勘違いしたまま幼馴染と再会した話

kao

勘違いしたまま幼馴染と再会した話


 わたしは小学生の頃、やんちゃな性格で男の子に混じって遊んでいた。さらに髪も短くて男みたいな格好をしていたから、よく男の子に間違えられていた。しかしわたしは訂正することをせず、むしろ男の子に見えるように振舞っていた。女の子扱いされる方が恥ずかしかったからだ。

 そんなとき初めて女の子の友達ができたのが『かれんちゃん』だった。きっかけは男の子に囲まれて泣かされていた彼女を助けたこと。

 かれんちゃんは女の子らしくかわいい子でよく男の子に意地悪されていた。その度にわたしが制裁していたわけだけど。今思えば彼らはかれんちゃんのことが好きだったんだと思う。だからと言ってかれんちゃんを意地悪していいわけじゃないけどね。

 まあそれがきっかけでかれんちゃんとはよく一緒に遊ぶようになったというわけだ。女の子の友達ができたのは初めてだったから特に浮かれていたと思う。『オレがかれんちゃんを守らないと!』って生意気にも思っていた。

 そして一年ほど経ったある日、かれんちゃんがわたしの手を握って照れたような顔で言う。

「ゆうくん、結婚しようね!」

「う、うん!」

 わたしはそのときかれんちゃんと同じく照れながら頷いたのであった。この感情が恋だと自覚したのはこのときだ。

 だけどそのあとすぐにかれんちゃんは引っ越してしまい、わたしの初恋は終わってしまった。

 でもそれでよかったんだと思う。だってかれんちゃんはずっとわたしのことを男の子だと思っていたんだから。幼い日の綺麗な思い出で終わってしまった方がいい。

 わたしはそれから少しずつかわいいものが好きだと素直に言えるようになった。

 自分にはかわいいものは似合わないと分かっていても、少しでもあの子に近づきたくて。髪を伸ばし、言葉遣いも女の子っぽさを意識した。その成果のおかげで、次第にわたしは周りからも女の子扱いされるようになったのだ。

 かれんちゃんとは五年くらい連絡を取っていない。きっと昔のことなんて忘れているだろう。そう思うと少し寂しい気持ちになるけど、忘れていてほしいという気持ちもあった。

 だから突然お母さんの口からかれんちゃんの名前が出たときは驚いた。

「ああ、そうそう夏恋ちゃんって覚えてる?」

「えっ……」

 夏恋……かれん……?

 わたしは夏恋という名前の子は一人しか知らない。

「かれんちゃんって……もしかして小学生の頃に仲良くしてたかれんちゃん?」

「あら、やっぱり覚えてるのね」

「……えっと、かれんちゃんがどうしたの?」

「今日ね、買い物帰りに偶然会ったのよ。夏恋ちゃん、わたしのことを覚えてたみたいでね。声をかけてくれたのよ」

「え、何話したの!?」

「そんなに話してないわよ。春になったらこっちへ引っ越してきて優と同じ高校通うとか話してたくらいね」

「かれんちゃん、わたしと同じ高校なの!?」

「あ、これ夏恋ちゃんが優に渡して欲しいって言ってたわ」

 お母さんから折りたたまれたメモ用紙を渡される。開いてみると、電話番号とチャットのIDが書いてあった。

 わたしは慌てて自分の部屋に戻ると、書いてあった電話番号とチャットのIDを登録する。何を送ろうか三十分くらい迷った末に『優です。よろしくお願いします』というかわいらしさの欠片もない文章になってしまった。緊張して正座で返信を待っているとすぐに返ってくる。

『ゆうくん真面目だなぁ。敬語はいらないよ!』

 ゆうくんって呼んでるってことはやっぱり男だと思ってるよね。お母さんもあんまりかれんちゃんと話してないってことは今も勘違いされたままだろうね……。

『じゃあ、タメで。かれんちゃんよろしく』

『うん、よろしくね!』

 とりあえず当たり障りのない返信をして……女の子だと明かすべきか迷っていると、かれんちゃんからチャットがくる。

『ゆうくん、今電話していい?』

 その言葉を見た瞬間、スマホが手から滑り落ちる。さすがに声を聞いたらバレるんじゃ……でもバレたからってなんだというんだ。これから同じ高校通うんだよ? さっさとバラした方がいいに決まってる。

 わたしはスマホを拾って震える指で『いいよ』と返信を打った。するとすぐにかれんちゃんから電話がかかってきた。慌てて電話に出る。

『もしもし、ゆうくん?』

「も、もしもし」

『ふふ、緊張してる?』

「う、うん」

 かれんちゃんと話すことも緊張するけど、なによりも女の子だって知った時の反応が怖い。今のところバレてないみたいだけど。

「えっと、その……オレの声聴いて変だなって思わない?」

 わたしはなにを言ってるんだー!? しかも随分と遠回しな言い方になってしまった。つい反射的に昔のように『オレ』って言ってしまった。

「え、全然? 素敵な声だよ。ゆうくんの声久しぶりに聴けて嬉しいよ」

 どうやら気づいてない? え、気づかないものなの!? 電話越しだから?

 それからかれんちゃんと会話を続けた。とにかく必死だったから会話の内容はあまり覚えていない。最近どうしてるとか? 昔の思い出話とかしてたと思う。会話しながら女の子だと明かすタイミングを見計らっていたけど、なかなか言えずに一時間が経過してしまった。

『ゆうくんは私のことなんて忘れちゃったと思ってた。だから本当は電話するの少し怖かったけど、ゆうくんはゆうくんのままで安心したよ』

「かれんちゃん……」

 電話越しでも分かるような嬉しそうな声を聞いたら、余計に言い出しにくくなってしまった。言葉に詰まっているとかれんちゃんは何気ない口調で質問してくる。

「ところでゆうくんは恋人いるの?」

「え、いないよ!!」

 つい食い気味に答えてしまった。

 これはチャンスでは? この流れならかれんちゃんに恋人いるのか聞けるんじゃ……。

「えっと、か、かれんちゃんは恋人いるの?」

『私? いないよ〜』

 そっかぁ。いないのか……ってなに喜んでるの!? かれんちゃんに恋人いないからって浮かれてられないでしょ? もしもわたしと同じように昔のことを覚えていたとしても、かれんちゃんが好きなのは男の子のゆうくんであってわたしじゃないんだから。

『……あのさ、ゆうくんは昔の約束覚えてる?』

 かれんちゃんの声のトーンが少し下がり、真面目な声色になる。

「約束ってかれんちゃんが引っ越す前の?」

『そう、結婚の約束』

 かれんちゃんの言葉にドキリとする。覚えていてくれたんだ。

『私ね、今でもゆうくんのことが好きなんだよ』

 嬉しいはずの言葉。だけど胸が痛くてたまらない。

「あ……ちょっと用事思い出して! ごめん、切るね!」

『そっか。じゃあまたね!』

「う、うん、またね!」

 それから二週間、かれんちゃんとはチャットの取りしていたが、結局わたしが女の子だと明かすことができなかった。

『明日入学式だね! ゆうくんの家に行くから、一緒に学校いかない?』

 ここで断っても学校で顔を合わせたらバレてしまう。もう逃げ道はなかった。

『明日、楽しみにしてるね!』

 かれんちゃんはわたしじゃなくて、ゆうくんと会うのを楽しみにしている。

 かれんちゃんと会えるのを楽しみにしてる気持ちもある。だけどやっぱりわたしを見たらガッカリするんじゃない思うと怖い。

 それなら言わなければいい……このままゆうくんとして騙し続ければ――そこまで考えて首を振る。

 昔は勘違いされてただけだけど、今のわたしが"ゆうくん"になるのはかれんちゃんを騙すことになる。だってそれは本当のわたしじゃないから。これ以上彼女に嘘をつき続けることはできなかった。

 明日ちゃんと伝えよう。

 その日はなかなか眠ることができなかった。

 玄関を出る前に鏡で身なりをチェックする。うん、大丈夫。スマホを握りしめてかれんちゃんの到着を待つ。

 わたしの準備が終わったところで丁度いいタイミングで『着いたよ』とチャットがきた。

 緊張で吐きそうだ。今からでも逃げ出したくてたまらない。でも直接会って伝えるって決めたのはわたしだ。覚悟を決めないと。

 わたしは深呼吸して、恐る恐る玄関のドアを開けた。

「ゆうくん?」

 優しい声で名前を呼ばれる。

 そこにいたのは成長したかれんちゃんだった。わたしが憧れて、そして好きになった女の子。あの頃よりさらに綺麗になっている。わたしは呆然とかれんちゃんを見つめた。しばらく彼女に目を奪われていると、かれんちゃんが戸惑ったような顔をしていることに気づく。

「ゆうくん……だよね?」

 恐る恐ると言った感じで確認するかれんちゃんを見たらズキリと胸が痛む。そりゃわたしのこと男だと思ってたんだもん、びっくりするよね。

「あー、うん、そうだよ。びっくりした?」

 できるだけ明るくそう言った。

「う、うん……かわいくなっててびっくりした」

 かれんちゃんはわたしから視線を逸らしながらそう答える。やっぱりガッカリしてる……そう思うとかれんちゃんの顔を見ることができなかった。

 お互いに顔を合わせることができずに気まずい沈黙が流れる。このままではいけないと、覚悟を決めて息を吸って口を開いた。

「あのね、ずっと黙ってたけどわたし女の子なの!!」

 かれんちゃんは呆然とわたしの顔を見ている。やっぱりショックだよね。顔が見れない……怒られると思うと怖い。

「ちょ、ちょっと待って! 私はゆうくんが最初から女の子だって知ってたよ?」

「え……? 最近から……?」

「そうだよ。初めて出会ったときからゆうくんはかわいい女の子だと思ってたよ!」

「男の子みたいな格好してたのに分かったの!?」

「そんなの見た目だけじゃん。すぐ女の子だって分かったよ」

「え、え、え?」

 頭の中の整理が追いつかずに混乱する。

「だったらどうして男の子扱いしてたの?」

「だってゆうくん女の子扱いされるの嫌だったでしょ? ゆうくんはかわいいよって言ってあげたかったけど、嫌がることはしたくなかったから」

「それじゃあなんでさっき会ったとき戸惑ったような顔してたの!? それに目も合わせてくれないし怒ってるのかと……」

「だってかわいくなってるんだもん! ゆうくんは昔からかわいいけど、もっとかわいくなってるからドキドキして目を合わせられなくて……」

 かれんちゃんはえへへ……と照れたように笑う。

 それはこっちのセリフだよ! と叫びたいところだけど、動揺してしまって言葉がでない。そもそも最初から女の子だって分かってたってことは――

「それじゃあわたしが女の子だって知ってて結婚の約束してたの!?」

「もちろん!」

 最初からかれんちゃんは勘違いしてなかった。それどころかわたしが女の子扱いされたくない気持ちを汲んで、男の子扱いしてたなんて。

 勝手に勘違いしてたのはわたしの方じゃん。

「はぁぁぁぁ……」

 気が抜けてしまってその場にしゃがみこむ。

「ゆうくん大丈夫!?」

「大丈夫、安心したら力が抜けちゃって……よかったぁぁぁ……」

「ゆうくんは誰よりもかっこよくて、かわいくて。そんなゆうくんが好きなの。この気持ちは昔も今も変わらないよ」

 かれんちゃんはそう言って手を差し伸べてくれる。わたしはその手を取るとゆっくりと立ち上がった。

「わたしもかれんちゃんのことが好き。五年前からずっと好きだよ!」

 かれんちゃんはわたしの言葉を聞いて笑顔を浮かべる。そして真っ直ぐにわたしの顔を見つめ、五年前と同じように手を握りしめた。

「ゆうくん、結婚しようね!」

「うん!」

 わたしはあの頃と同じように頷いた。

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