第3話

マデリード村。

この村は呪術国家ベルが中心となっているラーデン島の西に位置する。

北東にある聖王国ギネヴィアから、四部族が治める部族国家につながる“黄金街道”と呼ばれる道の途上にあり、歩いて七日ほどの所には島有数の鉱山もあるため、商人や一発逆転を夢見た無頼者ぶらいもの、そして冒険者を旅の途中で癒す宿場として機能している。

一般的にラーデン島は亜人の方が多く、聖王国ギネヴィアとは正反対の所にある村としては珍しい、村人全員がヒューマンという特徴を持っていた。



「しかし不思議だな。ギネヴィアから遠く離れているはずなのに、村人全員がヒューマンなんて」

 感じることは皆同じか。 

 後ろ髪を一つに束ねた少年、ジンが大きめな通りを歩きながら、それとなく周囲を見渡す。

 二人が滞在していた宿屋、道端の露店などで働いているのは全員がヒューマンだ。

 ここがラーデン島の西に位置する村だということを忘れてしまいそうな光景だった。

「……そうだね、おそらくだけどこの光景と、今回の件との間には薄い関係があるんじゃないかな?」

「なるほどね、その心は? 」

「ジンもなんとなく気づいているよね? 本来、亜人がいるべき場所にヒューマンがいる。そして、周囲はそれを認め取引によってお金を集めて、一つの共同体を運営している。……やっていることに規模の違いはあっても国と一緒さ。要するに……」

「『静かな侵略』か……」

「なんだ、やっぱりわかっているじゃないか。侵略した時の反発を抑えようって目的か。もしくは中と外で連携していざという時に有利な状況をつくろうとしているか。……どちらにしてもロクなもんじゃないね」

 ふとガウェインは立ち止まった。


 コロコロと、足元に赤いボールが転がってきたからだ。

 赤いボールからいくばくか遅れて、自分の腰より小さな女の子が息を切らせて走ってきた。

「はい、危ないから気をつけるんだよ? 」

 ガウェインは赤いボールを拾うと、屈んだまま女の子に目線を合わせて、笑顔で手渡す。

「おにーちゃん、ありがとー!! 」

 女の子は大きな目をぱちくりとさせて嬉しそうにボールを受け取ると、ニパッと笑った。

 そのまま手を大きく振りながら声をあげて、また元の場所に戻っていく。

「なぁガウェイン……」

「……うん、そうだね」

 もしも、ギネヴィアが戦争を仕掛けてきたとして、連邦内のヒューマンの共同体は無事でいられるか?

 ギネヴィアに近いところなら同時作戦を展開もできるだろうが、離れた場所ではどうだろうか?

「捨て駒……か」

 ジンのつぶやきにコクリと頷く。

 もとより亜人はヒューマンを敵視することが多い。

 そこへ身近に敵意をぶつけても許される相手がいたらどうなるのかは、火を見るよりも明らかだ。

 侵略が成功した時は、その拠点を足がかりに支配を進め、失敗しそうな時は捨て駒として使い本隊が帰還するまでの時間稼ぎを行う。

 そして犠牲になるのは何も知らない一般人だ。

 多分、この村の裏に潜む奴らはそういったこともわかっている。

 そんな話をしているうちに、二人は目的の場所へ到着した。


 冒険者ギルドはすべての町や村にあるわけではないが、マデリード村はヒューマンの開拓村という歴史があった。

 開拓当時に開拓民たちが護衛のために冒険者を雇い、その子孫がそのまま村に定着し冒険者ギルドの真似事をしていたことで、なし崩し的に始まったのが、マデリード村の冒険者ギルドの始まりだと言う。


「それじゃ、俺は適当に人を見てるわ。当たりがいればいいんだけどな」

「頼むよ。依頼の方は僕が出しておくから、なるべく目立たないようにね」

 うなずくと、冒険者ギルドの扉を開けた。

 途端にギルド特有の汗と埃の混じった臭いが鼻をつく。


 一階の奥に、立派な一枚板のカウンターが見えた。

 その奥にはモノクルをした女性が座って、カウンター越しの冒険者に何やら説明をしているようだった。

 その様子をギルド内にいる冒険者たちが好奇の目で見ている。

 まるで舞台を見る観客のようだ。


 エルフだ。

 呪術国家ベルはエルフの女王が治める共同体であるため、エルフ自体はそれほど珍しくない。

 しかし、今回は冒険者ギルドという場所との取り合わせが珍しかった。

 基本的にエルフは他の種族との交流に消極的だ。

 そのため種族の坩堝るつぼである冒険者ギルドにいるというのは、それだけで目立つ。


 ただし、理由はどうやらそれだけではなさそうだった。

 そのエルフは浮世離れした存在感を放っていた。

 薄暗がりのギルド内においてなお、その髪はまるで陽光の下にいるようにつややかな赤色。

 軽鎧の下から伸びる手足はスラリと伸び、白磁はくじのような肌は眩しい。

 時折見せる仕草にもどこか気品を感じてしまう。


 ジンとガウェインもそのエルフの姿に一瞬見惚みとれてしまった。

「ですからぁ、そんなこと言われても困りますぅ。規則なので守って頂かないと……」

 モノクルをつけた受付嬢が、半分泣きながら説明している内容が聞こえてきた。

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