本編10

 4匹が手すりを足場にして、上手いこと着地すると。


 そこにはたくさんのネズミの姿があった。


 噂に聞くような大ネズミではなく、小さなドブネズミの大群だ。


 彼らは猫の気配を敏感に察知し、悲鳴のような甲高い鳴き声を上げた。


 多勢に無勢とはいえ、屈強なメインクーンを含む成猫の集団には勝ち目がないと思ったのだろう。


 本能を刺激された猫が全力で飛び出してきたのを見て、大騒ぎしながら散り散りに逃げ出していく。


 一方の4匹は、逃げ惑うネズミを見てすっかり興奮した様子。

 

 ニャーニャー大騒ぎをしながら獲物に組み付き取り押さえようとしたが、うまくいかず逃げられてしまった。


 体が大きすぎて、一段と派手な音を立てて着地したつくしが、申し訳なさそうな顔で縮こまっている。


 巨体に見合わない声で、か細く鳴いた。


「すまない。自分の体が大きいばっかりに……」


 シロテは仲間の気を取り直すように声をかける。


「まぁまぁ。逃げられてしまったものは仕方ない。目的はネズミ捕りじゃなくて、店主を探し出すことだからね」


 降りた先は、ゴウゴウと水が流れる音がするわりには乾いた場所だった。


 まっすぐ続く通路の真ん中に水路が流れている。


 水路の両サイドには、コンクリート造りの細い通路が続いている。


 点検用なのか、所々にわずかに明かりが取り付けられているが、ずっと奥の方は光が届かず真っ暗に見えた。


 遠くの方で分岐している可能性もあるが、暗すぎてここからでは良く見えなかった。


「困ったね。ここは右へ行くべきか、左へ行くべきか。店主がどっちに行ったか、手がかりが残っているかもしれない。この辺を探してみよう」


 シロテの音頭で周囲を捜索したが、目ぼしいものは何も見つからない。


 と、一匹だけ調査に集中していなかったしっぽは、好奇心の赴くがまま、周囲を闇雲に見回し面白そうなものを探し始めた。


 真面目に捜索している他のメンバーとは見当違いの可能性が低そうな場所ばかりを見ていたが、全くの偶然で有力な手がかりを発見した。


「あれ? 何か見覚えのある足跡かも? あ、これ見たことがあるよ。ねぇねぇ、みんな、この足跡、店主のだよー」


 店主がしっぽを保護した日は、記録的な大雨が降っていた。


 知らない人間に追いかけられて怯えたしっぽは、必死で逃げようとした。


 当時の彼女は知るよしもなかったが、店主は傷つけようとしていたわけではなかった。


 ずぶぬれでガタガタ震えるしっぽを見て「このままでは低体温症で死んでしまう」と思い、必死で追いかけていたのだった。


 店主はしっぽと格闘し、ぬかるんだ地面で泥まみれになりながら捕獲に成功する。


 彼は、服が汚れるのを気にせず、震えるしっぽを上着の中に包んで連れ去ったのだった。


 パニックになったしっぽは大暴れしたが、途中でふと店主の服から猫の匂いがすることに気付いた。


 これだけたくさんの猫と暮らしている人間なら。


 きっと安全に違いないと思い、好きにさせることにした。


 肩に抱っこされたしっぽは、店主がぬかるんだ土の上を歩くたびに、地面にこれと全く同じ文様が付いていたことを覚えていた。


「本当か! でかした、しっぽ! なるほど、こっちが踵だこっちが爪先だな。ってわけで、あっちに向かったので合ってるよな、学者先生?」


「うん! 早く追いかけよう!」


 店主の足跡がある。


 そう聞いた瞬間、シロテの頭によぎったのは、あの生々しい肉の付いた缶切りの爪だった。


 もしあれが本当に店主の血だったとしたら?


 足跡の近くに、血痕が残っているかもしれない。

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