第三話「勇者カエデ/騎士系vtuberモミジ(椛)」前編
四月中旬。
五限終わりのチャイムが鳴り、クラスメイトの馬場美海 (ババ・ミナミ)は真っ先に幸田楓の元に駆け寄った。
「じゃーん!この前お願いされた女騎士のオリジナルキャラクター案、二つ作ってきたよー」
「ありがとう美海!やっぱり私にはデザインセンスがないからねー。しかし、たぶん衣装イメージの行き違いがあるんだけどさ」
「どこどこ?」
「全体的にシュってしてるじゃない?剣もフランスあたりのフェンシングのイメージだけど、もうちょっとごつい鎧を着て、大剣を振り回してるイメージにして欲しかったなーって」
「ああ、中学の友人にフェンシング部がいて、そっちのイメージに引っ張られちゃったよ」
「私も美海にお願いする時、事前に伝えておけばよかった。顔とか髪はいい感じだから、ちょっと修正お願い出来るかな」
「OK。でもこのデザイン自体は捨てがたいなあ」
「ごめんごめん。後でスタパの新作奢るからさー」
一通り馬場美海と幸田楓はキャラ案のすり合わせをし終えると、馬場は急いで美術部へと向かった。去り際に『楓も早く部活決めろよー』と念を押した。
相変わらず廊下で部活動の新入生歓迎会が活発に行われている中、俺は結局アーチェリー部と文芸部を兼部することになった。
まず、アーチェリー部に所属する理由は、そこで弓矢の修練ができるから。
文芸部は、小説を読むだけでなく、『ほかの創作・表現活動の批評』も活動の一環らしいので、高校の生徒調査に役立ちそうなポジションであるからだ。
「相羽くん、もう部活動決めたんだね。いいなあ」
一人になった楓が俺の席へ移動してくる。
「幸田さん、てっきり剣道部か文芸部に入るかと思ってたんだけど、まだ悩んでるんだ」
幸田楓とは、お互い読書家で、夏目漱石や芥川龍之介など、作家趣味の一致で会話をするようになっていた。文芸部にも誘っていたが、何やら理由があるようで、入部に踏み切れない様子だ。
「おい楓!剣道部に入らないならフェンシング部に入ってよ!」
「わ、相羽くん、逃げるよ!」
教室を出てすぐ、廊下の奥からフェンシング部部長と顧問の先生が駆け足でやってきて楓を勧誘しに来た。
『フェンシングは苦手』と自称する楓がせっつかれるのには理由がある。あれは数日前のこと。
「あ、幸田さんあれ見てよ。フェンシング部部長が対戦相手募集して『公開決闘』してるぞ。めっちゃ観客いるな。見に行こうか」
「ああ、入部希望者募集に有効なのかな。教師にバレたら怒られそ〜」
「でも対戦相手募集して参加するフェンシング部以外の人なんているのか?参加するメリットがないとやる意味ないよなあ。景品とか」
楓と二人で会話していると、背後からアイツが話しかけて来た。
「それが景品あるみたいだぞ。二人とも」
「マオさんこんちゃ!相羽くん、なんでそんなしかめっ面してるの?喧嘩した?」
「相羽と私(一般人としての一人称)は音楽でライバルだからね。まあそれはともかくあそこの机に置いてあるのを見なよ。『VRゴーグル』が景品に出てるぞ。部長の私物だが『手持ちの機材と互換性がなかったので景品にします。スマホ機種"サイボーグ"の方は是非ご参加ください。"オレンジ"には非対応なので注意!』だそうだ」
「"魔王"、VR欲しいのか。そのキューブで似たようなこと、できるんじゃあないか?」
「人がいる中で『魔王』と呼ぶな。それに興味があるのは楓の方だね。ほら、一直線に部長の方に歩いていってる」
「え!?ホントだ。フェンシング苦手って言ってたのに」
楓は既にヘルメットや防具を受け取り着替え始めていた。周りに男子もいるのにいきなりブラウスのボタンを外し始めたので、男子が『うお!』とどよめき女子生徒が円を作ってガードして着替えが見えないようにした。
「さて、楓さん。フェンシングのルール把握してるんだね?形式は『フーリエ』でいいかな」
(フーリエ:上半身のみに当たり判定があり、剣先に付いたボタンが相手の当たり判定に触れて点灯すればポイントゲットとなる)
決闘相手の部長が紳士的に尋ねた。
「はい、それでお願いします」
「エト・ヴ・プレ?(準備はいいですか)」
主審が剣士二人に語りかける。
「ウィ(はい)」
「ウィ(はい)」
「アレ!(はじめ!)」
まず部長が胴目掛けて突進し床と水平に剣を伸ばした。
すると、楓がいきなり跳躍して部長の肩の位置の足先が届く程のジャンプをした。剣を思い切り斜めしたに振り落とすと、勢いで剣が弧を描いて曲がり(剣はある程度やわらかさのある素材でできている)、カーブした剣の剣先が部長の背中に辺りあたりのブザーが鳴った。
開始から五秒も立たない、一瞬の出来事だった。
「す、すげーーー!」
「あの女子誰!?一年の幸田楓?絶対入部させろ」
「やばい惚れた」
男女関係なく楓に歓声を上げた。
部長は驚いたという顔を"作って"防具を外しながら楓に近づいた。
「いや!すごいよ!こちらVRの景品だ!スマホの機種は対応してる?大丈夫みたいだね」
「ありがとうございます。部長も逆手でやらず戦えばいいのに」
「あ、バレてたか。でもそれくらいの方が観客が盛り上がるし、新入生にアピールしやすいんだ。是非入部を!」
「あ、まあ……前向きに」
楓がフェンシング部の勧誘から逃げる生活をはじめてから数日後。
「俺にも『幸田楓に入るよう促してくれ』って催促が来るようになってしまった。馬場も言ってたけど、さっさと決めちゃった方が勧誘落ち着いて楽だな」
「あ……うん。ごめん」
「謝ることじゃない。でも渋ってる原因を知りたくて。やっぱり文芸部に入ろうか悩んでるの?それとも――」
自分の推理を披露した。
「動画配信者、vtuberになりたいとか」
「な、なんで知ってるの!」
「あれだけVRにがっついてたし。あと、絵が苦手って言いながら美術部の馬場にイラスト教わったりして、『女騎士』のオリジナル女性キャラを頑張って作ってたから」
「うん。……そう!vtuberになろうと思っててね!女騎士、いいでしょ。ただ配信時間は夜更かししたくないから、帰宅部で活動しようかなって。でも実際に竹刀振り回すのはしたいし、文芸部にも入りたいし」
「フェンシングは?狙われてるじゃん」
「狙われてるからだよ!VRゴーグルは入部条件とは関係なく開かれていたものだしいいいでしょ」
「それにしてはド派手な勝負の付き方だったけどなあ」
こうして昼休みに会話をしていると、聞き耳を立てていた馬場が神妙な顔で会話に入ってきた。
「ねえ、vtuber始動の話してるなら私を交ぜないのはおかしな話じゃない?」
「あ、美海ママだ」
「楓、そのイラストレーターをママって呼ぶ文化、学校上ではやめて欲しい。相羽はニヤニヤするな!」
怒られてしまった。
「この間作ったキャラクターデザイン、二パターンあったでしょ。VRで動かすために3Dでなんとかできないかと頑張ってるみたいなんだけど。
ボツになった方の衣装がシンプルで作りやすかったから、筆が乗って、そっちの3Dができたんだよね」
馬場美海は作った3Dモデルをタブレットに写し、フェイスカメラのモーショントラッキングをONにして楓に画面を向けた。
「ほんとに!?すっご!フェンシング苦手って言ってたのは、勧誘が剣道よりしつこくなるのが目に見えてたのと、2Dモデルならごつい鎧の方が見栄えいいなと思ってたからだけど、3D用意してくれたなら、全然着るよ」
楓は両手を前に出してグーパーしていた。映像の3Dモデルも連動して動いた。
「私が独断で作ったのは確かにそうなんだけど、さすがにタダでは渡したくなくて――」
「いや、当然だよ。いくら払えばいいかな。やっぱりバイトした方が――」
「いや、お金じゃなくてね」
馬場はタブレットを一旦自分に向け、ページ遷移してとあるゲームのトップページを映した。
「私の中学からの友人とVRの仮想空間で対決して欲しいんだ。フェンシングで」
馬場は友人の『ピエレッタ・グノー』という人物を俺と楓に紹介した。フランス人と日本人のミックスだ。
「ピエレッタは、中二の時交通事故で下半身が動かなくなってしまって、今車椅子生活をしている。日本でね。中二まではフェンシングをやっていて、それなりに強かったんだが、今はとんとやってなくてね。
パラリンピックの競技にもなってるけど、『車椅子フェンシング』というのがあるだろ。あれを行く行くはできるようになりたいなと言っているけど……」
「けど?」
「ピエレッタ、動かなくなったのは足だけど、ほかの部位の痛みもなかなか取れずにいるんだ。今は整体師にかかって日々緩和させる日々だけど、腰とか骨盤とかにも色々と不自由がある。それで、心が折れちゃって、精神的にも肉体的にも、良くない感じになってきちゃってる」
「パラ種目をできるような状態でもないと」
「事故に合う前から時折身体の不調を訴えていて、それと事故が入り組んじゃってるんだ。中々キツそうだよ。そんな時、VRでフェンシングができるゲームがリリースされたと聞いたんだ。これをやって欲しいなって」
「私は全然構わないよ。でも、中学の時の対戦相手はどうなの?」
「みんな、椅子に座ってやりたがらないんだ」
「なるほどね。改めて言うけど、それでも私は全然構わないよ。今度の週末、VRのサーバーで会おっか」
「相羽もお願いね」
ぼーっと話を聞いていたら、いつの間にか自分も参加することになっていた。
「え?いや、俺はVRやるのはちょっとな、フェンシングもできないし」
「違う違う。車椅子フェンシングをするなら、絶対手伝いがいるんだよ」
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