第六話 獣人薬膳の販売(三)

「料理店の弁当は平均単価銀二両だ。家庭料理の延長なら、銅五がいいところだな」

「へえ。詳しいですね。じゃあ銅五にします。侑浬。三つで銅十五両だよ」

「分かった! 三つで銅十五両です!」

「こんなに入ってて銅五は安いわね。はい、銅十五」

「有難うございます! 侑珠、ありがとうございます、だよ」

「ありあとごます」

「ふふ。君もたくさん食べて、いっぱいお喋りしないとね。有難う」


 まだ長い言葉をしゃべりきることのできない侑珠は、自分なりに言葉を短縮したようだった。一生懸命に接客する姿は客をも癒す。女性は子供の手を引いて、笑顔で帰って行った。

 一人購入したところで火が付いたのか、どっと人が押し寄せてきた。


「うちは四人家族だけど二つで足りそうだわ。肉食用を二つお願い」

「有難うございます! 二つで銅十両です!」

「うちは草食用を二つお願い。嬉しいわ。こんな良いことを教えてもらえて」

「みんなが美味しく健康になってくれたら俺たちも嬉しいよ! 銅十両です!」


 侑浬は程よく客と会話をしながら、ちゃくちゃくと弁当を売っていった。質疑応答は叡秀が受けなくてはいけないので、うまく作業を分担できる。

 それから一刻もすると、持ってきた弁当は全てなくなっていた。三日分の食料を使い切ったのに一刻で完売なんて、想像よりも早かった。


「ごめんなさーい! 売り切れでーす!」


 侑浬は叡秀が言うよりも早くに客へ告げ、謝りながら客を見送っている。

 弁当売りの発案といい接客といい、明らかに経験者の対応だ。人身売買の隊商にいたのなら、接客は叩き込まれていただろう。叡秀もそうだった。

 喜んでいいのか分からないが、侑浬は充実した顔をしている。侑珠も嬉しそうで、今が幸せなら一先ずはそれでいいと飲み込んだ。

 ふうと一息つくと、まだ残っていた数名の客にとんっと肩を叩かれた。


「明日も売りに来る? それなら草食用を四人分、予約させて欲しいんだけど」

「それなら俺も頼みたい。肉食用を八個」

「うちは草食を三つ欲しいわ」

「俺は仕事の昼に持っていきたい。昼前に肉食用を一つほしいな」

「ちょっと待ってちょっと待って。そんな準備は整ってないんだ」


 無職になる可能性を踏まえると、貯金もしておきたいところだ。しかし客の目は期待に満ちていて、非常に断りにくい。侑浬もわくわくした顔をしている。

 どうしようか悩んでいると、突如、ぐいっと肩を抱き寄せられる。


「うわっ! 何! 誰!」

「準備は俺が整えてやるから引き受けてやれ」

「はい? あれ? あなたさっきの」


 耳元で男の声がした。抱き寄せてきたのは、先程弁当の値段付けをしてくれた男だった。肩まである黒髪の一部を後頭部で結い、残りは降ろしている。髪はわずかに波打っていて、洒落っ気のある髪型だ。宮廷職員なら叩き出されているだろう。


「さっきは有難うございました。けど、整えてやると言われても……」


 何をどう整えるのだろうか。まさか食材を無料で出してくれるとでもいうのか。

 得体のしれない男の登場に、侑浬と侑珠を背に隠す。しかし、男の疑惑を拭ったのは、叡秀が最も信頼している人物だった。


「食材は私が用意するから販売を助けてもらいなさい。この男は商売に優れている」

「雲嵐様⁉ 何してるんですか、こんな所で!」


 やけに嬉しそうな表情で現れたのは雲嵐だ。今雲嵐が会いに来るなんて、用件は一つしか思いつかない。


「解雇通告ですか? 早いですね、決定」

「それはまだだ。ただ、こいつがお前に興味があるというから連れてきた」

「薬膳にですか? それなら雲嵐様の専門じゃないですか」


 薬膳に限らず、叡秀の料理は全て雲嵐に教えてもらった物だ。雲嵐と話すことができるのなら直接聞く方が確実に早いし正確だ。

 だが男は、子供が玩具を見つけた時のような笑みを浮かべる。


「俺が興味あるのは薬膳じゃない。お前たち三人だ。人間、肉食獣人、草食獣人。この組み合わせは画期的――いや、驚異的と言っていい!」

「はあ……?」


 男は目をぎらつかせた。雲嵐が紹介してきた以上、危険な男ではないのだろう。

 だが話の筋が見えず、叡秀は後ろ手に侑浬の肩を抱く。


「よく分からないんですが、結局誰なんですかあなた。興味を語る前に、名前くらい名乗ってくれませんか」

「これは失礼。俺はよう麗孝りきょう。人間だが、獣人専門の企業を手広くやってる」


 獣人専門店は少ない。陽紗のように小規模な自営業が殆どで『企業』という形式になることはまずない。それも人間がやるなんて、よほどの獣人愛か金持ちの道楽か。

 ――それとも、有益な利害の一致か。


「珍しいことをしてますね。どういうつもりでやってるのか聞いても?」

「需要があるのに競合が少ないからさ。商人としては願ってもない好機」


 麗孝は力強く拳を握りしめた。前のめりに訴えてくる勢いは激しくて後ずさる。


「獣人料理はなかなか手を広げられなかったんだ。生態が分からないうえ、協力者も見つからない。混血だのなんだのと、手を出すのが難しい分野なんだ」

「枝分かれしますからね、獣種は。でもそんな規模の話なら、やはり雲嵐様に相談するほうがいいと思いますよ。僕は宮廷を出ることになると思うので」

「それだ!」


 麗孝はくわっと目を見開き、また一歩叡秀ににじり寄ってくる。


「ちょっと近いんですけど……」

「俺は商人だ。宮廷職員になるつもりは無い。俺から買って欲しいんだ。それには胡老師では駄目だ」

「そりゃまあ、御膳房も含めた御医院の太医令ですしね」

「そうだ。でもあんたは違う。胡老師が目を掛けながらも解雇目前。だが一瞬で人間の知識を獣人へ広め、求められた」


 麗孝はがしっと叡秀の肩を抱き、後ろで目をぱちくりさせている侑浬と、さらにその足にくっついている侑珠を見た。


「あんたは獣人を救う技術と縁を持っている。素晴らしい商品力だ!」

「ただ薬膳を作っただけですよ」

「一番大事なのは縁の方だよ。よし、説明してやるか詳しい話をしようじゃないか。場所はある。行こう」

「は? 場所って何の? 何の話するんです?」


 叡秀はぐいっと手を引かれ、慌てて侑浬の手を握る。侑珠も察したのか、獣化してぴょんと侑浬の肩に飛び乗った。

 麗孝は客の方を振り向くと、ぶんぶんと手を振る。


「三日後から正式に開始する! 予約はまた後日だ! 楽しみにしててくれ!」

「え⁉ ちょ、ちょちょちょちょちょ!」


 麗孝は勝手なことを叫ぶと、叡秀を掴んだままずんずんと何処かへ向かって歩き出した。助けを求めて雲嵐を振り返ったが、何故か満足気な微笑みで見送られた。

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