第4話

「な、何度も言いますが、ギルドマスターとの面会には正式なアポイントをとっていただかないとぉ……。それにギルドマスターは、今不在なのでどちらにせよ直ぐには会えませんよぉ」

美しいエルフを前に少し気後れしているのか。

モノクルの受付嬢は少しどもりながらだが、丁寧に受けごたえをしていた。


(……参ったわね。ギルドマスターに話を聞くのが一番早いと思ったのだけれど。とは言え他に信頼できそうな人っていないのよね)


受付嬢の返答を聞いてエルフの女性は顎に手をやり思案している様子。


「おい、ねーちゃん。随分景気の悪い顔してんなぁ」

 がなり声を立てながらカウンターにいるエルフにヨタヨタと半裸の男が近づいて来た。

 酒瓶をぐいっと煽る。

 かなり酔いが回っているようだ。


「ヒイイ、ビギンズさん、こっちに来ないでくださいぃ」

 また厄介ごとが増えてしまいますぅ、という受付嬢の心の叫びは伝わらない。


「なんでだよ? 俺とベッキーちゃんの仲じゃねぇかよー。混ぜてくれよぉ」

「呑んだくれてない時に言ってくださぁい! 前もお酒を呑み過ぎて女性にちょっかいかけて問題になってるじゃないですかぁ」

「んなっはっは! そういえばそんなこともあったような?? まっ、細けぇことはいいじゃねーか」

 どうやらこのビギンズという男は、酒が入るとダメになるタイプの人間のようだ。

 受付嬢の言葉はどこ吹く風。


 ビギンズは不躾にエルフの女性を見る。


「はぇーほんとに近くで見るとどえらい美人だぁ。ギルドマスターが戻ってくるまで、俺と呑んでくれよ〜」

 ビギンズは彼女の肩に手を置いた。

 そうされて初めて、彼女はジロリと男を見る。

「……触らないでくれるかしら?」


 一瞥いちべつしたエルフの女性はやはり美しかった。

 と同時に、無表情の美人はこんなにも恐ろしいのだと、ジンとガウェインはこの時初めて知った。


「おっほ、美人は怒っても美人だ。いいからこっち来いヨォほっ……」

 彼女の肩に手を置いた男は何事かを言い切る前に、間抜けな声を出して、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。

 よくよく見ると脳震盪のうしんとうを起こしたようで小刻みに指先が痙攣けいれんしていた。

「残念だけど、礼儀を知らない男って苦手なの。他をあたってちょうだい」

いつの間に手を動かしたのか、どうやら細剣の柄頭で酔っ払いの顎をしたたかに打ち抜いたようだ。


 ギルド内がざわつく。


「ビギンズ!?」

 急な事態に驚いて仲間らしき男が慌ててビギンズに駆け寄った。


 ビギンズが無事だとわかると、エルフの女性を睨みつけながら立ち上がる。

「あっああああの」

 ベッキーは精一杯の務めを果たすため声を震わせた。

「ギ……ギルドの建物内での揉め事は御法度ごはっとですぅ」

「この女から手ぇ出して来たんじゃねぇかっ!!」

「ヒィぃっ」

男は怒髪天を突くという様子だ。


 そんな雰囲気が漂う中においても、エルフの女性は気品を崩さない。

「……私がやったっていう証拠でもあるのかしら?」

 呆れるような素振りで首を傾げた。


 まさに一触即発。


(見ちゃいられねー)

「おーい、次がつかえてるんだよ。やるならやるでせめてカウンター前から退いてくれねーかな?」

 殺気が弾けそうな空気の中、声を上げたのは黒い髪を後ろでまとめた少年だった。

「……失礼。僕たちも急いでいるもので……。何せ村に着いたばかりで、この後、宿を探さなくてはならないのですよ」

 もう一人の明るい金髪の少年は申し訳なさそうに男を見る。


 その闖入者ちんにゅうしゃの登場にエルフの女性は目を丸くした。

「……テメェら、長耳女に肩入れすんのか? 」

「いえ、そう言うわけでは」

「肩入れも何もおっさんイタイんだよ。女相手に正直見てらんねぇわ」

 ジンの隣でガウェインがわかりやすくため息をつく。

(目立たないようにって言ったのに……)

 心の中で苦笑いを浮かべたが、なんとなくこうなる予感がしていた。

 何せ彼の相棒は勢いに流されやすいところがあったから。


「なるほどなぁ……。おい長耳女にガキども表に出な! 決闘だっ!!」

 冒険者ギルドがこの日一番の喧騒けんそうに包まれた瞬間だった。

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