本編12
分岐した先の水路は真っ暗で、物の輪郭が何とか掴めるかどうかといったところ。
辺りには腐った水の臭いが充満している。
強烈な臭気で、猫たちの自慢の鼻は全く利かない。
右か、左か。
どちらに進めばいいか分からない。
迷った4匹は足を止めた。
思い悩んでいた、その時だった。
一瞬の隙をついて、右の通路から大きなネズミが姿を現した。
奴は背筋が凍るような雄叫びをあげ、手に持っていた棒のような物を、つくし達に向かって振り下ろす。
棒で直接殴られたわけではなかったが、先端から何やら良くないものが飛んできた気がした。
至近距離からの奇襲攻撃。
飛んできた見えない何かを避けることができず、猫たちはまともに食らってしまう。
全員が、グルグルと目が回るような激しい眩暈に襲われた。
体を起こすこともできず、倒れたまま全く身動きが取れない。
視線だけで相手を見上げると、大きなネズミは肩を上下させ、ゼーハーと苦しそうな息をしていた。
奴はフラフラで力を振り絞ると言った体で、キッと探索者たちを睨み付け、キーキーと鳴き声を上げた。
すると、その声に応えるように、背後からネズミの群れが押し寄せてきた。
どうやら、大勢で徒党を組んで、猫たちの退路を塞ぐつもりのようだ。
大ネズミは見た目こそただのドブネズミのようだが、猫より一回り大きな体格をしていた。
近くで見て分かったが、奴は何だか不気味なデザインの杖と首飾りを身につけている。
その出で立ちは、見ているだけで不可思議な嫌悪感をそそった。
奴はその杖をグルグルと振って何やらブツブツとつぶやくと、再びキーキーと鳴き声を上げた。
頭の中に無理やり押し込めるように、相手がしゃべっている内容が伝わって来る。
「おのれにっくき猫どもめ! お前たち猫の一族のせいで、我々は住処を追われてこのような悲惨な場所に追い込まれたのだ! お前たち猫がいる限り、我々ネズミの一族の未来はない! だからこそ、我々はこの人間の命と引き換えに安住の地を手に入れるのだ! 邪魔をするな!」
この人間、という言葉に猫たちはピクリと反応した。
暗い視界の中、目を凝らしてよく見ると、大ネズミの背後に店主が立っている。
ぼんやりと放心したような表情で無言のまま。
普段の彼ならば、こんな不衛生な場所に探索者たちがいるのを見ただけで半狂乱になるはずだ。
だが、ニャーニャーと助けを求めるように鳴き声で呼びかけても、何の反応も返って来ない。
焦点の定まらない、生気に欠けた目をしている。
それは異様な光景だった。
だが、それ以上の衝撃が猫たちを襲った。
大ネズミの存在である。
ネズミとは、弱くて頭が悪く、簡単に仕留めることができる獲物だったはずだ。
たいていの戦いは、猫側の一方的な勝利となる。だが、この大ネズミはどうだ。
猫を見下ろすような巨体に、言葉を操る高い知性を持ち、不思議な術まで使ってくる。
こんな恐ろしいネズミなど、見たことがない。
我々猫と同等か、あるいは猫よりも賢い存在なのかもしれない。
そんな恐ろしい事実を悟ったことにより、強いショックが4匹を襲った。
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