さて、大人の猫たちが、やんちゃな子猫に手を焼く傍らで。


 周囲の様子を全く気にすることなく、別のことに熱中いる猫がいた。


 ちょっとマイペースな所がある雑種のメス猫、白キジブチの「しっぽ」だ。


 大の遊び好きな彼女は、店主の定位置であるパソコンデスクの周りをひっかきまわしていた。


 書類の山から目ざとくおもちゃになりそうな白い紙片を見つけ出すと、何枚もあるそれを集めて、つついて狩りごっこを始める。


「わーい。カサカサ、カサカサだ」


 1人遊びするしっぽの様子を微笑ましく見守っているのは、この店のボス猫だ。


 どことなく風格のある、落ち着いた雰囲気。雌のサビ猫、シロテである。


 無邪気なしっぽの姿に相好を崩していたシロテは、ふと、あることに気付いた。


 しっぽがじゃれついている紙片に、文字が印刷されている。


「グレイ。ちょっといいかい。その紙になんて書いてあるのか私に教えなさい」


 呼びつけられたのは、周囲の喧騒から少し距離を置いている学者猫のグレイだった。


 彼女は血統書付きの素晴らしいコラットだが、ブリーダーが夜逃げして放置されていたところを、店主の手で救助された。


 猫たちから「学者先生」というあだ名で呼ばれる彼女は、血統の強みで他の猫より目鼻がきく。


 そんなグレイは頭脳明晰で、缶切りの言葉を聞き取って理解できるだけではなく、文字まで読める才媛だ。


 そんな彼女にも欠点はある。


 聴覚が優れているせいで騒音が苦手で、物音にびっくりするとその場で固まってしまうのだ。


 そのため、グレイは騒ぎを避けて一匹で隅っこにいることが多い。


 シロテからの呼び出しに気が進まなそうな様子を見せたグレイだったが、ボス猫には逆らい難いらしく、小さく嘆息して重い腰を上げた。


 そして、グレイはしっぽがじゃれついている紙片を取り上げ、クシャクシャになったそれを広げて読む。


「これは昨日の、これは一昨日のだわ。もっと前の日付のもある。これは、コンビニという店のレシートよ。コンビニは街中にたくさんあるみたい。といっても、私もテレビで見たことがあるだけだから、この店の周辺にコンビニがあるのすら良く知らないけど。人間の食べ物の名前が並んでいるから、きっと店主が食べていた昼ご飯……」


 その時、子猫のチビがミーミーと、一際大きな声で鳴いた。


 驚いたグレイが、目を丸くして硬直する中。


 チビは自分を連れて出ることを渋るつくしをせっついている。


「はやく探しにいきましょうよ! てんしゅさんの匂いをクンクンして探すのです! 獲物を追いかけるのはとくいですから、ぼくに任せてください!」


 つくしは子猫の説得を放棄して、仲間を呼んだ。


「おーい、学者先生、シロテの姐さん! こっちこっち。早く出かけようよ」


 つくしは戦うのは得意だが、小難しいことは良く分からない。


 こういう問題が起こった時は、この二人に任せておけば何とかなると思っている。


 だから、ごく当然のことのように、彼らを店主探しの頭数に入れていた。


 屋外の喧騒が苦手なグレイが頭を抱える中、呼ばれていない猫が話に飛び付いてきた。

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