神の采配

れをん

神の采配

「貴様っ! イカサマしたな!」

「いやいや、なんもしてへんって」

 癖毛の男が手のひらをひらひらとさせながら、激昂した男に生返事をする。茶色い瞳がはまった眼が特徴的で、綺麗な瞳と対照的に目の周りには隈が目立つ。長身で顔立ちのいい男は女受けもいいだろう。

「僕は公平にディーラーをしているよ」

 大袈裟ともとれる振る舞いでトランプカードをシャッフルしている男は東雲祥貴。金髪の髪を撫で付け、白いスリーピースのスーツを見に纏っているが、こんな派手な格好はこの男でなければ、服に着せられているように見えてしまうだろう。

「はあ、千葉と勝負なんかするから」

 右目は前髪で隠れており、左側の髪の毛はピアスのついた耳にかけている。細長い切れ長の左目を細くし、激昂した男に哀れみの目を向けている。紫色の所謂ツナギと呼ばれる紫色の作業着に黒いブーツを履いた男は、オイルライターで紙巻きタバコに火をつける。

「もうここらでやめといたらどうだ?」

「綿奈部綱吉、止めるんじゃない! ここまで負けたんだ! 取り返すまでやるぞ! 勝ち逃げは許さん! いいな、千葉恵吾!」

「かまへんで、カミサマの気が済むまでどうぞ?」

 カミサマと呼ばれた男は、邑神有奇。袖の長い黒いローブのような上着を羽織り、カーディガンとループタイが胸元から覗く。どのような仕組みになっているのか、上着はひらひらと不穏に靡いている。アンダーリムのメガネをかけており、中性的な顔立ちをしている。前髪は切り揃えられ、輪郭のあたりまで髪を伸ばしている。灰色の髪は落ち着いた印象を抱かせるが、今は怒りとともに少し乱れているようだ。そして、関西弁のイントネーションで話し、机上の山のように積まれたチップを整理している千葉と呼ばれた男は千葉恵吾。襟元は花柄の派手な柄のデザインが入っており、ネイビーのベストとスラックスは彼用に仕立てられているのだろう。タバコを吸っている男は綿奈部綱吉だ。邑神が激昂するに至るには、時間を遡って説明する必要がある。


――扉のベルが鳴り、店内に来客を知らせる。ボードゲームカフェ「ユートピア」。娯楽やマスターによる料理を求めて客たちはこのカフェへと集まる。千葉はここの警備兼店員として、東雲、綿奈部、邑神は常連としてこの店を利用している。この日は依頼人との打ち合わせをこの店で終え、千葉たちは食事をすることになっていた。

「どうせやったら真理愛ちゃんが来るまで、なんかせえへん?」

「なんかって、何をするんだい? 恵吾くん」

 東雲が問う。 

「そうやなあ……短時間でできるか、中断しやすいのがええなあ……」

 千葉は店内のボードゲームが置かれている棚を見回す。

「ポーカーにせえ……」

「フォールド。俺は降りる。見物するだけにする」

 綿奈部は千葉が言葉を終える前にゲームへの参加意思がないことを伝える。

「ええ〜。ノリ悪いなあ。祥ちゃんらはやるやろ?」

「棚を眺めていた割には、トランプを使ったゲームなんだね。まあ、僕は問題ないよ」

「自分も問題ないが、正直役ぐらいしかわからないぞ?」

「かまへんかまへん! ルールはわかりやすいドローポーカーでやろ!」

 千葉はデモンストレーションを交えてルールを説明し、チップを均等になるように配る。

「ほな、始めよか! どうせやったらお金も賭けようや! マスターがカジノの営業許可とってるから問題ないやんな?」

「その前に、袖の下のカードを山札に戻してからだよ。それから、僕の後ろのテーブルについている人も移動させてくれるかな?」

 千葉はドキッとしたような表情をし、袖の下のスペードのエースと絵札のカードを2人に見せ、山札に戻した。東雲の後ろのテーブルの客にもアイコンタクトを送り、他のテーブルへとつかせる。

「これでええか?」

「やれやれ、東雲祥貴がいてくれて助かったよ」

「有奇くんは初心者だし、恵吾くんは信用できないので、僕がディーラーをやろう。異論はないね?」

「はいはい」

 レートの取り決めなどのやり取りをしたあと、東雲はトランプを慣れた手つきでシャッフルし、各々にカードを配った。

「さて、ゲーム開始といきましょうか」

 ゲームが続くにつれ、千葉、東雲、邑神の順にチップの総数が多い。しかし、三人に大きな差はないようだ。千葉は順位の変動を繰り返し、東雲は勝負所を逃さない。邑神は堅実な勝負を仕掛け、決して無理をしない賭け方をしていた。ポーカーはただの運勝負ではない。チップの駆け引きやどこで勝負をかけるか、いかに相手に勝負をしてもらうかなど、手札のカードの強さだけで勝負が決まらないところが醍醐味である。

(この手札は……)

 邑神が配られたは二、八、八、十、十。二を交換し、八か十のカードがくればフルハウス。強気に勝負ができる。

(気取られないようにチップの額を決めねば)

 邑神は周りのベット額に合わせて一巡目のベット額を決める。千葉と東雲も問題なく勝負に参加していく。最初のベットが終わり、手札の交換を順番に行なっていく。千葉と東雲は三枚の交換を行った。

(さて、どうなるか)

 邑神が引いたカードはハートの十。

(よし、徐々に掛け金を上げて勝負をかけるぞ)

「……このぐらいか」

 邑神は二人の提示したベット額より、少し上げる。

「おっ自信ありか? カミサマ」

「どうかな? で、どうする?」

「乗ろうか」

 東雲は邑神の提示額と同額ベットする。

「おー、祥ちゃんやるね! じゃあ……」

 千葉は現在のベット額の二倍の額を提示した。

(何? 千葉恵吾……手札によっぽど自信があるのか?)

「どう? 勝負する?」

「フォールド。僕は降りよう」

 涼しい顔をしながら東雲は勝負を降りる。

「ええー、ノリ悪いなあ。カミサマは?」

(やはり余程いい手札なのか? いや、しかし三枚の手札交換ならば……こちらはフルハウス。余程のことがない限りは……)

「カミサマ悩んでんの? じゃあストレートかフラッシュ辺りかなあ?」

「揺さぶりはやめろ」

 邑神は大幅に掛け金を上げる。

「図星なんちゃうん? 強気やなあ」

「いいからベットを進めろ」

 邑神は表情に出ないように平静を装う。

「俺もここは引かへんで」

 千葉はにやにや笑いながら、更にベット額を吊り上げる。

(こいつ……いや、ハッタリだ)

 邑神は更にベット額を吊り上げる。

「キリがないなあ。カミサマ、俺は手持ちの全額かけるわ」

 千葉は手持ちのチップを全て場に出し、大勝負に出る。

「手持ち全部出すわ、駆け引きなしで手札勝負にしよ、どう、乗ってくる?」

(……フルハウス以上の手札なのか? いや、確率で考えればこちらの方が強いはずだ)

「カミサマ、はよ決めてや。どう?」

「うるさい。いいだろう。勝負だ」

 邑神は額に汗をかいていたが、自身ではそれに気づかない。

「ではショーダウン!」

 邑神は自身のフルハウスの手札を見せる。

(千葉恵吾の手札は?)

 Aのワンペアだった。

「貴様、ハッタリか」

「うーん、カミサマがびびって降りることに期待したんやけどなあ」

「ふん、実際かなり迷ったがな」

「勝負ありか、恵吾くん」

「カミサマお願い! チップ貸して! 勝って返すからもうちょいやろ? おもろいし」

「僕はそれでもいいが、いいのかい、有奇くん?」

「構わないぞ。自分の大勝で終わりそうだしな」

 邑神はいくらかチップを千葉に渡す。

「さっすがカミサマ! じゃあ、もうちょい楽しも!」

 その後もしばらくゲームが続いていった。




(おかしい……)

 千葉にチップを貸し、何ゲームか進行していた。大勝していた邑神のチップの山はじわじわと小さいものとなっている。

(勝てない……? いや勝負をさせてもらえない)

 邑神に良い手がきた時に限って千葉と東雲は勝負を降り、勝負するか迷う時に確実に千葉が勝つ。千葉に貸した分のチップは既に返ってきており、着実に差を詰めてきている。

(こちらの手はフラッシュ……ならば強気に)

 邑神はここぞとばかりにベット額を上げる。千葉はそれ以上のベット額を提示する。

「強気だな千葉恵吾。余程良い手札と見える」

「流れはこっちにあるんやでカミサマ」

 千葉は不敵に笑っている。

(表情からは読めないな)

 邑神はベット額を更に上げる。

「いかに自信があろうとこちらの手に勝てるとは思えないな」

「カミサマが後悔するとか見てみたいな」

 千葉は大幅にベット額を上げる。邑神の額に汗が流れる。

(ストレート以上の手札なら負ける……)

 邑神の脳裏に負けるイメージが過ぎる。

「フォールドだ千葉恵吾。この勝負は諦めよう」

「じゃあ手札見せ合おか」

 邑神はフラッシュの手札を見せる。

「嫌な予感がしたからな。フラッシュであっても降りさせてもらった」

 千葉の手札がゆっくりと見せられる。

「いやあ良かった良かった。こんな手で勝てるとは」

 千葉の手札は数字も柄もバラバラで何の役も揃っていない。

「貴様……」

「いやあ、ポーカーの醍醐味って感じやなあ」

 千葉は上機嫌で場のチップをかき集める。

「ちまちま勝ってもおもんないなあ……次の勝負チップ全賭けにしいひん? 負けてももう一回とか言わへんしさあ?」

 千葉は大胆な提案を持ちかける。

「僕はやめておくよ」

「えー、カミサマは?」

「次の勝負一回きりだな?」

「うん。真理愛ちゃんもそろそろ来るやろうしキリがいいと思わへん?」

「ふう、良いだろう。悪いが勝たせてもらうぞ」

「おっけー。じゃあ祥ちゃん。カード頼むわ」

 東雲はカードをよくシャッフルし、千葉と邑神に五枚ずつ配る。邑神の手札は五、六、七、八、九の数字が並んでいる。しかも全てハートの柄だ。ストレートフラッシュ。どのぐらいの確率なのだろう。カードを交換することなく初手でこの役ができるのは。

(勝った)

 邑神は安堵と余裕の表情をうかべる。

「貴様がどんな手であろうと、自分の負けは有り得まい。どうだ今降りたら支払いは半分の額でいいぞ」

「ここで降りたらおもんないやん。手札交換は?」

「必要ない」

「へえ」

 千葉はまたにやにやと笑っている。

「じゃあ俺も交換せえへん」

「何?」

「このまま勝負や。正真正銘神様の采配で勝負が決まる」

 千葉は余裕の表情でカフェオレをあおる。

「自分には貴様の悔しがる顔が見えるがな」

「いーや、カミサマが喚くのが正しいな。ショーダウン!」

 邑神は手札を勢いよく場に出す。

「ストレートフラッシュだ。どうだ千葉恵吾。自分の勝ちだ」

「俺の手札を見てから言えや」

 獰猛な目をした千葉は一枚ずつ場にカードを出す。十、J、Q、K、Aのカードが並ぶ。しかも全てスペードの柄。

「ロイヤルストレートフラッシュ。いやあ、こんな手がくるとかツイてるわ。ほんま」

 静かに勝利宣言をし、千葉は邑神のチップを奪う。

「貴様っ! イカサマしたな!」

「いやいや、なんもしてへんって」

 癖毛の男が手のひらをひらひらとさせながら、激昂した男に生返事をする。

「この勝負限りと言ったが、納得いかない! 勝ち逃げは許さんぞ!」

 邑神は激昂する。

「カミサマの気が済むまでどうぞ」

「だからやめとけと言ったのに。いつものこいつの手口だ。最初にわざと負けて最後に大勝負を仕掛けてくる……」

 綿奈部は何度もこのパターンでドツボにハマり負ける者たちを見てきた。

「真理愛も来るしこの勝負はお預けだ。いいな?」

「綿奈部綱吉! 止めるな!」

「やめとけ、全財産持ってかれるぞ!」

 綿奈部は邑神の腕を掴み制止する。邑神は納得のいかない表情をしていたが、冷静さを取り返し、デバイスを操作する。やがて、千葉のデバイスの通知音が鳴り、送金完了の文字が映る。

「東雲祥貴は勝ち負けなしか」

「まあね、ギャンブルは程々にしないと」

 東雲は涼しい顔をして紅茶を啜っている。

「千葉恵吾。覚えておけ、この借りは必ず返す」

「小遣い欲しなったら、カミサマとポーカーするわ」

 千葉は邑神に悪戯っぽく笑い、余裕の表情である。邑神はふんっと鼻を鳴らし席に座り直した。

「イカサマに決まっている……」

 邑神の機嫌が治るのに周囲は大層苦労したらしい。

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神の采配 れをん @Leon0527

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