第7話

 ジンたちがギルドを出た少し後の話。


「あやつがわざわざこの村のギルドマスターに会いに来たと聞いたが。いよいよバレたと考えていいだろうのぉ」

 ほっほっほと、まるで茶飲み話の延長であるかのようにシワがれた声がした。


「ほっほっほっ、じゃないんだけどねー。まぁそろそろ潮時かもって思ってたし、いいっちゃいいんですけどー。ホントにバレたのかなー?」


 二人がいる場所は陽の光が差すことがないため、はっきりとした姿は見えない。

 光源は壁に灯っているランプのみ。

 ゆらゆらと揺れる影からは、二人の体躯があまり大きくないことだけは見てとれた。


「まず間違いあるまいな。こんな辺鄙へんぴな村にわざわざあの『紅の異端姫クリムゾン』がいることが証拠じゃよ。あやつはシネイドの懐刀ふところがたな。偶然この村にいるということは、まさか考えられんわい」

 カツカツと杖を地面で叩くような音がする。

「随分詳しいねー」

「ほっ、まぁシネイドとは腐れ縁みたいなもんじゃからの。ワシの方でも事前に餌を撒いておいたから、近々釣れると思うぞ? 恐らく一人で行動を起こすなんて無謀むぼうなことはやらんだろうから、上で一緒に騒いだ連中はつれてくるかもしれんが……」

 問題なかろう? とでも言うように声が笑う。


「そうだねー。まぁやるだけやってみてダメならとんずらーって感じでいこーか」

 女は軽く答えているが、訓練場での戦いを見る限り彼らはまだかなりの余力を残しているようだった。

(ふーむ、一応の用意はしておこうかのぉ)

 少し黙り込んで、老人は次善の策を用意しておく事にした。

「大丈夫かなー? この体、出力弱いんだよねー」

 そんな老人の様子はつゆ知らず、女は闇の中で困ったように首をひねるのだった。



 怪しげな会合と打って変わって、マデリード村唯一の酒場『風見鶏亭』にジンたちは来店していた。

「−−じゃあシーリスも違法奴隷の件を調査しに来たんだ?」

「私もということはやっぱり貴方たちもなのね。色々気にはなるのだけれど、先に一つ聞きたいわ。貴方たちは何者なの?」

 敵? 味方? と暗に問うた質問だった。

「……僕らのことに関しては答えられない、って言ったらどうする?」

「どこかの三流みたいな真似はやめてくれないかしら? そんなことで貴方たちの評価を下げたくはないのよ」

 シーリスはワインが注がれたグラスを右手に持ち中身をクルクルと退屈そうに回す。


「……俺たちは解放軍の斥候だ。シーリスの敵か味方と問われれば、今回の件に関しては、--味方だ」

「ジン!」

「大丈夫。俺の勘がシーリスなら信用できるってよ」

「またその勘かい? ……まぁジンの勘はよく当たるからね」

 ガウェインはしょうがないか、とため息をつく。

「解放軍ね……。もう一つ聞かせてちょうだい。--貴方たちはこの国をどうするつもり?」

 解放軍の噂は呪術国家ベルまで届いている。

 彼らはラーデン諸国連邦を解体し、聖王国ギネヴィアを打倒するために各国で争いを起こしているという噂。

 場合によっては、今回の件以上に危険な存在になるかもしれない。

 そんな疑心暗鬼。


「シーリスの心配していることもわかる。だけどその噂には二つ間違いがあるね」


 一つ、解放軍はラーデン諸国連邦を解体しようとはしていない。

 二つ、争いを起こすのはいつも解放軍ではなく、国の方であること。


「より正確に言えば、将来的に解体までを視野に入れてるが、それは解放軍主導じゃなく各国主導で行われるべきものだ。俺たちの活動はあくまで各国に根付くギネヴィアの影響力を排除することにある。争いの原因は今回のような件が発端となることがほぼほぼだな」

 ジンはジョッキに注がれた果実水をぐいっと飲んだ。


「じゃあ、この国をどうこうするつもりはないのね?」

「ああ……。今のところは」

 真っ直ぐに見つめてくるシーリスの視線とジンの視線が交差する。


「……わかったわ。でもその言葉が嘘だったら、私は貴方たちとも戦わなければいけなくなる事を覚えておいて」

 シーリスはワインに口をつける。

 ジンは肩をすくめると、ガウェインにこの後のことを任せることにした。


「じゃあ、疑問も解消したことだし情報交換といこうか」

 空気を察してガウェインが仕切り直す。



「--なるほどね。そういう経緯でこの村にきたの……。出来過ぎね」

「そう言いたくなる気持ちもわかるけど……。実際は僕じゃなきゃわからなかったと思う」

「貴方だからわかった……ということは、精霊がらみね?」

「さすが、話が早くて助かるよ。そう、向こうから僕に精霊を使って接触してきたんだ」

「--シネイド様から、この村の情報を伝えた草の子が一人、行方不明になったていうのを聞いてるわ。おそらく、その子が捕まっていたのね……」

 ガウェインたちが違法奴隷の馬車を見つけたのが数日前。

 女王の元に報告があったのが一週間ほど前。

 時系列的にも間違いなさそうだ。


「……他には?」

「あとは首謀者らしき人物の名前を。どうやら首謀者はフェンと名乗っているみたいだね」

 ガウェインは周りに聞こえないように声のトーンを落とした。


「フェン、ね……。知ってる限り心当たりはないわね」

「だろうね。僕らもわからないから、ギルドに行ったくらいだからね」

 横目でちらりとジンを見る。

「……悪いな」

「何も言ってないだろ? あの騒ぎのおかげで少なくとも目的の一つは果たせたよ」

「……どういうこと?」

 シーリスは整った眉をピクリと動かした。

「訓練場でノームを呼び出した時に、地下に大きい空間があることを教えてくれたんだ」

「おーさすが相棒! 頼りになるぜ」

 ジンは自分のことのように嬉しそうだ。

「やたらと僕への期待値が高い人がいるからね」

 期待には応えないと、とガウェインは笑う。

「じゃあ、それを踏まえて今後の動き方を話そうか」

「そうね、場所がわかっているのなら早く動く方が賢明ね」

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