本編9
マンホールに近づくにつれて、血の匂いが濃くなった。
野犬か何かが食事中かもしれないと思ったが、生きた動物の気配が全くしないのはおかしい。
何かの死体でも転がっているのだろうか。
マンホールの蓋に近づいた3匹。
彼らは全身の毛を逆立て、目を見開いた。
そこには、予想外の恐ろしい光景が広がっていた。
マンホールの蓋には、おびただしい量の血が付着していた。
人間の爪――生肉が付いたままの、人間の爪がいくつもこびりついている。
元の形が良く分かるくらい、根本からゴッソリも抉れた生爪だ。
まるで、素手で無理やりマンホールの蓋をねじ開けたかのような惨状だった。
「お、おい、グレイ。これまさか、店主の奴の血なんじゃないか?」
「いや、鼻には自信があるけども。さすがに血の種類までは識別できないよ」
店主のものと断定できなかったが、不安を煽られる状況に変わりはない。
一行で最もショックを受けたのは、意外なことに、いつも強気で気丈に見えるシロテだった。
「そ、そんな……。ああ、なんて酷い。どうしよう。怪我、酷い怪我だ! ああ、かわいそうに! 早く見つけ出して、病院に連れて行かないと~」
シロテが落ち着かない様子で、辺りをグルグル歩き回っていると、騒ぎを聞きつけたしっぽがひょこっと姿を現した。
つくしはさりげなく全員の視界を遮る位置に立ち、後から来たしっぽにあの生爪を見せないように隠した。
ついでに後ろ足で砂をかけておくことにする。
隣でその様子を横目で見ていたグレイは、むむっと目を光らせた。
――大量の砂をかけてたけど、マンホールに一粒もこびりつかなかった。この血は完全に乾燥しきっている。もし仮にこれが店主の血だったとしても、ここに来てからだいぶ時間が経過しているはず。
早く探しに行ったほうがいいと判断したグレイ。
思いきって穴の中をのぞき込むと、はしご状に金属製の手すりが並んでおり、そこからもほのかに血の匂いが漂ってくる。
マンホールの蓋をこじ開けた後、手すりを伝って下へ降りたに違いない。
「ねぇ、このはしごを使ったら、缶切りも下に降りられるんじゃない?」
「よし。調べに行ってみよう。何が潜んでいるか分からんから自分が先に行く」
グレイは、聴覚を研ぎ澄まして穴の奥の音を伺った。
「水の流れる音。それから、遠くてはっきりとは聞こえないけど、たくさんのネズミが鳴いているような音がする。例の大ネズミかも……って、ええっ!? ちょっと、みんな待って!」
3匹は口々に叫びながら穴に飛び込んだ。
「ヒャッホー! ネズミ狩りだぁ!」
「ネズミネズミ~♪」
「ネズミめ! 絶対許さないよ! とっちめてやる!」
グレイは叫び声を上げる。
「みんなずるい! 私だってネズミで遊びたい!」
聡明で知性的な彼女だったが、生まれながらのハンターであることに変わりはない。
グレイはすっかり狩猟本能を刺激された様子で、先行した3匹に負けじとマンホールの中へ飛び込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます