第二話「弦を弾く」

 早朝に配られた部活動紹介のパンフレット。一周目の俺は帰宅部で、特に何をするでもなく時間を浪費していたが、今はどうすべきか。

 チラとマオに視線を向ける。女子数人と部活動を選んでいるようだ。

「ヴァイオリンが趣味っしょ?やっぱ室内弦楽部?」

「まあ、そうね。ほかの部活も見てみるけど、結局弦楽部に落ち着きそうな気がする」

 マオは一瞬横目で俺のことを見て、琴を弾く真似をした。

 

 放課後の行動は、二択で悩んでいた。


 一つ目は、魔王と同じ部活に入ること。時間逆行をしてきたが、目的が不透明すぎる。もしかしたら、フィンア帝国に飽きたらず科学世界の日本を、魔力を我が物顔で使い、新たに支配する気でいるのかもしれない。

 その場合、魔王自身が呑気に高校生をやってることに疑問が出てくるが。とにかく、できる限り目を離さず動向を注意深く観察する必要がある。帰宅後はどうあっても現状では無理だが、日中は同じクラスメイトである。放課後の部活動も目を光らせておきたい。

 

 二つ目は、弓道部、もしくはアーチェリー部に入ること。残念ながら、異世界で俺の相棒であった『ライアーボウ(琴弓)』は今手元にない。あっても魔力がないので使えないだろうが、慣れ親しんだ武器は手に入れておきたい。しかし、一介の男子高校生が普通に武器として弓を入手することは難しい。この高校には弓を扱う部活が二つもあるので、どちらかには在籍しておくべきだ。

 

 ということで、「音楽系」と「弓道もしくはアーチェリー」という組み合わせで兼部することを想定していたのだが、あの魔王の煽るような動作と表情に、俺は不安を感じていた。


 五限終わりのチャイムが鳴り、各々が部活動見学の移動を始めたり放課後に遊ぶ計画を立てたりしていた。

 少し疲れてぼーっとしていると、魔王が話しかけてきた。

「ほい」

「これは?」

「琴。魔道具じゃなくて純粋な楽器だけどな。パンフレットを見た感じ、弓道部に行こうかとしてたみたいだけど、弦楽部も迷っていただろ。弦楽部はセンパイ達が新入生歓迎の演奏をするらしいが、今週は今日だけらしいじゃないか。そっちに行こう」

「……」

 俺はただ琴を見つめていた。

「なんだ、我の見繕った琴じゃ不満か?まあ、たしかに楽器は自分で楽器店で手に馴染むのを探すのが一番だろうが――」

「なんで」

「ん?」

「なんでそんな、普通の友人みたいに話しかけるんだ。お前は。

 俺には、そんな心の余裕なんてないのに。そうやって心を乱して、何が楽しいんだ。快楽殺人と同じような気持ちなのか?」

 ただ俯いて、そう言った。

 数十秒、いや、一分は経ったというのに、魔王からの返答はなかった。俺は恐る恐る、机に俯かせた顔を持ち上げて魔王の顔を見た。

 ただ魔王は、少し憂いを帯びた表情で、俺のことをじっと見つめていた。さっきの俺を非難するわけでも、入学初日の別れ際の用な冷たさもなく、ただただずっと俺を見ていた。

 俺が視線を合わせても、表情は変えず返答もなかった。

「とりあえず。琴を見繕ってくれたからには、使わせてもらおう。楽器に悪いからな」

「そうするといい」

 魔王は少しだけ口元に笑みを浮かべたあと、無表情に戻って自分の席に移り、自分の楽器を準備しはじめた。


 弦楽部は基本的に一般教室で行っているらしかった。

 この高校では、一番規模の大きい音楽系部活は吹奏楽部で、そこが音楽室を独占している。

 二番目は合唱部で、吹奏楽部の合間を縫って音楽室を使うか、教室を使った。

 三番目が弦楽部で、一年の教室をいくつか陣取って活動していた。今回は俺(と魔王)のクラスで体験会を開いていたため、移動の手間はなかった。

 ちなみに軽音楽部は「近所迷惑」との理由で発足禁止となっていた。しかし音楽をやっている身としては、吹奏楽の音量のでかさを考えればそれが"一番"の理由ではないだろう。おそらく音楽教師の頭が硬いのと、吹奏楽部の練習場所独占が理由と思われる。

 そんな考察をしていたら、弦楽部の面々が集まって演奏を始めた。曲はパッヘルベルの「カノン」である。

(あ……)

 学校で何度も感じるデジャブ――実際に二度目なのだが。そういえば、この高校の弦楽部は結構下手で、弦楽部としての評価は「弱小」と言わざるおえなかった。

 そっと魔王の方を見ると、露骨に嫌そうな顔をしていた。

 

 しばらくして新入生側がなんの楽器を希望するかを聞くコーナーになった。魔王は部のレベルに失望したのか、少し一年生集団の後ろ側に身を引いて目立たないようにしていた。

 俺は魔王から譲り受けた琴を取り出した。

「琴での弾き語りとかで使うことを主に弾いているので、弾き語りなどを中心に活動したいですね」

 言い終えると何やら気まずい空気が流れた。

(うわ、おいどうするよ。うちはヴァイオリンとかヴィオラチェロの"弓"で弦を擦る楽器で四重奏とか演奏する団体って、普通わかるじゃんか!ちょっとズレてるやつ来ちゃったよ〜)

 ヒソヒソ声、内容丸聞こえだぞ。一周目の俺だったら確実にトラウマだったろう。いや、割と今も傷ついているのだが。異世界で吟遊詩人として活動してから音楽を始めたので、いまいちこっちの事情を把握出来ていなかった。

 微妙な空気は一年側にも流れ、少し痛いやつを見る目がこちらに向けられた。

「ちょっといいですか」

 魔王は前に出て、自前のヴァイオリンを取り出した。

「彼の琴はかなり腕がいいんですよ。"よく私とセッションもしていてね"」

 今、なんて言った。一緒にセッションしていた?

 魔王の顔を見ると、顎でクイッと琴を構えるよう促されるのみだった。

「それでは――『オリオンとアルテミス』の曲を。相羽、歌うのはどうする?……いや、今は私が歌唱部の旋律もヴァイオリンで演奏しよう」

 魔王はヴァイオリンを構えた。俺は異世界で遠距離攻撃の強化魔法をする際に演奏していた、ギリシャ神話の歌の伴奏を爪弾いた。


 どうやら、異世界は少なくとも古代ギリシャ神話辺りまではこの世界と同じ歴史を歩んだようだった。

 魔法が実際にあった世界だから大きく分岐したのか、それともこの世界から魔法が無くなった結果こちらが「科学世界」になったのかは分からない。ただ、この歌は星座などを調べたりしている人には伝わりやすい題材であった。


「……すご」

 一年は羨望の眼差しで魔王の演奏を聴いて、見ていた。二年以降は呆然の顔色の方が強かった。この世界の音楽に疎いと言っていてもわかる。明らかに魔王はこの世界なら一級のプロとして活躍出来る腕を持っている。

 演奏し終えると、拍手喝采が起きた。どことなく二年以上の人達の半数くらいに妬みの顔色があるのは気のせいではないだろう。

「あ、この後用事があって、もう帰らないと行けないんです。相羽もそうだろ?時間」

 魔王は無表情に視線をこちらへ向ける。

「……そうですね。すみません。演奏を聴いて頂きありがとうございました」


      *      *


 翌日の放課後、俺は弓道部の体験入部に参加することにした。アーチェリー部の体験は明日だ。

 魔王の動向が気になり教室を見回したが、既にどこかに移動したようで、魔王の姿は見当たらない。

「あ、弓道部に入るんだ」

 パンフレットを広げていると、楓がそれを覗き込んで俺に話しかけた。

「まだ模索中。文芸部もありかなあと思ってるけど、あそこは兼部OKみたいだし。運動系は弓道とアーチェリー部とどっちかかなあって感じ。楓は剣道部一択か?」

「ん、まあね」

 少し濁した返答をして、楓は帰路に就いた。たぶん『文芸部に入りたいが、剣道部との両立は難しそう』と考えているのだろう。自分の部活が決まれば、助け舟を出してみようかな。


 ここ数日、二度目の高校生活を満喫していたわけではない。異世界でパーティだった残りのメンバーを探していた。この高校で、一人を除いて見つけることが出来た。

・魔法使い:⚪︎(発見済み)

・格闘家:⚪︎

・槍使い:?(未だ見つからず)

 槍使いの『タツキ』をこの世界――高校時代の俺の世界でみつけることは出来ていない。ただ一人見つかっていないことに違和感がある。

 異世界でタツキは魔法使いのメイドをしていた。こちらでもなにか関わりがあるかもしれない。違うクラスだが、何とか魔法使いの写し身と交流を持って探って行きたいと思っている。


      *      *


「弓道には射法八節と言うものがあり――」

 体験入部だというのに、初日から弓道の心構えや作法の指導をされた。別に、それ自体を否定したいわけじゃない。しかし、弓道の"道"の部分を初日から見せつけられると、実技を求めている自分としては、しんどいものがある。

 『これはアーチェリー部に入りそうだな』と独り言を言いながら、ふと弓道部出入り口の方を見ると――帰りたい気持ちが動きに出ていたのだろうな――魔王が校舎裏で、あのキューブ状の魔道具を取り出している姿を捉えた。

「――!」

 俺は体験会をそっと抜け出して、魔王に近づく。木陰に身を潜めて様子を伺った。

 魔王は、キューブから映像を空中に照射し浮かび上がらせた。

 そこには、辺りが火事に見舞われたような光景が広がっていた。カメラが切り替えられると、顔から大量に血を流した槍使いの『タツキ』が絶望の表情で途方に暮れている姿が映った。

 

 ――『せっかくの青春二週目だ。異世界での経験も含めて、こっちの生活で無双するのが良いだろうね。今の君にとって学校生活は苦にならないはずだ。せっかくの人生やり直しの機会を棒に振るのはいただけない』

 

 脳内に、入学初日に魔王が囁いた言葉がリフレインする。その言葉に嫌悪しながら、ゆっくりと弓道部の弓矢に手をかけ、弦を引いていった。さっきまでの悪態とは裏腹に、的を狙う心は射法八節をなぞらえていた。

 弦を引き切りそうになった時、不意に真後ろから矢を鷲掴みにされ、八節は止まった。

「久しぶり、アイバ、こっちでは『相羽』って書くのか。いいね」

「お前!」

 背後をとったのは、異世界で魔王の助太刀をした側近であり、時間逆行を食らう原因になった人物である。

「あの時と同じだな。背後をとられるなんて、やっぱり狩人としてはまだまだ二流だね?」

「ルージュ、まずは挨拶したら?」

 魔王はキューブを仕舞いながらこちらに近づいてくる。

「どうも、魔王の言った通り、彼女の友人兼部下をやってます。ルージュです」

「友人……」

「おや、信じられませんか。国のトップに立つ人は必然的に役職上対等な人はいませんからね。それでも友人ですよ」

 そう話していると、弓道部から顧問の教師が出てきた。

「おい一年生何してる!勝手に道具を持って弓道場から出ていくなんて」

 顧問が怒鳴って近づくと同時に、魔王が猫を被って駆け寄ってきた。

「すみません、私が彼に弓道場がどこか連絡して聞いていたんです!ただ口頭だとよく分からなくて外に出てきてもらって」

「まったく、次はないからな!」

 顧問は俺から弓矢を奪って(もちろん弓道部の道具なのだが、気持ち的には奪われた気分だ)弓道場へ戻って行った。

「ああ言ったからには我も参加しないとな。弓道着姿も似合うと思わないか?」

「様になると思うよ」

 魔王は弓道場に入っていった。ルージュと呼ばれた男性はふと辺りを見回すと既にその場から消えていた。


「二度も君に助け舟を出した訳だが」

 体験入部が終わり帰り際、魔王は俺に話しかけた。

「なかなか学園生活というのも面白いね?」

「お前、俺以外のパーティメンバーは、殺したのか?」

 魔王に流されないよう、怒りを抑えて問いただす。

「話の腰を折るなよ。残念だが我が今言葉を紡いだところで証拠は何も無い。言葉で伝えるだけ無駄だ」

 そう言って冷たい眼差しで俺を一瞥した。

「それでも話してみるべきだと進言するよ、オーガスタ(魔王のこと)」

 姿を消していたルージュが、またふと現れた。

「ルージュ、それは現時点で不要」

「しかし――」

 魔王とルージュが互いの目を離さず衝突する。自分に関わることなのに内容を把握できない俺はただ歯がゆく眺めることしか出来なかった。

 魔王はため息をついたあと、キューブを取り出して俺に向き直った。

「御免。どうしても今は言うことができない。代わりにあるものを渡す」

 ――ごめん?魔王が謝った?

 あの『フィンア帝国の魔王オーガスタ、大量虐殺の犯罪者』とは思えぬありえない言動に動揺してしまう。

 魔王は、キューブから魔道具ライアーボウ(琴弓)を取り出した。

「それは!」

「正真正銘、相羽が異世界で愛用していた魔道具だ。この世界では君は魔法は使えないだろうが、弓として、楽器としてもこれを使いたいだろう。入念に調べてくれてかまわない。ああ、でも、もう物陰から弓矢で狙うのはやめて欲しい」

 魔王は俺に琴弓を突き出した。

「いらないか?」

「これで仲間のことは手打ちにしろと?」

「……今は詳細は話せない。ただ殺害というような危害は加えていない。しばらくは魔道具の返却という行為で引き下がって欲しい」

「くっ……」

 俺は琴弓を受け取って、その場を後にした。


      *      *


日本 西暦二〇XX年四月X日

記録四日目

筆:魔王直属部下にして友人ルージュ・フイユ


「それにしても、キューブの映像が魔力のないアイバにも観れるとは。異世界から来たから?」

 弓道場での不可解な出来事を魔王オーガスタに確認する。

「それもあるだろうし、キューブから漏れ出る魔力が状況を相乗しているような気がする。そうなってくると、あの魔道具でそのうち魔力のこもった矢を放って来るかもしれないね」

「その時はまた不意打ちで驚かせますよ」

「……」

「まさか、そのまま俺に何もするなと言うんじゃないでしょうね。彼は現時点で、そこまで託せる人間じゃあないですよ」

「別に、何度も言うように『観察』そのものが目的だ。我がそれ以上を望むものか」

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