エピローグ

 正気に戻った店主は、困惑した様子で呟いた。


「真っ暗で何も見えない……」


 そして、思い出したかのように、唐突にうめき声を上げる。


 怪我を負った両手を押さえようとして、指先の痛みに悶絶した。


「指、指が……ッ! なぜ私はこんな怪我を? 店を出たあと、一体どうしたんだったか?」


 そう言って、真っ暗闇で身体を震わせている。


「……うぅ、それにしても、なんて酷い臭いなんだ! 水の音……ここは下水道か何かか?」


 人間の目では、何も見えないに違いない。


 猫たちはニャーニャーと歓喜の声を上げ、店主の元へと駆け寄った。


「そ、その声は! つくし君、シロテさん! あとの2匹は、しっぽ姫とグレイちゃんだな」


 何も見えない状況で、猫の声を聞き分けるとはさすがである。


「お前たち、どうしてここに……うわぁぁぁッ!! こんな不衛生な場所に、うちの可愛い天使たちがぁぁぁぁッ!!」


 愛猫の毛が汚れると騒ぐ店主。


 慌てる飼い主を尻目に、つくしは気絶している大ネズミの喉笛を食い破りトドメを刺した。


 スマホを取り出しライトをつけた店主は、その光景に気付いて驚愕した。


「うわぁ!! ダメだよ、つくしくぅんッ!! こんな場所にいる動物の死体をかじっちゃいけません!!」


 つくしは店主に邪魔される前に、大ネズミの死体をくわえて引きずっていく。


 そして、水が深く流れの強い所に向かってドボンと落とした。


 暗闇に足を取られた店主がワタワタしているうちに、つくしは次の仕事に取りかかる。


 落ちている杖を拾って、同じくドボンと下水に放流する。


「あ゛あ゛あ゛!! つくし君のカワイイお口が汚れるッ!! ペッしなさい、ペッ!!」


 つくしを捕まえた店主がやや乱暴に口元をぬぐったが、既に目的を遂げて満足した彼は特に抗うことなくされるがままだった。


 その後、店主の通報により、一行はレスキュー隊に救助された。


 両手に怪我をした店主は、自力で梯子を上れなかったが、かろうじてスマホの電波が通じたため、事なきを得たのだった。


 店主とともに帰路へと着いた4匹は、腹をすかせた仲間たちから、その功績を讃えられた。


 治療を終え、両手を包帯でグルグル巻きにされた店主は、店員猫たちに謝りながら、新鮮な水とご飯を配って回った。


 その隙に、つくしは脱出に使った窓の鍵を閉め、何食わぬ顔で戻ってきた。


 ――しめしめ。これでうまくいったな。


 脱走経路がバレずにすんだので、これで今後も心置きなく冒険できる。


 喜んでご飯にあり付こうとしたつくしだったが、ふと彼の上に影が差した。


 不意討ちで、店主に抱きかかえられる。


「さ、つくし君。シャンプーに行くよ」


 神話生物と勇敢に戦った彼だったが。


 シャンプーの恐怖には勝てなかった。


 その夜、とてつもなく情けない猫の叫び声が、街にこだましたという。

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