シロテの名乗りを聞いたチンピラ猫――百戦錬磨の黒猫は、金色の目を見開いた。


「た、たしかにその毛並みは! 両前足に白い手袋のあるサビ猫! アンタが……いや、あなた様があの有名なボス猫、港町のシロテ姐さんですかい?」


 シロテは、堂々と胸を張りナゥンと一声鳴いた。


 威勢の良かったチンピラは、借りてきた猫になった。


「いやー、こいつは失礼しやした。まさかこんなところで、名のあるボス猫に出会えるとは。風の噂でこのあたりに越してきたとは聞いてやしたが、立派なビルにお住いなんですねぇ。さすが姐さん」


 露骨にゴマをすり始める黒猫を、冷たい目で見るシロテ。


「お世辞とか、そう言うまどろっこしいのは抜きで頼むよ。訳あって、ちょっと人探しをしていてね。ここの店主なんだけど」


 店主の容貌や服装の特徴を伝えると、野良猫は何か思い当たる節があるような顔をした。


「ああ、あの猫に親切な缶切りか! そいつの顔なら知ってやすぜ。この辺の猫の間では有名なんでさぁ。怪我をした時に助けてくれたり、腹が減っているときに食べ物をくれたりするとか。俺も昔、少しだけ世話になったことがあるんですが、家持ちはどうも水が合わず。野良の方が性に合っているんでね。……おっと、話が逸れちまった」


「アタシらは、その人間に雇われている店員なのさ。出かけたってきり行方不明で困っているんだけど、アンタ、何か知らないかい? 出先でトラブルがあったかもしれないんだ」


「なんだってッ!? そいつはいけねぇ! あのお人は俺たち猫にとっての救世主よ。早く探し出してやんな! 俺があの缶切りを見かけたのは、昼頃、姐さんたちの店のすぐ目の前だ。そこの階段を下りて来て、あっちの方に歩いて行ったのは間違いない。申し訳ないが、その後どうしたかまでは知らねぇ。面目ない!」


「いや、それだけ分かれば十分さ。助かったよ」


 にこやかに挨拶をして別れる2匹。


 すっかり取り残された3匹は、その様子をを呆然と見送った。


 最初に我に返ったのはつくしだった。


「え? 姐さん? もしかして、シロテってめっちゃ有名なボス猫だったの? びっくりしたんだけど」


「あー、昔取った杵柄さ。……まぁ、アタシの話はいいから。とにかく、店主の向かった先を調べようじゃないか」


 多くを語ろうとしないシロテ。


 つくしとグレイは背筋を伸ばした。


 先頭をノシノシ歩くシロテに聞こえないよう、2匹で囁き合う。


「ねぇ、港町のシロテの噂って聞いたことある?」


「ないよ。怖いから聞かなかったことにしよう」


 なお、しっぽは特に興味がないらしい。


 チンピラに飽きた彼女は、虫を追いかけ回して遊ぶことに夢中のようだ。

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