第2話

 現在ジンたちがいるのは、ラーデン島の西、エルフ族が統治する呪術国家ベル。

 エルフ族はラーデン諸国連邦を代表する四部族の中でもとりわけ他部族に興味がないと言われており、もっとも閉鎖的な部族国家と言っていい。


 エルフを含めた四部族が治める国で、聖王国ギネヴィアと対をなすラーデン諸国連邦が構成されている。

同時に監視者として聖王国ギネヴィアの四大老という立場も持っている。


 排他的なエルフ族が四大老となり、監視者の役割を担った理由は、その方が自分たちの身を守ることに適しているという打算から来ていた。

 つまるところ自分たちの身を守るためと言う、至極身勝手な思想があったからだ。


 しかし、五十年前にそうした思想に反発したシネイドという若いエルフを中心に変化が起こった。

 寿命の長いエルフだからこそ、恒久的な平和を守っていく義務があるという信念で、国家単位の意識改革をゆっくりではあるが確実に次世代に繋げようとしていた。



 --そこは王宮というには自然に溢れすぎ、自然というには人工的になり過ぎていた。

 壁や天井には複雑に樹がうねり、絡み合いながら大きな構造物を形成している。

 呪術国家ベルの首都クラウ=ソラス。

 この樹木で形成された美しい王宮は、国のシンボルであり、エルフたちの誇りであった。

 その中で一際ひときわ厳重に守られた一室に、呆れと怒りが混ざった複雑な空気が立ち込めていた。

「シネイド様が女王になって、五十年も経つのにまだ誘拐などという行為に手を染めるやからがいることに驚きますね」

 腰に細い剣を佩き、コツコツと柄尻を指で叩く。


「こればかりはしょうがないでしょう……。平和な時代であればこそ、人々の成長にはどうしても個人差というものが出てしまいます。悲しいことですが、私たちエルフは寿命が長い分、成長という点では他の部族から数倍も劣っていると言わざるを得ません」

 シネイドは優雅に座ったテーブルに用意されたカップに口をつける。

「ましてや、年を重ねた老が……失礼。年を重ねたエルフほど、長い年月で凝り固まった価値観を壊すのは難しいでしょう。それに、こういう時のために貴女がいるのですから」

「シネイド様、地が隠しきれていないですよ……。承知しました。では、誰が今回の件に噛んでいるのかしっかりと見定めてきましょう」

 剣を佩いた赤毛の女性はフッと笑みを浮かべ目の前の女王を見た。

「安心してください。気を緩めるのは貴女の前だけですよ。そういう貴女も私の前でくらいもっと気安くして欲しいのだけど……」

 女王もいくらかの皮肉をこめて答える。

「それは承服できかねます。私はシネイド様の剣となり盾になると誓った身ですから」

「本当にもう……、変なところで真面目で困ってしまうわ。まぁいいでしょう。貴女に木の精霊の加護がありますように……」

 女王の祝詞のりとを聞き終わると、赤毛の女性は部屋から退出した。

 シネイドは女性が出た扉をしばらく見つめ息をはく。

「無事に帰ってきてね、シーリス」

 彼女はシネイドが権力を持つ前からの仲であった。

 思えば、普通のエルフと違う彼女の存在があったからこそ、シネイドは国の意識を変えるために為政者になることを決めたのだ。

 今でこそ女王と従者という表面上の関係があるため、お互い気軽に会話することもできなくなった。

 会話に不自由する代わりに、命令という形で接することが多くなったことに対して思うところはある。

 それでも、シーリスは肯定し、時に諫言かんげんし、名実ともに女王の懐刀ふところがたなとなり周囲を納得させた。そんな彼女を見てると、これからの未来を諦める訳にはいかないと、強い決意が生まれてくるのだった。


「まったく余計なことを……」

 強い決意があるからこそ、今回の件は苦々しく思う。


 シネイドと対立する長老院の老いさらばえた頭の誰かが、私利私欲を満たすために違法奴隷をギネヴィアの貴族に供給している。

 そしてどうやらその奴隷はマデリード村という、自領の西にある村に一度移送されているらしい。

 シネイドが独自に組織している草の一人からそんな報告があった。

 その彼女とも連絡が取れないようになってしまった。

 おそらく捕えられてしまったのだろう。


(まるで呪術国家に巣食う悪魔ですね……。なんとも度し難い)


 シネイドは変革の難しさを改めて認識するのだった。

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