俺の同級生は異世界の魔王
彩色彩兎
第一話「魔王討伐"失敗"」
第一話「魔王討伐”ならず“」
Side:異世界
『弓使いアイバ』とは、今から物語る話の主人公だ。
アイバは勇者率いる魔王討伐パーティの一人であった。パーティは以下の五名。
勇者
魔法使い
弓使い(アイバ)
槍使い
格闘家
彼ら彼女らは隣国の王の命によって魔王討伐の旅を行い、五人の内一人もかけることなく、魔王城への侵入に成功し、魔王オーガスタスと対峙した。
「数々の民の虐殺、圧政を行ってきた貴様に交わす言葉などない!くらえ!」
格闘家が血気盛んに魔王に飛びかかった。残り"三人"もそれに追従した。客観的にみれば、この討伐パーティが若干押されている形に見えただろう。ただし、弓使いが見当たらない。なぜなら彼は遠距離攻撃タイプだから。弓使いのアイバは城の柱を素早く移りながら攻撃の隙を伺っていた。
「うおおおおお、これでどうだ、魔王!」
「くっ!」
槍使いの攻撃のあと、魔法使いが火炎放射魔法を杖先から放った。魔王はこの二つの攻撃をなんとか凌いだ。
「今だ、アイバ!」
魔法使いの合図で弓使いアイバが弦を引く。魔王の姿勢が崩れている今、アイバにとって絶好のチャンスだ。
しかし、彼らは自分たちが複数パーティできたのに、相手が複数でいるとは考えなかったのか。いや、考えたところで仕方がないのだろう。事実弓使いが攻撃する瞬間まで魔王一人しか認知出来なかったのだから。
「そ、そんな」
アイバから声が漏れ出た。“俺”は素早く弓使いの背後をとり、魔法のロープで弓使いをがんじがらめに拘束していた。
「ルージュ、素晴らしいタイミングだ!」
魔王は俺(ルージュ)に賛辞を送った。
討伐パーティが狼狽えている間に、魔王は懐からある魔道具を取り出した。その魔道具は立方体・キューブ状であり、黒地に緑色の紋様が至る所に刻まれている。
「χρόνος(時よ)」
魔王が言葉を唱えると、緑色の紋様が発光していき、魔力が溢れ出す。キューブを突き出して弓使いへ飛びかかり、光は俺(ルージュ)、弓使いアイバ、魔王の三人を飲み込んだ――。
* *
Side:現代日本
「ちょっと、高校入学初日になに寝坊してるの!」
ここ数年間全く聞き覚えのない、懐かしさのある声で目覚めた。寝ぼけ眼に状況を考える。
弓使いアイバとして戦っていた俺は、魔王の援軍に気づかず背後を取られ、魔王に攻撃された。キューブ状の魔道具で。もしやこれは走馬灯?ああ、かつて日本で世話になっていた母親の姿が見える――。
「いい加減起きなさーい!」
「うわ!」
母は布団をひっぺ剥がし、カーテンを開けて眩しい日光を部屋に入れた。
「ここは、俺の部屋?」
「なに寝ぼけてんの、普段僕っ子でしょ!
それより支度!高校入学初日から寝坊なんてああ情けない」
「高校……入学……?」
「ええい目を覚ませ!」
母親に寝癖直しのスプレーを強引にかけられた。高校?高校って言った?気だるい身体を持ち上げて、鏡の前までふらつきながら向かう。確かこの家の洗面台はこの方向だったはず。
そうして鏡の前に立って、ようやく自体が読み込めて、急激に覚醒していく。
「なにボケっとしてるの、はい歯ブラシ」
鏡の前には、本来の自分より十歳も若い、十五歳の俺が写っていた。
目は覚めたが、頭は依然混乱したまま玄関から外へ放り出された。
俺の名前はアイバ・ペルザギス――というのは"異世界"での活動名で、この日本での生まれの名は『相羽結(アイバ・ユウ)』だ。二十歳の時に異世界に転生した。交通事故に巻き込まれて。だから、単純に『転生から日本に戻ってきた』わけではない。
時間が、
十年間、
巻き戻っている!
頭の中が落ち着かず混乱しっぱなしだ。なんとかして、異世界転生を『自分自身の時系列』で振り返る。
大学生は文学科に進学した。
しかし、世間一般に言われている『私立文系は楽、モラトリアムの満喫と四年間の自由を謳歌する』という生活に適応出来なかった。
・容量が良くないのに変なところで生真面目
・そのくせ試験やレポートは一夜漬け
・飲食店のバイトと学業の両立ができず共倒れ
それでも変な真面目さは捨てられず。いまいち成績も上がらずボロボロになっていた。
「おい、誰か引かれたんじゃあないか!?」
ある日、徹夜でフラフラのまま歩いていたら、交通事故に巻き込まれ、異世界に転生してしまった。
異世界では、ジョブに「吟遊詩人」があった。『ヒーラーかな?』という浅い考えと、生前の文学部の流れで吟遊詩人になった。
生前の知恵が役立つかと思ったが、上手く立ち回れない。
一つ。まず詩人なので詩を『詠む』必要がある。韻を踏む必要がある。
二つ。次に伴奏をつける必要がある。楽器が演奏出来なければならない。
三つ。異世界の歴史を知らなければならない。詩を詠むことは神々や強力な魔獣の力を譲り受ける行為だから。
当然パンクしてしまった。
「おいおい、それじゃあ全然パーティの全体強化にならないぜ!」
「むしろデバフだな。あんまりパーティの空気にも馴染めてないし、心苦しいが、クビにするしかないだろう」
「もう来なくていいよ」
……。
しかし思い切りがない俺は全く違うジョブにチェンジする勇気もなかった。
「ヘイそこの兄チャン!楽器持ち歩いてるのを見ると吟遊詩人だね!
ちょっと今生活が厳しくてさ。この魔道具、買ってくんない?」
冒険者組合の裏路地で、アーチャー(弓使い)の狩人からある魔道具を押し付けられた。曰く『俺は弓は扱えても詩人じゃあないからこの類の道具は手に余る!』だそうだ。
詩人として二流だった俺は買うのを躊躇ったが、同時にその魔道具の奇妙な形状に心惹かれたのである。
「触っただけで交渉成立とかないですよね?その魔道具、武器としての弓矢と楽器の琴が一体化している?」
「お、お目が高いねえ!音を奏でるための弦と、弓の弦が並んでいるのさ。面白いだろ?」
こういう珍妙さとかっこよさの同居した道具に、生前から惹かれてしまうのである。恐る恐る手に取ると、今までの楽器よりなんだか馴染む気がした。
「音を鳴らしてみよう……うわ!」
試しに爪弾くと、指先に魔力が集まって一本の矢となり、弦を弾いて『ポロロン』という音とともに空へ矢を放った。空中にいた鳥の魔獣に命中して落ちてきた。
「音の魔法で矢の威力を増強しているのか」
「一発でここまで見抜くとは。マジで合ってるよ兄チャン!」
こうして、吟遊詩人のジョブのまま兼任できる『アーチャー』にありつくことができた。詠う時に使う『琴』と、矢を放つための『弓』の両方の機能を有した魔導具『ライアーボウ(琴弓)』を入手したのだ。
――自分にあった、相棒と言える道具というのは、とても大事だな。
以来、両方の技術から自分が行えるスキルのいいとこ取りをして、冒険者として立ち回った。おかげで勇者カエデと出会うことができ、魔王討伐の仕事にありつけたのである。
「まあ、正直にいうと、弓使いとしても、吟遊詩人としても二流だよ?でも、両者の技術を上手く切りかえて戦う冒険者としては及第点だね」
普段から厳しめの評価をするパーティメンバーの魔法使いから公評されたのはとても嬉しかった。及第点と言われても、日本でさえ得られなかった必要とされるような行動が取れたのだから。
高校の一年生の教室に入る。
自分の過去を何度も回想しているが、悪魔の声が聞こえてくる。
「全部妄想だったんじゃないか?」
「精神系の病気なのではないか?」
声が聞こえる度に顔を横に振った。そもそも、大学まで行って学問を収めたことの整合性が取れない。たしかに落ちこぼれだったが、それでも高校生よりは明らかに進んだ内容の学問を収めていたんだ。それに、この状態で入院から現実に戻って学校に送り込まれたなら、普通科高校に"普通"に通学させているのはおかしい。
再度周りをキョロキョロと観察する。何も変化はない。
「幻覚オチじゃあ無さそうだな」
そうしていると、自分の席の目の前である女子生徒がノートを落としてしまい、慌てていた。
「あ、ごめん!拾ってくれてありがとう。私の名前は幸田楓ね、よろしく」
「……相羽結だ。よろしく」
幸田楓、カエデ。そう、彼女は『勇者カエデ』の写し身だ。
ただ、同じ魂だろうが、同一人物ではない。
この日本と、向こうの異世界はパラレルワールド的特徴があった。顔の似た、おそらく魂の同一な人間が相互に存在している。
『魔法が理の世界』
『科学が理の世界』
環境が違うので、それに伴い性格や価値観のズレは出ている。異世界での魔王討伐パーティのうち何人かは、この高校にいた人物に写し身であった。カエデもその一人である。異世界転生前は人との交流が乏しかったが、この高校は約千人が在校しているので、探せばどこかに他のパーティメンバーもいるのかもしれない。
――もう深く考えるのはやめよう。疲れた。
しばらくこの環境を享受して、そこからまた考えよう。
チャイムが鳴り、担任の教師が入室し、クラス全員の自己紹介の時間になった。自分は『相羽』なのでトップバッターだ。デジャブを感じる。いや実際に二度目なのだが。
「相羽結です。『結ぶ』と書いて『ゆう』と読みます。趣味は読書と、アーチェリーをやっています。よろしく」
無難な自己紹介にしようと思ったが、アーチェリーは自己紹介として異質だったな、と発言してから気づく。ここは現代日本なのだ。数人の男子の『アーチェリー、弓?』『かっけえ』という小声が止んだあと、後続の自己紹介が続いていく。
「幸田楓です。中学生のころは剣道をやっていました。趣味は読書です」
勇者カエデの特徴ともそれなりに一致する自己紹介を終え、楓も席に着いた。
異世界に行ったあと、最初は彼女も転生の身かと思ったが『ただ世界の仕組みとして同じ魂が相互にある』という話のようで、ここにいる彼女と勇者カエデは“別人”であった。
こうして、『アーチェリー』という少しのノイズが入った程度で、過去の自分が体験した入学初日と同じ光景が進んでいく。そう、思っていた矢先。
「先生、全員揃ってないのに自己紹介をはじめるんですね」
手元にヴァイオリンケースを携えた女性が堂々とした出たちで教室に入ってきた。
「あ、すまないね、みんな、海外からの転校生なんだが、学習のリズムが日本と違くてね。本人了承の元一年生の始まりから共に学んでいくことになった。では自己紹介よろしく」
担任の紹介で注目が一段と集まって中、“ここにいるはずのない女性“が壇上で名を提示した。
「マオ・オーガスタスです。イタリアとのハーフです。最近日本に帰化しました。趣味はヴァイオリンです。よろしく」
彼女は、
マオと名乗った女性は、
一週目の高校生活では確実にいなかった『異世界の魔王オーガスタス』と同じ声、同じ顔をしていた。
自己紹介時間が終わりしばらくして、学校初日の放課後の時間になった。女子たちが数グループに集まって既に新規の友人網を作り始める中、マオ・オーガスタスと自己紹介した女性はそうそうに教室を離れる。
――魔王なのか確認しなければ!
駆け足で教室を出て、マオを追った。マオは女子トイレに入っていった。
「もし他人の空似ならやばい変態か俺は?」
トイレの向かいの壁際で少し待った。
「――はい、しばらくそのように立ち回るように」
マオは誰かと通話しながらトイレから出てきた。通話を終えたのを確認すると、俺は声をかけた。
「あの」
かけてしまったことでふと気づく。俺の過去の記憶の入学式にこんな女はいなかった。だからもう何かしら事情を相手がわかっているだろうという前提で話しかけようとしていた。
本当に?
相手が魔王ではなく、本人が事情を把握していなければ、俺はわけも分からず二週目の高校生活に飛ばされて、初日から同じクラスの女生徒に変な絡みをしたヤバイやつ?
声をかけたのにその後硬直していると、俺の挙動をみ見たマオがなにか思案しながら近づいてきた。
「んー、もしかしてどこかであった?」
「えっと、うん、それについて聞きたいなと……」
「?」
自分の中で、どんどん気持ちが沈んで行く。『お前が魔王か?』って聞くんだ、聞け!
「昨日会ったよね?」
どっちにしろダメな質問だ。相手が当事者でなければこんな聞き方でも入学初日でナンパしてきた痛いやつだ。
落ち込んで自責している中、マオのスマートフォンが鳴った。
「あ、ちょっと待ってな?もしもし、はい、はい。なるほど。実際にあの『魔法』を使うことは初めてだったからそこに気を配れていなかった。記憶の混乱か。助け舟助かる。それじゃあまた後で」
何事もなかったかのように、通話を切って鞄に戻した。
「それで、なんだっけ」
「お前は魔王か!?」
「なんの話?ゲーム?ってとぼけても面白そうだけど、本来の目的から脱線したり、君を必要以上に壊してしまうのも良くないな。その通り。異世界のフィンア帝国魔王オーガスタスだ」
「!!一体なんの目的でこんなことを――」
「それより、たぶんこの世界に来た直前の記憶がないんじゃないか?『時間逆光』の呪文を使った時も『異世界転移』が起きた特はそれに伴う記憶の混乱が起こるってことを失念していたよ。てっきり我を一目見た時点で何が起きたか大凡把握出来ているかと。これを見れば思い出せるか?『時間逆行』の魔法のために使った魔道具なんだけど」
魔王オーガスタス(マオ)は目の前に一辺十五センチメートルほどのキューブを取り出して、魔力を込め少し発光させた。
俺はその光景を見て、忘れていた記憶が一気に蘇ってきた。視界が歪み自立できなくなったのを、オーガスタスは腕を持って支えた。
「意識飛んでない?大丈夫みたいだね」
「……おまえ」
「あー怖い、急に憎しみの相手を見る目になってしまった」
「なぜこんなことを」
「それを教える気はさすがにないな」
「ほかの仲間はどうなった!」
「それを言ったところで信じて貰える証拠がないな」
俺の質問に魔王は淡々と応えていった。言葉を詰まられていると、魔王は俺の耳に口元を近づけ囁いた。
「せっかくの青春二週目だ。異世界での経験も含めて、こっちの生活で無双するのが良いだろうね。今の君にとって学校生活は苦にならないはずだ。せっかくの人生やり直しの機会を棒に振るのはいただけない」
「っ……」
俺は、魔王の誘惑に必死に抵抗した。甘い吐息が、判断を鈍らせる。
「まあ、そういうことで、
しばらく君のことを観察させて貰うから、
よろしく、
相羽」
魔王は耳元から離れると一転して、冷たい表情で俺を見下ろしながら無感情に言い放った。
「それじゃ、明日からはクラスメイトの『マオ』として接してくれよ」
その場に膝をついて動けない中、魔王は玄関の方へ向かい、校舎から出ていってしまった。
* *
フィンア帝国二〇XX年XX月XX日
記録一日目
筆:魔王直属部下にして友人 ルージュ・フイユ
とある人物の動向を記録するよう魔王から命を受け、それを引き受けることにした。
少しだけ俺のことを書こう。
俺は『ルージュ・フイユ』という名を魔王オーガスタから貰い活動している。魔王の部下である俺が『魔王オーガスタ』と彼女(オーガスタス)を愛称で呼ぶことに違和感を持つかもしれないが、これは『我々は芯の部分では対等な友人関係であるのだから敬語などいらない』という魔王との取り決めである。慣れて頂きたい。
自己紹介はここまでにして、実際に本記録で追う人物について紹介しよう。
名前:アイバ
ジョブ:吟遊詩人
戦闘クラス:弓使い
使用武器:ライアーボウ(琴弓)
出身:科学が理の世界。
備考:科学世界での名前表記は『相羽結(あいば・ゆう)』
魔王の時間逆行魔法により現代日本に再度転生した相羽を、記録していく。
日本 西暦二〇XX年四月五日
記録二日目
筆:魔王直属部下にして友人ルージュ・フイユ
(前略)
……
魔王は校舎から出て数分後、キューブに魔力を流し、そこから『魔具ライアーボウ』を取り出して、古代ギリシャ神話の「オリオンとアルテミス」の物語を伴奏をつけながら口ずさんだ。
「その武器、相羽に返さなくて良かったのか?」
「今はまだ時期が微妙だな。もう少し自分の置かれている状況に迷いがなくなってから渡すべきだ」
俺はライアーボウを観察した。この武器にして楽器である魔道具はよく整備されている。相羽は本当にこの楽器を大事に扱っていたのだろう。
「果たして、君の言うように彼が”歩んで”くれるかなんて保証はどこにもないけどね」
「別に、"動機"は教えなかったが、我々の目的は『観察すること、そのもの』だ。彼が残念な道に進んだら、その時はその時なだけだね。そうしたらこれは貴方にあげるよ。ルージュ」
「いやあ貰っても……まあ楽器としてならありがたく使わせていただくよ」
魔王は悲しそうな表情で魔道具をキューブの中にしまう。姿隠しの術を使い、一般人から身を隠した。
俺の今日の活動もそろそろ終わりとしよう。
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