第四話「勇者カエデ/騎士系vtuberモミジ(椛)」後編

 週末、楓の自宅に招かれた。魔王・マオと一緒に。

「なんで魔王がいるんだよ」

「親愛なるクラスメイトの頼みだからね」

 楓の部屋に入った。そこには車椅子がある……わけがなかった。車椅子の不要な立場の楓が買えるわけがない(保障額0%の値段だ)。

「普通の、且つ『ガタが来ても問題ない椅子』に座って、我と相羽は楓の身体と椅子を動かぬように抑えるんだ。結構な重労働だぞ。“男手が必要”だろ?」

 楓は以前決闘の景品で手に入れたVRゴーグルを身につけて椅子に座った。

「しかし、俺が知ってるより随分コンパクトになったね。五年以上前に『VR元年!』って謳って発売された時にかなり重くて、長時間つけてられるものじゃあなかったが」

「このコンパクトさになったからピエレッタがギリ遊べるんだよ、今回」

 話を聴いていたPC画面越しの馬場が俺の独り言に返答した。彼女はピエレッタの自宅にいて、機材操作やなにかトラブルが起きた際の対応がすぐできるようスタンバっていた。

「VRはアピール方法として『身体が不自由な人も自由を!』って宣伝されることがあるけど、重すぎて首を痛めかねなかったよ。今回のモデルが本体二五〇キログラム以下だからなんとか出来るかなってことになったんだ。長かった」

 事前にグループチャットで挨拶は済ませていたが、初めてピエレッタの声を聞いた。画面越しにピエレッタの方の準備が進んでいることを確認した。


 状況をまとめよう。

 ・ピエレッタの部屋では専用車椅子に乗ったピエレッタと馬場がいて、馬場がPC操作をメインでしている。

 ・こちらは、機材操作自体は楓がしつつ、魔王と俺が左右で体重をかけ椅子が動かないように支えている。

「私のvtuber活動の一環でもあるから、動画を撮らせて貰うよ」

 楓はVR上にあるカメラを手に取って動かした。俺と魔王はPCのモニターでその映像を確認できる。

「では……『こんもみじ〜!騎士系vtuberの椛 (モミジ)・デュボアだ!今日はこのVRの世界で、決闘を申し込まれた。騎士団長としての私に挑むなんて怖いもの知らずだね!視聴者の皆には華麗な剣さばきを疲労するぞ』。こんな感じ」

「おお〜」

 魔王が楽しそうに拍手した。自分を討伐しに来た相手の写し身が、同じ系統の武器を持って遊んでいるのを本心ではどう思って観戦しているのだろうか。

「あ、マオ、声乗っけるなら騎士団の部下として自己紹介したいんだけど、どうする?動画に乗りたくないカンジならもう少し静かにしてくれると助かる」

「黙るよ」

 少しシュンとしてしまった。珍しいものを見た気分だ。

「では、持ち場に着くとしよう。観戦の野次馬も集まって来たし」

 フィールドには二席の厳つい車椅子が点対称に設置されていた。次いでNPCの審判が前に出てくる。ピエレッタと楓はVR上の車椅子に着き、準備OKだ。

「エト・ヴ・プレ?(準備はいいですか)」

 主審が剣士二人に語りかけた。

「ウィ(はい)」

「ウィ(はい)」

「アレ!(はじめ!)」

 

 俺はここで反省と懺悔をしなければならない。一応車椅子フェンシングというもののイメージを掴むためにネット上の動画を二、三確認してきた。

 そのうえで、数日前のVSフェンシング部部長のようなアクロバットな動きは制約されるから、見た目上は静かなものであろうと無意識に決めつけていたのだ。

 攻撃が突き、相手が防御し、攻守交替してまた剣が交わるという攻防を一秒間に三回は行われた。剣さばきは比喩でもなんでもなく早すぎて残像が見えほどであった。

 さらに、VR特有の「エフェクト」が観客の観戦のしやすさを数段あげていた。

 一.防御に成功すると防御箇所が緑色に光り、

 二.攻守が入れ替わると頭上に攻撃騎士を示すための黄色のポインタが表示され、

 三.剣先の軌跡を数秒間青色の線がペン先から描かれた線のように空中に残り、

 四.剣先が相手の攻撃有効範囲に当たるとその箇所が赤色に光り、ビープ音がなった。

 

「ピエレッタ!1ポイントゲット!」

 観客の声をONにしているため、様々な歓声が聞こえる。

「すご!めっちゃかっけえ」

「VRもここまで来たか」

「防具をクリアにしてアバター同士の姿が見えて戦ってるのめっちゃいいな」

「ピエレッタ頑張れ!」

「vtuberのモミジ負けるな!チャンネル登録してきたぞー!」

 そうこうしているうちに二戦目が始まった。このゲームは五本先取である。

「2ラウンド、モミジ、ポイントゲット!」

 戦力はほぼ互角。激しく動くモミジ(楓)が転倒しないよう、俺と魔王は必死に椅を抑えた。

「これはなかなかきついな。魔法使いたい……使っていいか?」

 魔王がマイクに乗らない程度のヒソヒソ声で俺に話しかけた。

「ダメだよ!」

 返答してる間に、モミジ(楓)は2ポイント目をゲットしていた。

 

 4ラウンド目が始まろうという時に、魔王のキューブが赤色に光った。

「おい何してる!それほかの人にも光ってるの見えてるのか!?」

「いや、我じゃない……これは、VR上に侵入者がいる!魔法を扱える人間が入り込んでいるぞ!」


 


 魔王はキューブを掲げた。VR上のフィールド、観客が半透明に楓の室内とオーバーラップして描写された。

「侵入者はおそらく『魔法画家』だろう」


 俺は異世界にいた頃、ある"魔法画家"に出会った。

 その人物は自分の描いたイラストを動かすことが出来た。特に生物を描いた場合、二次元上で繋がりがある限り額縁を超えて自由に動いた。高等魔法になると、自分自身を描いて、ある種のアバター、ゲームのプレイアブルキャラのように振舞って操作したり、自分の視覚を描いたキャラ視点にすることも可能だという。


「異世界からこっちまで来れるってのか!?」

「我なら一人で可能だが、おそらく相手は複数いるだろうな。絵画魔法で操作しているやつ、異世界転移の儀式をしているやつ」

「異世界転移は上級魔法使いしかできない大魔法だろ?しかも魔法使いがこっちに来て魔法を使うのは重罪だ」

「つまり重罪人が来たってことかもな」

 魔王の言葉に引っかかりを覚えつつ、観客席を確認する。皆漫画・アニメに影響を受けたファッションをしているが、一人、決闘しているカエデ(モミジ)を見ず、挙動不審に動き回る人物がいた。

「4ラウンド、モミジポイントゲット!」

 観客席が歓声をあげたタイミングで、目元を隠す黒色のマスクをしたキャラクターが懐から杖を取り出し、楓に向かって杖を振り下ろした。

「試合の妨害をする気か!」

 魔王はキューブを手首と指先のスナップを聞かせて回転させた。すると、相手の杖から放たれた魔法を弾き返した。魔法は楓の棚にぶつかり、本が大量に弾け飛ぶ。さらにそれを魔王が杖を取り出し一振して、宙に静止させた。

「マオ、今スゴい音したけど大丈夫!?」

 楓が異変に気づいて話しかけた。


「ちょっと体勢がズレた。気にせず決闘を続けろ」

 俺は魔王に小声で迫る。

「これ、楓ではなくお前のことを狙ってるんじゃないか?」

「だとしたらどうする。楓を巻き込んで我が倒されるのを願うか。この決闘を台無しにしたいか?お前は我を信用していないが、じゃあ異世界の法を思いっきり犯してる誰とも分からない向こうの味方をするのか」

「……俺が味方するのはお前にじゃない。楓のためだからな!こっちの世界で魔法の使えない俺はどうしたらいい」

 俺は魔道具ライアーボウを左手に持ち、いつでも使えるようにすると、魔王はキューブに魔力を込めた。

「今から相羽、君の分身を仮想世界に"入れる"。ライアーボウも仮想世界に入れるために肉体の一部と思って握っておけよ」

「色んな世界に飛ばされる人生だよ、全く」

 部屋全体を緑色の光が覆っていった――。


「目視できる敵は一人だけか?」

 どういう原理か、ライアーボウから魔王の声が聞こえて来た。きっとキューブを通して語りかけているのだろう。

「一人だ、正面から突っ込んで来る。ってことは"もう一人いる"。正面は囮だ」

 決闘のフィールドは十八世紀末あたりのフランスを模していた。

 ライアーボウに魔力を込め(キューブから供給されているのを実感する)、正面から九時の方向にサッと向いた。壁がそびえる中、裏路地に続き、人が隠れられそうな箇所を射抜いた。すると『うわあ!』と男性の声が発せられた。

「あいつ遠方攻撃にめちゃくちゃ慣れてるぞ!矢に魔力遮断の術が施されてる。数分は魔法が打てない」

 攻撃を受けた男性が報告した。

「くそ、魔王一人じゃなかったか!」

 正面囮役の人物の言葉を聞いて(声は女性だった)、俺は少し弓を腰の方へ下ろした。『対話したい』の意思表示だ。

「あまり時間はない。我々は退散する。質問者ひとつだ」

 囮役の女性は、物陰の男性にも注意を向けつつ、腰を落として即座に動ける姿勢をとった。

 ――何を聞けば。

「魔王の隣に無関係の一般人がいたが、その人物はどうするつもりだった?」

「……多少の犠牲はつきもの」

 俺は前方にも注意を向けつつカエデと魔王の方を見た(VR空間上でも俺には魔王を認識できるように調整されていた)。魔王は少し冷めた、冷ややかな目でこちらをみて、キューブをカエデに近づけた。

(人質として、かもな)

「残念だが時間切れだ。しかし、お前はアイバなのか?直接顔を知らないが、その武器は――」

 言い終わる前に、目の前の女性は頭を抱えてふらつき始めた。

「全部の判断は保留だ。後方支援の彼を回収して退散する」

 そういうと同時にまた辺りが緑色の光に包まれた。



 

「勝者、モミジ(楓)!」

 NPCの宣言に合わせて、カエデの頭上に『WINNER』の文字が金色で書かれた。観客が大盛り上がりのうちに決闘の幕は降りた。

「モミジ、ありがとう。久しぶりに騎士として戦うことが出来た。感謝」

 画面を挟んで、ピエレッタと楓が言葉を交わす。馬場は頷いてその様子を見ていた。

「『さて、vtuberモミジ・デュボアの騎士道を今後も観たい方は、高評価、チャンネル登録よろしくお願いします!通知をオンにして、次回お楽しみに〜!』あー疲れた!でもかなり面白いよこれ!」

 楓がVRゴーグルを外すと、狼狽した様子の俺と、少し呆れ顔をした魔王を見て『あ、熱入って失念してた』と言いたげな表情を見せた。

「あ、二人ともありがとう」

「どういたしまして」

「えーっと、次回も遊ぼうってピエレッタと勝手に予定立てちゃった」

 てへへ、と頭を掻いて気まずさを埋めた。

「次は自腹でちゃんと車椅子用意するか、支柱と腰をがんじがらめにして動かないよう固定しな!」


      *      *


 楓の家を後にし、俺と魔王は帰路に就いた。

「もしかして――」

 ある程度歩いたあと、俺は魔王に質問を投げかけた。

「この世界は、"仮想世界"なのか?」

 少し前を歩いていた魔王は、振り返って申し訳なさそうな表情を見せてまた歩き出した。

「現実だとも。仮想空間じゃない。だからこの世界で死ぬと、実際に死ぬぞ」

 それ以上は語らず、姿くらましの術でまた見えなくなっていった。

 

 翌日。楓は魔王マオと俺を自席に集めて報告した。

「フェンシング部と文芸部に入ることにしました」

「あれだけフェンシング部避けてたのに」

「それが、VRを景品にしてたでしょ?部長。その時点で考えておくべきだった。部長もvtuber興味あるんじゃないかって」

「じゃあvtuber活動優先していいって?」

「優先するというか、最近の機材の進化はありがたくて、腕時計サイズのモーションキャプチャーを六箇所くらいにつければ外でもモーションキャプチャーできるんだ。

 現代フェンシングが既に剣先にコードで電気接続してあたり判定を行ってたりするから、こういう機材との相性悪くないんだ。部長とともに練習してる風景がそのまま動画ネタにできるようになったよ!」

「文芸部の方は?」

「動画活動は動画でそのまま出すのはもちろん、文章にして投稿するのもいいからね」

 ここ一週間の悩みは何処へやら、楓は意気揚々とフェンシング部へと向かっていった。


       *      *


四月〇〇日 記録二十日目

筆:ルージュ・フイユ


 この世界はいくつもの枝分かれをしている。

 ・相羽視点での、この世界を"現世"

 ・魔王のいた世界を"異世界"

としてみても、異世界側から見ればこの世界が“異世界”なわけで。

 この二つだけでなく、三次元空間はいくつも世界が「並行」している。

 "現世"と"異世界"の二つは、過去の『偉大な魔法使い』によって特別結びつきの強いものになったので、異世界転生などはこの二つの世界の相互でパスが通りやすいのだが――。


「時間逆行を行っても、そこから新しく"世界"は分岐して時間が流れていくので、それで未来をかえるという発想は意味がない。そして、誰かが死んでその世界に関して巻き戻しはきかないという話になる」

 とある人物骨壺が納められた、納骨堂の前で魔王は語った。

「平行世界化した、という意味では、ある意味相羽の話もニアミスなんだけどね」

「オーガスタ(魔王)、良かったのか?一度仮想空間にアイバを転移させたりしているし、ライアーボウは常に所持しているようだから、だんだんと魔力を取り戻して来ているようだ」

「微々たるものだけど、放っておくのは良くない。定期的にアイバの活動場所で魔力の溜まり場が発生してないか、調査が必要だね」

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