第五話 「格闘家トール/彫刻家トオル」

 六月中旬。

 魔王オーガスタと、側近ルージュ・フイユは、粉々に砕けたゴーレムと、突き破られた校舎の壁から夜空を見上げて嘆いた。

「これ、一般人に影響出さずに修復するのめっちゃ大変だぞ……徹夜だ、休日返上だ……」


 ――話は一ヶ月ほど遡る。

 

      *      *


 五月中旬。

 文芸部の活動を始めて一ヶ月が経った頃、二つ隣のクラスの益田徹(マスダ・トオル)が文芸部を訪ねてきた。彼が部室に顔を出した時、部室には緊張が走った。


 益田は異世界では格闘家をしていた。異世界での通り名は『トール・プトレマイオス』。格闘家のほかに彫刻家のジョブを兼任しており、人形を操る魔法を応用して、彫刻を複数体操り魔獣や魔王軍相手に戦った。


 この世界の益田徹はウェイトリフティング部であり、日々トレーニングを積んでいる。そんな増田が文芸部に訪れたと言う事は、部にとっては一大事件であった。『芸術に準じる人の体格ではない』という偏見が部員達がざわついた主な理由であろう。

 尤も、身体表現系の芸術家は当然身体を鍛えることが多い。また、日本の文豪には身体を鍛えている人物がいるし、ヂヤンプの連載で四十年以上しているとある人物は、健康に漫画を描くため、身体を鍛え水泳を欠かさない。そうした事情を考えれば、別にクリエイターがいかついマッチョであることにいちいち狼狽える、ということはない。

 そして、彫像制作をするのなら、古典的には杭・ノミと金槌・ハンマーを用いて対象を象っていくのだ。鍛えていて然るべきだ。


「この文芸部は、どちらのタイプでしょうか?」

 益田が周りをキョロキョロしながら、ドアの近くにいた部員に質問を投げかけた。その部員はあたふたして返答に詰まっていたので、楓と俺が益田の元に向かった。

 ――異世界でトールをパーティに勧誘した時と同じだな。

「どちらの、というのは?」

 楓が詳細を尋ねる。

「広義的には文芸は『文と芸術』だと思うのですが、狭義的には『文で表現する芸術』だと思います。どちらの色が濃いのかなと」

「ああ、たぶんこの部は『文で表現する芸術』寄りだと思うけど、でも他の創作も歓迎だよ」

 楓は四月分の活動記録を見せた。

「文芸部では『なにかの創作物に対する批評』も文芸の対象にしているからね。美術部の漫画作品も批評したことがあったし。ねえ馬場?」

「あー、まあ、ね」

 言葉を濁した楓の友人である腐女子の馬場は、近くでおしゃべりをしていた鷲宮路美(ワシミヤ・ロミ)と顔を合わせた。

 鷲宮は新米司書教諭であり、美術部の顧問にもなったが、仕事をサボって文芸部に遊びに来ていた。馬場と馬が合うようだ。

「私の顔覗かないでよ。あの人かー。美術部の体験入部に来てたなあ」

 鷲宮は馬場に小声で陰口を伝えた。楓が不思議そうにしていたが、その時部室の扉が再度開かれた。

「理由を説明してあげよう。美術部は、美術部とは名ばかりの『女子用漫画部』でね。彼のようなそれ以外の美術を表現したい人の居場所ではないのだ」

「えっと、はじめましてですよね?益田徹(マスダ・トオル)と言います。どこかでお会いしましたか?」

「私はマオ•オーガスタス。イタリア系だよ。別に君とは初対面だが私も美術部の体験入部には参加してね。“女子漫画部”が理由だろう?」

「……はい、そうです」

 魔王と益田の会話を、馬場と鷲宮は気まずそうに、そして不服そうに聞いていた。

「僕は彫刻やフィギュアが好きなんです。もちろん、漫画やゲーム、アニメが題材のキャラも好きですよ。ただ、それだけじゃない、もっと幅広い創作をしたいですね。ちなみに、美術部ではアニメキャラの彫刻制作もしづらい空気感でしたが」

「んーでも彫刻となるとちょっと困ったことになるしー?」

 今まで隠れて聞き耳を立てていた路美がズカズカと出てくる。

 でいるようだった。冷めた目は見せても、憎しみの表情をみせることは今まで一度もなかったので、とても驚いたが、魔王に悟られないよう平静さを取り繕った。

「それってハンマーと杭を使って作るんでしょ?マジうるさすぎるね!ここは比較的静寂を好む空間だから、そんなにうるさくされるのはちょー困るんよね!」

 自分たちが普段おしゃべりなのを棚に上げて苦言を呈する路美と同調する馬場。それをを見て、周りの文芸部員は少し不快感を覚えていた。

「いや、使わなくても作れるんです。日本語で『彫刻・彫像』っていうと"彫ってないと"という印象があるのですが、実際に僕がしてる『スクリプティング』は粘土造形なども含まれるので」

「ああ、なら文芸部で作業してもいいんじゃない?全然邪魔じゃないだろ?」

 俺は室内を見回して部員全体の空気感を"肯定"に寄せた。

 

 こうして、益田徹が文芸部に加わり部室内で作業することとなった。鷲宮教諭や馬場など幾人かは不満を訴えたが、そもそも執筆活動などは群れて行わず一人孤独にするものなので、工房的なものが必要な人に、場所を提供出来るのがむしろあるべき姿だと考えるのが過半数であった。



 

 数日間アーチェリー部の方に参加し、翌週文芸部にまた向かうと、益田は作品をひとつ完成させていた。

 俺と楓は物珍しそうに完成品を益田の後ろから覗き込んでいた。

「これは……おっぱいマウスパッド!しかも一分の一スケール!」

 楓はヨダレを垂らさんばかりににやけている。

「このキャラクター、すんごく見覚えあるなあ」

 どう見ても『騎士系vtuber椛デュボア』だ。ちなみに楓はまだvtuber活動を公言していない。

 楓と俺の反応に、若干呆れ顔の徹が作品解説をした。

「マウスパッドじゃないよ。石灰粘土だし。まあでも画角はまんまキャラクターマウスパッド系か」

「胸部分だけじゃなくて、胸を下から支えてる腕と、顔、髪も浮き出てるね!めっちゃいい、騎士団長椛モミジがここにいるっていう存在感がいい!」

「楓さんvtuber見てるんだ、いいよね椛団長。

 これは、イラストとフィギュアの中間みたいな作品でね『レリーフ』と呼ばれる彫像だ。日本語では、ちょっと場面が限定的になるけど『浮き彫り』かな」

 楓はにやけ顔でおっぱいマウスパッド……もとい、「レリーフ」を舐め回すように鑑賞した。

 中の人が目の前に居なけりゃ俺も似たような反応したんだけどな。

「彫像の文脈では珍しくないけど、日本の漫画アニメの文脈でこれを作ってる人を見たことなくて。でも面白いと思わない?」

 徹が冷静さを装ってる俺に賛同を求めてきた。最高だ。

「へえ、いいなあ。俺も作ってみたいかな」

「ほんとに!?」

「ああ、それに、せっかくみんなが興味深そうに眺めてるからさ、一分の一スケールの完全立体の彫像――粘土造形だけど――を作ってみない?」

 それを聞いて徹が後ろを振り返ると、五人ほどの部員が興味深そうにレリーフを覗き込んでいた。

「実は、自宅ではなくて学校に作業場が欲しいと思っていた一番の理由は、一分の一スケールで作品を作りたかったからですよ!」

 後ろで話を聞いていた楓は漫画雑誌のヂヤンプを取り出し、どのキャラクターを作りたいかを熱弁し始めた。


 楓と徹が議論しているのを、今まで不平不満を言っていた馬場と鷲宮教諭が、教室の壁際でもどかしそうに眺めていた。

 否、馬場美海は自分の描き起こしたデザインが彫像にされてかなり嬉しいのを、"つるみ仲間"の路美を気にかけて表面に出さないよう努めている、そんな表情だ。

「ロミセンと馬場も参加しろよ(路美先生→ロミセンという愛称が定着していた)」

 俺は図々しく二人の前に出て話に合流するよう促した。

「はあ?まじで言ってるの?」

「人数は多い方がいいからね。一分の一になると、細かい作業とは別に、粘土を用意して、コネてある程度のサイズでパーツを用意するアシスタントがいた方が作業が楽、らしい。

 というか、むしろ六分の一とかで精巧に作るのと同クオリティなら、原材料費と場所、時間が嵩むだけで一分の一の方が作りやすいまである。材料は百均で揃えられるし、みんなで作ればある程度の時間短縮になる。その活動報告の"文"がそのまま文芸部の活動になるしね。

 あれ、それともここには遊びに来るだけで文芸活動する気はなかったのかな。ロミセンのことは教頭辺りにチクるか――」

「鬼、悪魔、アイバ!」

 二人はしぶしぶという態度をとっていたが、内心では参加したかったのだろう。粘土を用意する作業に入っていくと、楓と共にキャラ選びで熱弁しはじめた。



 

 約一ヶ月かけ、騎士系vtuberモミジと、漫画雑誌ヂヤンプの登場キャラクター二人の等身大フィギュアを完成させた。アシスタントがフル稼働で制作するとこんなに早く作業が終わるのかと益田徹は驚愕していた。

「これ、ネットに投稿したら絶対話題になるよ」

「うわーやべえな。文化祭に展示しようよこれ。ほんとすごい力作だよ」

「私が主導で作ったことにならないかな、美海?」

「それ盗作な、ロミセン」

 作業メンバーが感嘆の声をあげた中、ふと部室横の廊下に視線を向けた。魔王がちらとこちらを見たあと、別の場所に移動していった。


 今回、魔王は益田徹が来た初日に少し顔を出したあとは、作業を遠くから眺めているだけで俺らに交ざることはなかった。

 特に何もしてこないというのも不気味だが、それよりも、魔王が当たり前に日常生活に溶け込んでいることを受け入れている自分への違和感や不甲斐なさを感じずにはいられなかった。少しずつ魔王に気を許している自分への矛盾の心に目を背けながら、彫像と文芸部達の元に意識を戻した。


      *      *


 六月〇〇日 記録七十日目

筆:ルージュ・フイユ

本名:幸田紅葉(コウダ・コウヨウ)


 夕焼けもすぎ、黄昏の中、文芸部員たちは完成した彫像を恍惚に鑑賞した。その後二時間ほど経って、魔王オーガスタと俺は文芸部の部室に忍び込んだ。

「皆と交ざって彫刻、作りたかったのでは?」

「こうやって眺められればいいよ。それと、あれだけ相羽が干渉しちゃうとね。もしかしたらこの像にも魔力が宿ってるかもしれないし」

 オーガスタはキューブを取り出して彫像に近づけた。

「少し魔力の残滓は見つかったけど、特に問題にするほどではないか。キューブで魔力を吸い出してあげれば――」

 そう言って像の顔の前にキューブを掲げた途端、緑がかった模様が赤く発行し、その光は三体の像を覆った。

「な!?」

 像は一人でに動きだし、俺と魔王に襲いかかってきた。

「オーガスタ、どうなってるんだ!」

「これは、キューブが"ハッキング"されてる!」

 

 像はそれぞれが格闘キャラであった。魔力が宿ってしまった像たちは、まるでそのキャラであるかのように立ち振る舞う。

 一体は狂戦士騎士系vtuberのモミジ。長さ一メートル強、横幅三十センチはある大剣を振り回し周りの椅子・机を切り、叩き潰す。

「くっそ、これ現状回復するのも我なんだぞ!」

 振り下ろされたハンマーを避けると、背後から大鎌を持った死神キャラが横向きに振り回す。本気で首を狩りに来ていた。

「ルージュ!」

「はいよ!」

 俺は内ポケットから瓶を取り出し「種」をばらまいた。それに合わせてオーガスタは呪文を唱える。

「μεγαλώνοντας!(育て)」

 床から木が生き良いよく突き出し、枝が像たちに絡みついて動きを静止させた。

「よし、これで――」

「ルージュ、一体頭上に逃げている!」

 突き破られた天井を見ると、翼を広げた吸血鬼モチーフのキャラクターが空に舞い、こちらに滑空してきた。

「Ροή(流れよ)」

 右手に杖を取り出し吸血鬼に突きつけた。左手には液体の入った瓶を取り出し壁に叩きつけて割った(蓋を開ける時間などなかった)。その液体が何十倍の量に増え波を立てて吸血鬼を襲った。

「吸血鬼は流れる水が苦手っていうからな」

 全部の像を無力化したが、文芸部の部室は爆発が起きたかのような荒廃ぶりであった。

 

「これ、土日で直すのか。徹夜だな」

 俺が嘆いている間、オーガスタはキューブを取り出し睨みつけた。しばらくすると、キューブから空へ映像が照射された。

「ミ……(ザザッ)……ミツケたぞ、魔王!」

「お前らは……数ヶ月前に我を討伐に来たパーティか。であれば、像を動かしたのはトールだな。我が消えたのだから、そちらの世界はすでにお祭りでもしているんじゃあないのか」

「貴様、一体貴様の圧政でどれほどの民が苦しんだことか!確かに歓喜はしたさ、だがやっと復興の一歩を踏み出したばかりだ!そして貴様はまだ生きていて、アイバを連れ去った!異世界でなにを企んでいる!すぐにそっちに――」

 オーガスタはキューブに魔力をこめ、ハッキングされた映像を強制的に切断し、彼との会話を終わらせた。

「後ろに立っていた『槍使いタツキ』と『魔法使いルカ』とは友人で、カエデは俺の妹なんだけどね。彼女らを裏切る形にはなりたくない。話し合いができるならしたかったな」

 魔王はただ目を伏してじっとキューブを見つめていた。

 数分して、口を開いた。

「今この状況でルージュ、君が関わってると気づかれても話はこじれ、誤解されるだけだよ」

「それもそうだが。困ったなあ」

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