魔島ラーデン興亡記

茶白のはちわれ

邂逅

第1話

 

 ある村の宿屋の一室。

「……時間が惜しい。」  

「まだ言ってるのかい? だめだよ。情報が少なすぎて動ける状況じゃないよ」

 ランプの火を中心に向かい合って座る二人の少年がいた。

 一人は長い黒髪を後ろで一つにまとめ、翡翠色の瞳との対比が目立つ少年だ。

 名前はジン。

 ラーデン諸国連邦の寒村で生まれ、紆余曲折を経て解放軍に義勇兵として参加した経歴を持つ。

 もう一人の少年はガウェインと言う。

 明るい金髪に貴公子然とした風貌からはどことなく知性と気品が感じられた。


 ランプの炎が揺れる。

「あいかわらず慎重だな。 お前がいれば何とかなるだろ?」

 ジンは険しい目つきでガウェインを見た。

「キミの僕への評価が高すぎるね。いいかい? 数の力の前では、どんな力も無意味になるんだよ? せめて相手の規模くらい知らないと」

 ガウェインは涼しい顔で受け流す。


「……」

 ジンは机に立てかけていた剣の、血と汗で黒いシミが浮き出た柄を触る。

 剣を見る眼差しはどこか誇り高くもあり、それでいて哀愁を感じさせるものだった。

「……師匠がここにいたら、数の問題じゃねぇって言うだろう? なぁ俺はもう後悔したくねぇんだよ」

 剣から視線を上げて相棒の姿を見る。


 思い出されるのはジンとガウェインが初めて出会った日。

 ジンはただの村人で、ガウェインは外からの来訪者だった。


 燃えていく村をどうすることもできずただ眺め、命が炎で爆ぜる音を聞いた。

 記憶の中で幾人もの野盗をたった一人で切り伏せていく女性。


 その女性はたった二人の生き残りのために、ただ一人で野党が跋扈ばっこする村へやってきた。

 顔が返り血と煤で汚れていく。


「よお、坊主たち。生きてるようで安心したよ。さぁ一緒においで」


 ジンとガウェインはどちらともなく、差し出された手を取った。

 ……それは呪いか思い出か。

 彼らの生き方を決定づける出会いだったのは間違いない。


 ガウェインは木戸を閉めた窓に視線を向けた。

 今頃外はすっかり夜が更けているだろう。

「師匠、ね……。わかったよ。その代わり明日はまず情報を集めよう。幸いにもこの村には冒険者ギルドがあるから、そこで情報集めと、できれば腕の立つ冒険者を雇うつもりでいこう。もちろん僕らの素性は隠さなきゃだから、そこは状況によって、雇う雇わないの判断をする、と言うことで」

 どう?と言うようにジンを見る。

「いいぜ。だけど、雇えなかったとしても……」

「わかってるよ。……その時はちゃんと無茶しよう」

 



 広大な大陸の南の果て、海を挟んだ向こう側に大きな島がある。

 その島唯一の港以外は、激しい波で削られた断崖で余人を寄せ付けない。

 時折、怪鳥のようなけたたましい声が聞こえてきては、偶然通りかかった船乗りたちが噂する。

 あの島には悪魔がいる……と。

 得体の知れないものはやがて恐怖となり、いつしかその島は『魔の島・ラーデン』と呼ばれるようになった。


 ラーデン島には『聖王国ギネヴィア』と『ラーデン諸国連邦』という二つの勢力が存在する。


 ラーデン島の北東部に位置する聖王国ギネヴィア。

 ラーデン島唯一の港を持つ聖王国と大陸の巨大国家マルクト帝国は、少なくとも百年以上前から交流があったことが記録されている。

 聖王国ギネヴィアは年間を通して温暖な気候と、豊富な水源を背景にサトウキビの大規模プランテーションで国の礎を築いていた。

 砂糖、ラム酒などを交易品として輸出し、マルクト帝国からラーデン島には存在しない様々な技術や文化を輸入。

 そのおかげか、聖王国ギネヴィアは島特有の文化と大陸文化が融合し、自然物と人工物が見事に調和した、ラーデン島で最も華やかで富んだ国家として、島の隅々まで影響力を拡大している。


 ラーデン諸国連邦は、言ってしまえば聖王国ギネヴィアに部族国家の集合体だ。

 聖王国ギネヴィアの影響を受けつつも、各部族は自治国家を築き独自の発展を見せている。

 このためラーデン島は、一つの国でありながら複数の自治国家を内包するという不安定さが顕著で、そのバランスを取るために、有力な四部族が“ラーデン島の監視者”として重要な役割を担っていた。


 竜歴二百年。

 長く続いた平和な時代に大きな影が落ちる。

 聖王国ギネヴィアはマルクト帝国の傀儡かいらいに過ぎないとし、正当な王家の擁立と真の独立を主張する解放軍がその影の原因であった。

 嘘か真実か、聖王国がおこる前には、ある国が存在していたという。

 聖王国に滅ぼされた、かつての国の王族が解放軍の旗頭となり、各地に正当性を訴え、内乱の炎は確かに広がりを見せていた。

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