第8話

 黄昏時たそがれどきも大分過ぎた。

 冒険者ギルド内に残っていた人たちが一人、また一人とギルドの扉をくぐり夜の村へ消えていく。


 ギルド内には、蛇蝎だかつの四人がテーブルに座っていた。

 つい先ほど、魔術師のキアラに続きビギンズが目を覚ましたところで、全員昼間の散々な結果に気落ちしていた。


「まじかよ……。俺が寝てる間にそんなことが」

「すまん、ビギンズ。勝手なことをした挙句、蛇蝎だかつのパーティ名に泥を塗っちまった……」

 項垂うなだれているのは、激しく攻め立てていた手甲をつけた男だ。

 昼間の勢いは見る影もない。

 自信を持っていただけに、あっさり負けたことにショックを隠しきれないらしい。

 その様子を起き抜けに見ていたキアラは意外な気持ちだった。

(知らなかった……。イブラって結構繊細だったんだ)


「リーダー、イブラだけ悪くない。俺とキアラ止めなかった。悪い、いうなら三人とも」

 浅黒い大男のダインもビギンズに頭を下げた。

 彼はラーデン島の外から流れてきた元・大陸の傭兵だ。

 言葉を覚えて会話はできるようになったが、外からの人間特有のぎこちなさは消えていない。

 記憶がないため進んで自分のことは話さないが、仲間思いの男であることは間違いない。

「あー……この流れだとアタシも悪いよね。ビギンズ、ごめん!」

 パンと両手を合わせて頭を下げる。

「いや……元々は俺のせいだ。しかも真っ先にやられちゃ世話ねぇ……。どう考えてもこの中では俺が一番悪いだろ。すまん」

 ビギンズは誰よりも深く頭を下げた。


「おいおい、反省会やるのは止めねーが、ギルドはもうそろそろ終いだ。お前らのホームに帰りな」

 そんな重い空気の中、決闘の審判を務めたルガードがボリボリと頭を掻きながら奥の仮眠室から出てきた。


「ルガードさん……」

「……『さん』はいらね、って何度も言ったよな? もうお前は俺のパーティメンバーじゃねぇ、そもそもそのパーティも解散しちまってるしな」

 どうやらビギンズはかつてのルガードのパーティーメンバーだったようで、いまだにその時の癖が抜けていないらしい。

 基本的に名前は呼び捨てにするのが、冒険者の世界ではスタンダードだ。

「まっ、先輩後輩のよしみだ。少し昼間のことについてアドバイスしてやるよ。ただし、ギルドの外でな」

 そう言ってルガードは顎をしゃくって出口を指した。

 意外と面倒見がいい人なんだ、とまたしてもキアラは驚くのだった。


 モノクルをつけた受付嬢ベッキーはルガードと蛇蝎だかつのそんなやりとりを横目に見ていた。

 彼らがギルドを出て行ったあと、入れ替わるように入ってきた三人を見て彼女は胸騒ぎを覚える。


「あの、昼間はどうも」

 金髪の、確かガウェインと呼ばれていた少年が受付にきて軽く会釈をする。

「遅い時間に申し訳ありません。ちょっと聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

「一応言っておきますが、もう終わる時間なんですけどぉ……」

「わかってます。そんなに時間は取らせませんよ。……フェンという名前についてお聞きしたいのです」

「はぁ、フェン?ですかぁ。その人が何か……、いえ、事情は聞かないでおきましょう。フェン、フェン……確かにどこかで見た覚えがありますねぇ」

 ベッキーはカウンターの中にある、分厚い羊皮紙の束を引っ張り出すと、パラパラとページをめくる。


 やがて、

「あぁどうりでぇ」

 とあるページで手を止めると、素っ頓狂な声を上げた。


「十年前に活躍したパーティのリーダーがフェンさんですねぇ」

「?! 本当ですか? 今、その方は何をしているかわかりますか?」

 こんなに簡単に手掛かりが見つかるとは思っていなかった。

 ガウェインは少し食い気味に再び質問を重ねる。


「わかりますよぉ、ていうかあなた方も会ってますよ? ……ルガード・フェン。昼間の決闘で審判をしていた職員ですぅ」


 話をさらに聞くとどうやらパーティを解散した後、ギルド職員となって冒険者同士のいさかいなどを調整する役目についたらしい。


「ありがとうございます。ちなみに、そのルガードさんはいますか?」

「今はいませんよぉ? すれ違わなかったですか? あなた方が来る少し前に出ていかれました」

 それを聞いてジン、ガウェイン、シーリスは顔を見合わせる。

「僕らのタイミングが悪かったですね」

 もしフェンが諸々もろもろの件の首謀者だったとしたら、異変を気づかれ援軍を呼ばれるのは大変にまずい。

 ガウェインが考えていることはもっともだ。

 ジンは唸る。


「あのぉ……ルガードさんがどうしましたぁ?」

 ただならぬ雰囲気を感じて思わず聞いてしまった。

「ああ、何でもないですよ。ちなみにルガードさんが行きそうな場所ってわかりますか?」

「そう言われても困りましたねぇ……。ルガードさんってあまりギルド以外で過ごすことがないんで、まったくわかりません」


「……しょうがないわね、二手に別れましょう。この際仕方ないわ」

 ガウェインとベッキーのやり取りを聞いて、シーリスが肩をすくめた。


「それだと本末転倒だよ。敵の数がわからないから、こうして僕らが協力関係になったんだろ? 戦力の分散は良くないよ」

「あら、でも万が一、そのルガードって奴が黒幕なら、異変に気付いた時点で逃げるか体制を整えて姿を現すか、の二択しかないんじゃないかしら? ……また別の場所で同じようなことが起こるわよ?」

 ベッキーに聞こえないように話し合う。

 シーリスは今回の犯罪組織は一網打尽にしたいと考えていた。

 シネイドの治世になって五十年が経つが、呪術国家ベルはまだまだ混迷の過渡期だ。

 一つ一つ確実に、犯罪の芽は摘んでいきたい。

 もちろんこの件の首謀者は片付けたい。


「--わかった。訓練場の方はなんとかしよう。その代わり、ルガードのことはシーリスに任せてもいいか? 」

「ジン! またキミはっ!」

 ガウェインが注意する中、ジンは力強くシーリスを見た。

「いいわよ。多分私が一番適任だものね。でも私にも条件があるわ」

「わかってる。捕まっているエルフは絶対に救い出す。……これでいいか?」

「十分。じゃあ早速別れましょう」

 シーリスは口角を上げると、足早に冒険者ギルドを出た。

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