第四話 人里で暮らす獣人の知恵(二)
「陽紗。子供なんだから手加減して。獣人専用衣は初めてなんだ。説明してあげてよ」
「お任せあれ! 少年! お名前言えるかな! 獣種は何かしら!」
「侑浬。虎獣人です。こっちは弟の侑珠。兎獣人です」
「へー。混血の兄弟とは珍しいね。獣化してくれる? 寸法見るから」
侑浬は不安なのか、ちらりと見上げてきた。叡秀が頷いて応えると、侑浬は羽織を脱いで虎へと姿を変えた。
人間は虎や獅子といった肉食獣、野生で獰猛な獣種を恐れて近づこうとしない。けれど陽紗は全く恐れず、侑浬の前にしゃがみこんだ。
「まだ小さいね。でも肉付きは悪くないじゃない。力仕事でもしてた?」
侑浬はぴくりと耳を揺らした。
涼成も言っていたが、侑浬の身体つきは貧相ではない。人間態で筋肉があるのは、人間態で運動をしていたということだ。獣態と人間態では筋肉が異なる。
力があり殺傷能力が高い肉食獣人は、労働力や武力として扱われる。人身売買に限らず、仕事で役に立つので人間に需要があった。
おそらく侑浬は鑑賞目的ではなく、実用性を重視して育てられたのだろう。
こういうことを考えると、見捨てた青年の顔が脳裏をよぎる。美しい顔立ちに白い肌。きっと観賞用に育てられたのだろう。
叡秀はぶんぶんと頭を振った。今は目の前の侑浬と侑珠を守ってやりたい。
陽紗は早くも衣服を選んでくれたようで、侑浬に着方を教えてくれている。緑色の生地が侑浬の黄色い毛並みによく合っている。
「どう? 苦しくない? この辺歩いたり飛び跳ねてみてよ」
侑浬はこくりと頷き飛び上がった。
店内、特に衣服棚の近辺は広い。重量感はあるが飾り気のない立方体が積み木のように重ねられ、段差が多く付けられている。獣態で問題なく動けるかを試すためだ。
侑浬はとんとんと飛び跳ね、あっという間に天辺にたどり着く。
「大丈夫そうね。じゃあそのまま人化してごらん。着たままで大丈夫だよ」
侑浬はぴたりと固まった。
獣態と人間態は全く姿が違う。だから衣服は共用できず、羽織を被るしかない。
侑浬は困ったように叡秀を見上げ、首の辺りをちょんちょんと突いた。首が締まると教えたのを覚えているのだろう。
叡秀はぽんっと侑浬の頭を撫でた。
「大丈夫だから試しにやってごらん。苦しかったらすぐ獣に戻ればいい」
侑浬は少し迷ったようだったけれど、すっと目を閉じた。
するすると人間に姿を変えるが、それと共に服も伸びていく。脱ぎ着することなく、人間の衣服の形に変わっていた。
侑浬は驚いて服のあちこちをぺたぺた触り、背を見ようとくるくる回っている。
「何で⁉ すごい! どうなってるの⁉」
「伸縮する紐が二重になってる生地を出入りさせるの。必要な分の生地が出ていらない分は引っ込む仕組み。人間はこういうのを考えるのが好きなのよね」
人間が獣人を嫌う理由の一つに、人化すると裸であることが上げられる。
本来獣の獣人は裸が普通だが、人間が裸で歩くのは非常識で罪に問われる。
そこで開発されたのが獣人専用衣だった。身体が伸び縮みするなら服も伸び縮みさせればいいだけ――という発想らしい。
人間が獣人のために開発してくれたという事実が、獣人の人間不信を一部解消した。だが実際は利害の一致だ。向上欲を満たし、金銭的利益があるからにすぎない。
それでも獣人が喜んだのは事実だ。侑浬も陽紗も嬉しそうにしていて、揃って今度は侑珠を覗き込む。
「侑珠君は何歳? 幼児は着るより包むだけの方がいいんだけど」
「五歳です。侑珠はほとんど人化しないから、専用衣はいらないと思います」
「駄目よ! 子供のうちから衣を着る感覚に慣れておかないと、大人になってから辛いわよ! 人里で生活するなら、野生と同じ感覚で生きてちゃ駄目!」
「そう、なの? そうかも……?」
陽紗の真剣な顔と勢いに負けたのか、侑浬はたじろいでいる。侑珠を抱きしめ困ったようにしていたので、叡秀は思わず助け船を出した。
「侑浬とお揃いがいいんじゃない? 同じ生地はないの?」
「汚い羽織を着せたわりに洒落たこと言うじゃない。あるわ。ちょっと待って!」
陽紗はばんっと叡秀の背を叩き、勢いよく衣服棚を漁り始めた。
一人で着替えが難しい年齢だったり、人間の服に不慣れな子供は、手足を通す服ではなく羽織で包まるだけにするのが一般的だ。
侑浬と同じ緑色の生地の羽織を見つけたようで、陽紗は眩しい笑顔で羽織を翻す。
「あったわ! よ~し。お兄ちゃんとお揃いよ~。着せてあげるからおいで~」
本人は満面の笑みかもしれないが、こちらからはにたりとした怪しい笑みに見えた。侑浬は一歩後ずさり、侑珠も侑浬にしがみついている。
「陽紗。頼むから怖がらせないで。侑浬。侑珠に巻いてあげて。これは紐じゃなくて、生地の端を釦でぱちんとするだけだよ」
陽紗から侑珠用の羽織を奪い侑浬に渡す。
広げると、台形になっていた。短い辺の端に細長い生地が飛び出ていて、先端には押し付けて嵌め込む形の釦がある。穴に通したり紐を結ぶ必要がない釦だ。
「子供衣は人化制御できない前提になってるわ。人化したら勝手に外れるのよ。万が一にも首が絞まったりしないようにね。さ、動いてみて」
「侑珠! ぴょんぴょんしてみて!」
床に降ろすと、侑珠は室内をぴょんっと飛び回った。二重になっている生地がふわりと広がり愛らしい。
愛らしさにやられたのか、侑浬は目を輝かせ頬を赤くした。
「侑珠! すっごく可愛いよ! ひらひらのきらきらがとっても似合ってる!」
「うんうん。兄弟お揃い、いいじゃない」
侑浬は侑珠を抱きしめぐりぐりと頬ずりをした。侑珠も嬉しそうに耳をぴるぴるっと動かしている。
兄弟のじゃれあいでほっこりしたけれど、陽紗はずいっと身を乗り出してくる。
「これも生地を引っ張り出せるのよ。見てて」
陽紗は穏やかな笑顔に戻り、羽織の裾を引っ張った。羽織も侑浬の服と同じように、伸縮する紐で生地が二重に付いていた。
重なっている生地は、首元からお尻の方向へ引っ張ることができる。引っ張ると羽織は大きな長方形になった。
「これを腰に巻いて下半身を隠すの。子供なら半裸も大目に見てもらえるわ」
「すごい! 侑珠! 人間になっても大丈夫だって! お姉さん有難う!」
「あら。まだ終わりじゃないわよ。一番重要な物があるの」
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