第9話
「……まったく、無茶な条件をのむんだから」
「無茶でもなんでここはやるしかねぇだろ」
シーリスの背中を見送ると、ガウェインが受付のカウンターに再び体を向ける。
「受付嬢さん、申し訳ついでにもう一つ。--訓練場を使わせてください」
「えっ!!? 今からですかぁ??」
コクリと頷く。
「はぁ……、事情は分かりませんがしょうがないですねぇ。ギルドマスターに話をしてくるので、先に行っててください」
受付嬢が去り際に、私の帰る時間が、などとブツブツ言っているのが聞こえたが、ジンもガウェインも聞こえないふりをした。
二人は早速訓練場に移動する。
使用者のいない訓練場の
「なぁガウェイン、もしもの時、お前は逃げろよ。お前の持つ力は特別だからな。俺なんかよりも遥かに役に立つだろ」
「らしくないね? いつも強気なジンが臆病風に吹かれたのかい?」
「なっ、ばかやろ! 俺はいつだって真剣だ!」
「ふふ、わかってるよ」
ジンにとって『仲間を守り、弱きを助ける』ということが一つのアイデンティティだ。
ただし守る・助ける対象の中に自分は含まれていない。
それがずっと危なっかしくてハラハラしているのはきっとガウェインだけではない。
「……よし、じゃあ始めようか」
頭を軽く振ってガウェインは精霊を呼び出した。
「ノーム」
少しの振動の後、訓練場の地面の一角が砂城が崩れるように穴が空く。
やはり隠し扉があったようだ。
空いた穴の先から、わずかな足音がしたかと思うと、スルスルと影が現れた。
その様子に急いでガウェインが光の精霊を呼び出し周囲を明るく照らす。
そこには目の光が消えたあらゆる種族の子どもたちが、武器を手に持ちジンとガウェインを囲むように立っていた。
数はおよそ二十人ほど。
「おいマジか……」
瞬きほどの時間。
つぶやいたジンにナイフが迫る。
肉薄した影は片刃のナイフを器用に操り的確に急所を狙っていた。
一流の暗殺者のような動き。
それが波のように次から次へと押し寄せる。
その攻撃をジンは盾で受け、剣で流し、ステップで躱す。
時折、柄尻で相手の顎を打ち抜くことで意識を奪っていく。
「ちっ! ガウェイン!! こいつら……」
「わかってるよ! 眠りの精霊、力を貸してくれ!」
ガウェインは自分に近づいてくる前に精霊の力で眠らせたり、地面に拘束したりして数を削っていく。
ドワーフ。
竜人。
獣人。
ほとんどが亜人の子どものようだった。
ガウェインの脳裏にあの夜の馬車が浮かぶ。
違法奴隷。
彼らはラーデン島のあちこちから集められた子どもたちで間違いないだろう。
この様子だと何らかの処置をされて、自由意思を持たない強化人形にされてしまったのだろう。
やってくれる。
子どもたちに何をしたのか。
暴れる心を押さえつけ二人は冷静に対処していった。
やがて、動く影は三つにまで減らすことができた。
「おい」
「……あの三人は雰囲気が違うね」
残った三人は明らかに他の者と雰囲気が違った。
どうやら指示を出すリーダーの役割だったようで、数の差を対処し切ってみせたジンとガウェインを明らかに警戒していた。
パチパチ。
「ほっほっほっ、やりおる、やりおる」
いつの間にそこにいたのか、訓練場の一角から手を打つ音と老人のシワがれた声が聞こえてきた。
「ほんとにねー。よくこの数を殺さずに制圧できるねー。殺した方が楽だろうにー」
茶化すような調子で、シワがれた声と反対側から女の声が聞こえる。
まるで舞台袖から上がる俳優のように、その二人は姿を現した。
「よもや
「ちょっとー、アタシも遊びたいんだから一人占めはダメだよー。そんなことしたら殺しちゃうからー」
「……しょうがないのぉ。死ななかったらどっちかは譲ってやるわい」
「さっすがー」
ちろりと舌なめずりをする。
そこにはモノクルの女性が立っていた。
「あんた……」
ジンが不快感をあらわに女性を見る。
その女性は先ほどカウンターでやり取りを交わした受付嬢に他ならない。
「いやー本当は無関係で通したかったんだけどねー。でも、アタシにも立場ってものがあるからさー」
「……立場?」
「これ、喋りすぎじゃ。ワシらは人攫いで、お主たちはその企みを潰すために来た正義の味方。この構図だけで十分じゃろ?」
老人がカツンと手に持った杖で地面を叩く。
すると、今までの子どもたちとは比べものにならない速度で三つの影がガウェインに迫る。
「そいつらは、ワシのお気に入りの個体での。先ほどの出来損ないどもと一味違うぞ?」
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