事件が起こったその日。


 猫カフェの午前中の営業は、平常どおりだった。


 営業開始からしばらくして、太陽がひときわ高く登ったころ。


 店の入り口を施錠した店主は、いつものように昼の買い出しに出かけたのだった。


 この猫カフェには、ご飯を食べる姿を人間に見られることが苦手な元野良が多い。


 そのため、猫のストレス対策として、店長はいつも12時から13時はいったん店を閉め、猫の食事を用意している。


 それが終わると、店長は今日のように猫の食事中に外出して、どこからともなく人間用の食べ物を持って帰ってくる。


 いつのことだからと誰も気に留めなかったが、今日は何だか帰りが遅かった。


 時計の針を見ると、昼の休憩時間はとっくに終わっている。


 いくら待っても、出かけた店主は帰ってこない。


 心配性な猫が何匹か、ドア付近でをウロウロしているが、大多数の猫はダラダラ過ごしていた。


 この店は店長が一人で回している関係で、もともと不定休である。


 午後から急に半休になるのは、割とよくある光景だった。


 どうせまた、用事か何かで午後は店を閉めることにして、どこか遠くにでも出かけたのだろう。


 とか言いつつ、晩ごはんが出るのを待っていた。


 ところが。


 そうこうしているうちに、やがて太陽は沈み、窓の外は真っ暗になった。


 明日も朝から店を開ける日だろうに、夜遅くになっても一向に戻って来ない。


 暢気に構えていた者もさすがに異常であると思い始めた。何より空腹だ。普段ならもうとっくに夕飯の時間なのだから。


 あの猫好きの店主が、我々の晩ご飯の時間になっても帰って来ないなんて絶対におかしい。


 所用でどうしても帰って来られないとき、店主はいつも自動給餌機という機械にカリカリをセットして出かける。


 なのに、今回はそれすら準備されていない。


 ひょっとして彼の身に何かあったのではないだろうか。


 大人の猫たちが深刻な顔でザワついている中、新入りのシャムの子猫チビが、ミーミーとご飯と鳴き声を上げた。


 チビは店で一番腕っぷしが強いキジトラのメインクーン、つくしの元へとトコトコ歩いて行く。


 つくしに頼めば、きっと何とかしてくれる。そう思っているようだ。


 チビはキラキラと期待に満ちた目で、つくしを見上げている。


「せんぱい、せんぱい。ねぇ、ぼく、おなかすきました!」


 ミーミーとしきりに鳴いてご飯をねだるが、つくしは困った顔をした。


 猫の食べ物は、鍵のかかる場所に厳重に保管されているので、人間がいないと取り出すことができない。


 おやつ目当てでドア開けを何度も試みた彼は、そのことを良く知っていた。


 つくしは、「とりあえず落ち着け」と言って、大きな足で子猫の頭をてしてしと軽く触った。


 なにせ猫の手では、人間のように頭をなでてやるのが難しいので。


 つくしは餌が保管されている大きな戸棚をちらりと見て、うーんと唸った。


「困ったなぁ。人間がいないと、あの扉は開けられないんだよ。……仕方ない、ちょっと外に行って調達してくるか」


 その言葉に、冒険の匂いを察知した子猫は目を輝かせた。


「ぼくが、てんしゅさんを探してきます!」


「いや、危ないだろ。やめとけやめとけ」


 つくしの言葉に同意するように、大人の猫たちが口々に反対の声を上げる。


 ムキになったチビは、自分はもう一人前なのだと言い張った。


 人間の手のひらより小さな子猫は、お外の冒険に猫一倍憧れているようだ。


 鼻息を荒くしたチビは、先輩みたいにカッコよく大活躍して、皆を空腹から救ってみせるなどと息巻いている。


 つくしは、ますます困り顔になった。

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