第四話 人里で暮らす獣人の知恵(三)

 陽紗はずいっと木箱を差し出した。箱には髪飾りや耳飾りがずらりと並んでいる。一つずつに販売価格が書いてあり、銀五両から銀十両前後。

 叡秀の月給は金五両だ。宮廷職員は一般家庭の平均収入よりもかなり高額だが、叡秀は物欲がないので最低限しか金を使わない。

 土地も家も買い取ったため家賃はなく、月の生活費は金一両でもお釣りが出る。

 金一両は銀百両に相当するため、銀五両も銀十両も叡秀にはさしたる額ではない。


「獣人は絶対に装飾品を付けてなきゃ駄目よ。間違えて人間が捕まえちゃったり、狩られる事件がたまにあるの。野生動物じゃないですよって目印ね」

「侑浬と侑珠はまだ小さいし、もっと大きい方が目立つんじゃない?」

「大きすぎると重くて疲れるのよ。目立たせるなら、硝子玉じゃなくて宝石にするのがいいわ。ただ値段が上がるのよね。そこそこ」


 陽紗は持っていた木箱を置いて、部屋の奥から別の箱を持ってきた。

 箱は金属製で、しっかりと鍵が掛けられている。

 陽紗が鍵を開けると、中には先ほどの装飾品とは比べ物にならない輝きを放つ宝石を使った装飾品が並んでいた。

 輝きよりも気になるのは価格だ。一番安い物でも金一両、上は金十両以上と相当な額が付けられている。最低でも叡秀の月給二、三か月分が飛ぶ。

 普通に考えたら、拾った子供に買い与える額ではないけれど、命を守る金額と思えば、叡秀にとっては安い買い物だった。


「いいよ。二人の安全が優先だ。どれが一番いいの?」

「そうねえ。予算に上限がないなら、金剛石に色石が複数付いてるのをお勧めするわ」

「そうなの? 何で?」


 叡秀が首を傾げると、陽紗は侑浬たちには聞こえないようこそっと耳打ちをした。


「人身売買対策よ。金持ちの子だと一目で分かるから、商品にはせず親に身代金要求すんの。いっぱい石付いてりゃ金持ちでしょ?」

「でも金持ちほど狙われない?」

「獣人の金持ちなんて狙わないわよ。人間社会で伸し上がるなんて、よっぽど獣として優れてて人間の権力者に伝手がなきゃ無理よ。返り討ちに合うに決まってるわ」

「なるほどね。じゃあ色石付きにしよう。でも飛び跳ねたら取れちゃいそうだね」

「そう。だから兎はぴったりする耳飾りが一般的ね」


 陽紗はまた別の箱を持ってきて、金剛石の耳飾りをいくつか見せてくれた。

 お洒落心のない叡秀にはどれも同じに見えたけれど、一つだけ目に留まった耳飾りがあった。金剛石に黄と赤の小さな宝石が付いている耳飾りだ。


「これはどう? 黄は侑浬の毛並みで、赤は侑珠の瞳みたいじゃない?」

「ほんとだ! 俺と侑珠みたいにくっついてる!」

「どうしたの、叡秀。人のことになると急にお洒落ね。いい選定だわ。二人とも、付けて動いてみてちょうだい。留め具を耳のくぼみに嵌めるのよ」


 叡秀は耳飾りを侑浬と侑珠の耳に付けてやった。耳飾りも留め具が伸縮するようになっていて、耳の形状が変わってもくっついたままになっている仕様だ。

 耳飾りを付けた侑珠がぴょんと跳ねると、光を跳ね返して金剛石の輝きが弾けた。侑浬は侑珠が飛び跳ねるたびに、自分もぴょんぴょんと跳ねている。


「侑珠すごく可愛いよ! きらきらしてる!」

「侑浬も似合ってるよ。二人お揃いですごく可愛い」

「そう簡単に落ちないけど、付いてるかは常に気にしなさいね。金額的にも」


 値札には一つ金十両となかなかの値段が付けられている。合計金二十両はひと財産だが、侑浬と侑珠が幸せでいられるのなら惜しいとは思わなかった。

 侑浬は飛び跳ねていた侑珠を抱いて、くんっと叡秀の袖を掴む。


「本当に買ってもらっていいの?」

「いいよ。二人が嬉しいなら僕も嬉しいからね。よく似合ってる」


 叡秀はもじもじする侑浬の頭を撫でながら、懐から袋を取り出した。無造作に金を取り出しぽいぽいと陽紗へ渡す。


「あんたほど金を雑に扱う奴いないわね。持ち歩く額じゃないでしょうが」

「だって使わないから、大事にするのも面倒なんだよ。足りる?」

「余るわよ。でも今取り寄せてる分を入れればちょうどね」

「じゃあそれで。獣人の子供に必要な物があればまた教えて。金額は気にしないで」


 人生で金が役に立ったのは、今の家を買った時くらいだ。それも本当なら森へ戻りたかったけれど、戻れないから妥協をしていた。

 それが今初めて役に立った。陽紗は驚いたような、嬉しそうな顔をしている。

 叡秀は侑浬の手を握り、侑浬は侑珠を抱いた。


「それじゃあ帰って薬膳を作ってみよう。陽紗、有難う」

「ええ。あ、これおまけにあげるわ。獣人用の饅頭。持ち歩いて、ちょっとずつ食べさせてあげて。薬膳もいいけど、子供のうちは色々食べないとね」


 陽紗に饅頭の入った袋を懐にねじ込まれる。昔は涼成も口にねじ込まれ、人里で売っている物を食べられるようになったきっかけでもある。

 昔から変わらない陽紗の明るさと優しさに感謝した。充実した気持ちで、叡秀と侑浬、侑珠は帰路につく。


「陽紗って楽しいお姉さんだね」

「そうだろう。面白い商品をいっぱい知ってるから、また遊びに行こう」


 侑浬は怯えていたことはすっかり忘れたようだった。羽織と耳飾りを付けた侑珠を見つめては嬉しそうに微笑み、侑珠もすんすんと鼻を揺らしている。

 二人の幸せそうな様子に幸せを感じたが、ふいに侑浬が足を止めた。


「どうしたの、侑浬」

「あの子猫、様子が変だよ」


 侑浬の視線の先には一匹の子猫がいた。ぐったりしていて、座っているというより倒れているように見える。装飾品は何もつけていない。


「野生か、捨て猫かな。人間は飼育を放棄することもある」

「違うよ! あれ獣人だよ! 匂いが人間じゃない! 侑珠と同じ匂いがする!」


 叡秀には普通の猫に見えたが、獣人同士、察せられるものがあったのだろうか。

 侑浬は顔を真っ青にして、隊商を見た時と同じように怯えた顔をしている。

 人身売買隊商は善人面で手を差し伸べ、商品へ磨いて売り飛ばす連中だ。愛玩獣種は買い手が付きやすい。


「様子を見に行こう。あのままじゃ危ない」

「うん!」


 叡秀は侑浬の手をしっかりと握り、侑浬は侑珠を抱いて子猫の元へ走った。

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