークル内の発表会では、サークル仲間は森中に対し気まずそうな、残念なものを見る視線を向けた。森中はジャグリングをやめようか悩む。


結:そこに師匠が来て悩みの相談を受け、森中(弟子)に教える。下手さから来る個性というのは客からしたらそれはそれで面白ものだが、練習して上達するウチにその個性は薄まっていくもの。

 そこで嘆かず、一旦没個性になっても練習を続けて行けば、今度は『上手さから来る個性』が手に入るという。それを目指して、また師匠も没個性に悩む弟子を見守りながら、キャンパス隣の芝生で今日もジャグリングをするのであった。


 ジャグリング(曲芸)を通した話だが、いわゆる「表現」することにおいて『普遍性のあるような教訓である』という主張の入った物語であった。


「この物語は演劇のシナリオとして使えそうだ(演劇部から何人かエキストラで来てもらったり、演技教えて貰った方がいいけど)。

 たぶん、ちゃんと劇って形にすれば三十分は持つと思う。これと路美センの案合わせれば四十分でしょ。休憩でプラス五分。行けるねこれ!」

 楓は龍花に向き合って演目の時間を計算した紙を突きつけた。龍花は安堵の表情を見せた。


 しかし、馬場の一言でまた緊張感が走った。

「私が思うに問題は、演劇部に真摯に対応出来て、向こうの了解を得られるかだねー」

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