第四話 人里で暮らす獣人の知恵(一)

 叡秀は侑浬と手を繋ぎ、侑浬は片手で侑珠を抱いて街を歩いた。

 侑浬の反応は意外なものだった。てっきり期待と喜びではしゃいでくれるかと思ったが、怯えたようにきょろきょろしている。

 まるで何かを確認しているようで、人間を怖がっていた涼成によく似ている。

 これまでの様子から、人間社会を知っていると感じたので人里を恐れると思っていなかった。

 不思議に感じていると、侑浬が険しい表情で一点をじっと見つめていることに気が付いた。目線の先にあったのは露店を広げている大きな馬車だ。


「あれは隊商っていうんだ。馬車で移動販売をしてるんだよ。見てみる?」

「いい」


 侑浬は食い気味に拒絶をし、隊商から逃げるように叡秀の背に隠れた。明らかに恐れていて、そっと肩を抱いてやる。


「大丈夫だよ。みんな国に認可を得てる、身元のしっかりした人たちだ」

「そう……」


 言葉だけでは信じられないようで、侑浬は俯き表情を曇らせる。どうしたのか聞いてみようかと思ったけれど、隊商の方から大きなざわめきが広がり始めた。


「そっちを探せ! この辺で目撃情報があったんだ!」

「ここは外門が近いからな。外に行った可能性もある。二手に分かれよう」


 男の叫び声を聞いて、侑浬はびくりと身体を震わせた。

 叫んでいるのは武装をした男二人だった。男たちは翠煌国では見慣れない服装をしている。体の前で左右の身頃を重ねて帯を巻く、東の民族衣装だ。

 侑浬と侑珠は獣人を蔑む土地から来たように感じた。世界の中でも、特に東の人間は獣人を差別する地域だ。

 叡秀は東からの来訪者に見つからないよう、侑浬の手を引いて横道へ入った。


「うるさいから裏道で行こう。兎は大きい音が苦手だろう?」

「あ、う、うん。びっくりしちゃう」


 侑浬はほっとしたようだった。急かすように足早で、一刻も早くこの場を離れようとしているのは明らかだった。

 叡秀の中で一つの答えが導き出された。

 獣人を理解しない環境の育ち。難民同然の逃亡。人間不信。隊商が怖い。

 全て、人身売買から逃げた直後の叡秀と同じだった。


 ――侑浬と侑珠は、人身売買隊商から逃げてきたのだろう。


 叡秀は今でも馬車が苦手だ。隊商は近づかなければいいけれど、馬車は日常的に目に入る。その度に見捨てた青年の顔がちらつき、頭から消えてくれない。

 叡秀は侑浬の肩を強く抱いた。幼い二人は人生が始まったばかりだ。今もこれからも、ずっと楽しく幸せでいてほしい。


「今から行くのは僕の友達の店なんだ。人間だけど獣人が大好きで、好きすぎて専門店を開いたんだってさ。侑浬にとっては『良い人間』だよ」


 侑浬はまだ怯えた顔をしている。なんとか楽しい気分にしてやりたい。

 叡秀は一軒の店の前で足を止めた。看板には『宋獣人専門店』と書いてある。ここは叡秀も慣れ親しんだ店だ。

 叡秀の背に隠れる侑浬の肩を抱き、店の扉を開いて中へ入った。

 店内には様々な商品が並んでいた。袋詰めされている食料や玩具、大小様々な寝具、無添加の洗剤や石鹸。

 目当てである衣服は、店内で最も広く場所を使って並べられている。

 侑浬は驚いたのか、ぽかんとして立ち尽くしているが怯えた様子はない。一安心して店を見回すが誰もおらず、店員を呼んだ。


陽紗ようしゃ。陽紗? いないの?」

「いるいる! ちょいとお待ちを~!」


 叡秀の呼びかけに答えたのは若い女の声だった。ぱたぱたと小走りで来る足音が聞こえ、侑浬は慌てて叡秀の背に隠れた。

 侑浬が隠れたのと同じ瞬間に、若い女が部屋の奥から姿を見せた。ひょいっと荷物を乗り越え、踊るような足取りで傍へやって来る。


「いつも登場が忙しないね、陽紗は」

「は? なに気取ってんの。叡秀の前でおしとやかにしても得がないわ」


 陽紗は叡秀が養護施設を出て初めてできた友人だ。

 叡秀よりも三歳年上で、気さくな性格をしている。獣人に友好的な人間なら叡秀と涼成も仲良くしやすいだろうと、雲嵐が紹介をしてくれた。


「今日はどうしたのよ。頼まれてた獣人用観葉植物はまだ届いてな――」


 届いてないと言い切る前に、陽紗は侑浬と侑珠を見つけて飛び上がった。


「は⁉ いつのまに子供作ったの⁉ てかおっきいじゃん! いつの子⁉ しかも可愛い! あれ⁉ 兎ちゃんだ! もしかして獣人⁉ やだ可愛い!」


 陽紗は叡秀が紹介するより早く、侑浬と侑珠に飛びついた。いきなり抱きしめ頬ずりをされ、侑浬は驚きのあまり固まっている。


「落ち着いて。行き倒れを保護した獣人の兄弟だよ。僕の息子じゃない」


 叡秀は陽紗をべりっと剥がして、侑浬と侑珠を背に庇う。侑浬は相当驚いたようで、まだ固まったままだ。


「ごめんね。驚いたろ。この人はそう陽紗ようしゃ。いつもうるさ――賑やかで楽しい人だよ」

「今うるさいって言おうとしたわね? あんたと涼成みたいに暗いよりいいじゃない。しょぼしょぼしたっていいことないわ。こんな可愛い子ならなおさらよ!」


 陽紗はまたも侑浬を抱きしめた。ぐりぐりと頬を摺り寄せ頭を撫でている。


「可愛いわ~! お姉さんは人間だけど獣人も大好きよ! こんな可愛い子にこんな汚い羽織を着せるなんて美意識の低い男ね。いらっしゃい! 私が可愛いのを選んであげるから!」


 止める間もなく、陽紗は侑浬を衣服棚の前へ飛んで行った。

 陽紗は人の話を聞かないところがあるけれど、叡秀と涼成が人間社会に馴染めたのは陽紗のおかげでもあった。

 この明るさと勢いであちこちへ連れ回してくれて、人間への恐怖心もなくなった。きっと侑浬と侑珠を元気付けてくれる。

 叡秀は既に盛り上がっている陽紗の後に付いて衣服棚へと向かった。

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