第九話 侑浬の心(一)

 営業を始めて十日が経過した。客足は好調で、営業終了時間より前に完売する。売り上げは想像以上だった。

 叡秀は侑浬と侑珠が寝台で眠ったのを見届けると、麗孝と向き合い食卓に座った。


「あ~、疲れた。お店やるって大変なんだね」

「想像以上だったな。ここらで問題点を精査しよう。何かあるか?」

「問題だらけ。お弁当が足りない、予約の相談が多い、開店閉店準備で料理以外に割く時間が多すぎる。僕が慌ただしいせいで、侑浬と侑珠も気疲れする。特に侑浬」

「人を雇わないと駄目だな。掃除と荷運びなら調理技術は不要だ。接客は経験者がいいな。理念が一致する人材を探してみよう。調理面はどうだ?」

「弁当と総菜の平行が大変だな。作業が違うから同時にできない。だから弁当に入ってる以外の総菜を作れないんだ。特に肉料理は焼きが多い。僕は張り付きになるから最低限しか作れない。そろそろ草食獣人が飽きると思う」

「となると、そこも増員だな。採用はかけられるが、条件あるよな?」

「御膳官が務まるだけの調理技術と、薬膳の知識は欲しいね」

「厳しいな。胡老師に紹介してもらえないか聞いてみよう。それとも、どっかから仕入れるか? 隊商に肉食獣人専用の肉料理を作ってる店がある」

「隊商? それはちょっと……」


 ――嫌だ、と感情が即断した。

 経営面では必要だが、叡秀は隊商が好きではない。悪人はごく一部だろうが、表面上は善人との区別がつかない。侑浬も嫌がるはずだ。

 断ろうと思ったその時、がちゃんと何かが割れる音がした。音のした方を見ると、顔を青くした侑浬が立っている。足元で侑珠用に増やした植物の鉢が割れていた。


「侑浬! 大丈夫⁉」

「……ごめん。ぶつかっちゃった」

「いいよ。怪我はない? 踏むといけないからこっちにおいで」


 割れた鉢を踏まないように侑浬を抱き上げると、身体が小さく震えていた。ぎゅっと叡秀にしがみつき、離れたくないと全身で訴えている。

 叡秀も強く抱きしめ、とんとんと侑浬の背を叩く。


「何か用だった? 喉乾いた? 水でも飲む?」

「ううん。叡秀まだ起きてるんだなって」

「あ、うるさかったね。ごめんごめん。もう一度眠れるかな。まだ夜だ」

「うん」


 侑浬を抱いたまま寝台へ行き、兎の姿で眠る侑珠の隣に寝かせてやる。

 元々一人暮らし用の家なので寝室は一つしかない。幸い寝台が大きいので三人一緒に眠れる。人間と共同生活もできるよう、できるだけ寝室で寝るようにしている。

 侑浬は叡秀の腕を放そうとしないので、傍に腰掛け、とんとんと軽く腹を叩いてやる。眠ったのを見届けると麗孝の元へ戻った。麗孝は不思議そうな顔をしている。


「どうした。具合でも悪いのか?」

「疲れただけだと思うよ。仕入れの件は考えさせて。僕がどうにかする方法もあるかもしれないし。もう遅いし、夕飯食べてく? 何か作るよ」

「いや、悪いがこれで失礼する。別件があるんでな」

「そっか。じゃあまた明日ね」


 察してくれたのか、麗孝はそれ以上追及せず帰って行った。

 寝室へ戻ると、侑浬は侑珠を抱きしめ眠っていた。いつも通りだが、今日はより強く抱きしめているように見える。

 この日はいつも以上にぴったりとくっついて眠った。両親が叡秀の育て親を探していた間、そうしたように。

 明日は定休日だ。朝寝坊しても問題はない。心行くまで眠れるだろう。


 翌朝目が覚めると、侑浬と侑珠が腕の中で嬉しそうに笑っていた。既に目を覚ましていたようで、侑珠も人化しているが二人とも着替えていない。


「おはよう。起こしてくれればよかったのに」

「いいの。こうしてたかったの」


 侑浬はぎゅっと抱きしめてくれた。もう震えてはいない。侑珠も侑浬を真似してか、叡秀にぴったりとくっついている。

 応えるように侑浬と侑珠を抱きしめて、そのまま侑浬を抱えて立ち上がる。


「朝ごはんにしよう。湯浴みして着替えておいで」

「うん! 侑珠。お湯であったかいあったかいしよう!」

「あったかいあったかい!」


 侑珠は兎になり、ぴょんっと侑浬の肩に飛び乗った。湯浴みは兎の姿でするのが好きらしい。

 お湯を沸かすところまでは叡秀がやる。二人が湯で遊ぶ間に食事の支度をするのが毎朝の流れになっている。

 湯浴みをする二人はいつも通り楽しそうで、怯えている様子はない。やはり隊商が出入りする話に驚いたのだろう。そうでなくとも、侑浬と侑珠を保護してからひと月も経っていない。環境を変えるのは早すぎるかもしれない。

 隊商の仕入れは先送りにさせてもらおうと決め、叡秀はいつも通りに朝食を作って並べた。侑浬と侑珠も人化して着替え終わり、食卓に着く。


「叡秀。お客さんが列作る所に、売ってる物を書いた看板置きたい。売り切れたら『売り切れ』って書くの。並んだのに欲しい物がなくてがっかりする人いるんだ」

「あ、いいね。侑浬ってよくそういうの思いつくね。凄いよ」

「えへへ。絵で描く方がいいな。文字は読めない人いるから」


 侑浬は得意げに笑った。侑珠は分かっていないのか、首を傾げているけれどにこにこ微笑んでいる。

 絵は叡秀も描ける。献立を考える時に、完成予想図を絵で描くことがあるからだ。

 だが絵を描くようになったのは養護施設にいた時だ。養護施設はただ寝泊まりするのではなく、絵を描いたり歌ったり、様々な遊戯をする。遊戯に何の意味があるかなど考えたことはなかったが、あれは教育だったのかもしれない。

 侑浬は利発だが、接客や販売を教えられただけなら、一般的な子供の学びを経験していないかもしれない。侑珠は今やらなければいけない年齢だ。

 それならば、と叡秀はぽんっと手を叩いた。


「看板になる物を陽紗の店へ買いに行こう。ついでに二人の生活用品も買おうか。衣服が足りないからね」

「いいの⁉ じゃあ侑珠に赤いのが欲しい! 侑珠のおめめと同じ色!」

「色を合わせるなんてお洒落さんだね。よし。侑浬もお揃いになる衣服を探そう」

「うん! 侑珠また可愛くなっちゃうね!」


 侑浬はぐりぐりと侑珠に頬ずりをした。侑浬はいつでも侑珠のことが最優先だ。

 仲睦まじい様子を眺めながら食事を終わらせると、早々に陽紗の店へ向かった。

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