第2話ダンジョン配信者

「今日はついに渋谷ダンジョンの下層に初挑戦するよ!」


【来たーー!!】

【下層はまだ早いんじゃない?】

【大丈夫?】

【雪ちゃんなら余裕でしょ!!】

【配信者としては下層攻略は初じゃない?】


Cランク探索者であると同時にチャンネル登録者60万人を抱える人気配信者の冬月雪《ふゆつきゆき》は普段の配信よりも随分多い視聴者に向けてできるだけいつも通りを意識して挨拶していた。視聴者が普段よりも多い理由はただ一つ、今回の配信内容が下層挑戦だからだ。下層は基本的にBランク以上の一流の探索者しか足を踏み入れることのできない領域。ダンジョン配信者で下層に行ける実力のある探索者はほぼ存在しない。ただ、これが配信者として初の下層挑戦かといえば...


「配信者として初かといわれると微妙なところなんだよね。一応ネクサスの方たちがそれぞれソロで下層で無双する配信してたから」


【あー、そういえば】

【果たしてあの一切しゃべらず淡々とモンスターを殺すだけのものを配信者としてカウントしていいものか?】

【そもそも興味なさそうなのに何で配信してるんだろうね】

【今も大体ひと月に一回のペースで配信してるしね】


コメントがネクサス関連のものばかりになってしまったので雪は話を戻す。


「まあ、どちらにしろ厳しい挑戦になるだろうから気合い入れていくよ!」


そこからしばらく視聴者とコミュニケーションをとりながら準備をしてついに渋谷ダンジョンに突入した。


上層、中層を順調に突破し、ついに下層に行く前の階段にたどり着く。


「いよいよ、だね」


緊張を隠せない声で話す雪。


【雪ちゃんなら余裕余裕!】

【無理しなくてもいいんだよ?】

【頑張って!】


いよいよ下層突入のため配信を開始したときよりも多くの人が集まっている。視聴者のコメントによればSNSのトレンド1位にもなっているようだ。さすがにこの状況で逃げるわけにはいかないと覚悟を決めた雪は下層へ続く階段をゆっくり降り始めるのだった。


下層に踏み入れてすぐに上層や中層では感じることのなった重苦しい空気を感じる。

警戒を緩めず慎重な足取りで進んでいくと前方から何かが近づいてくる気配を感じ取る。素早く戦闘態勢に移りモンスターの姿を視認する。


「シルバーウルフですね」


シルバーウルフは下層に出現する狼型の高い機動力が武器のモンスターである。


【いよいよ下層モンスターと戦闘か】

【雪ちゃんなら大丈夫、頑張って!】


コメントの応援を背に気合いを入れてシルバーウルフと立ち向かう。


勢いよく突進してくるシルバーウルフ。


「アイシクルプリズン!」


雪の体を嚙み砕かんと眼前に迫る鋭い牙はしかしながら雪に届くことはなくシルバーウルフは全身を氷漬けにされる。その後しばらくしてシルバーウルフは光の粒子となってドロップだけを残して消えた。それを確認して雪は大きく息をついて少し緊張を解いて視聴者に向けて話しかける。


「みんなー! みてた? シルバーウルフ倒せたよー!」


【さすが雪ちゃん! 下層でも普通に戦えてる!】

【雪ちゃん大好きー!】

【これは配信界隈最強!】

【大手クランからスカウトもくるんじゃないか?】

【もうすでに来てると思うゾ】

【雪ちゃんの氷魔法は最強!!】


氷魔法。それは世界的に見ても非常にレアで本来下層に踏み入れるべきではないCランクの雪が下層に行くことを決断できた最大の理由で雪にとっての最強の武器。


(大丈夫。私の魔法は下層にも通用する! これなら...)


下層で初めてモンスターを倒し、自分の魔法が下層に通用すると自信を持った雪。そんな油断と慢心がいけなかったのだろうか。


自信を手に入れ先ほどよりも軽い足取りで先に進む雪。しばらくして敵の気配を探知する。


コメント欄が敵の出現に気づき、盛り上がりを見せる。


【次のモンスターか】

【雪ちゃん、気を付けて!】

【雪ちゃんなら余裕余裕!】

【また氷漬けにしてやれー!】


どこか和気あいあいとした雰囲気を切り裂き、雪が睨んでいた前方から

――オーガが姿を見せた。


オーガ下層でも最強クラスに位置するモンスター。雪は戦うべき逃げるべきか逡巡する。コメント欄でも逃げるべきと意見が散見される。


【オーガは今の雪ちゃんには荷が重い! 迷わず逃げて!】

【雪ちゃんなら大丈夫でしょ】


もしここで戦わずに逃げる判断ができていればよかったが雪は先ほどシルバーウルフに何もさせずに完勝したこと、そして今逃げたら配信が盛り下がってしまうという慢心と職業病が出て戦うことを選んでしまった。


オーガは足元の石を拾い物凄い速度で投げてくる。雪はとっさに首を傾けぎりぎりでよけ、お返しとばかりに氷魔法を発動する。


「アイシクルランス!」


雪の持つ攻撃手段では単発の威力では最大を誇る氷の槍はオーガの顔めがけてまっすぐに飛んでいき命中する。


(よし当たった!)


【やったー】

【流石雪ちゃん】


雪も視聴者も大ダメージを確信したその攻撃は残念ことにオーガにかすり傷すら与えられていなかった。何かしたかとばかりにニヤッと凶悪な顔をゆがめた。


「そ、そんなあれを食らって無傷なんて!?」


【うっそー!?】

【え、これもしかしてヤバイ?】

【雪ちゃん逃げて!】


雪は動揺からすぐに立ち直りオーガは自分が倒せる相手ではないと判断し撤退を図る。はじめこそ戦うというミスを犯しているがこのあたりの判断は腐ってもCランクといったところか。しかしオーガは下層最強クラス。その差は雪が思った以上に大きかった。


雪がオーガから距離をとろうとしたその時、


「グルゥゥゥォォオオ!!」


オーガが咆哮が鳴り響く。これが上層や中層のモンスターであれば何も問題はなかっただろうが下層のそれも最強クラスのオーガともなるとただの咆哮にも無視できない影響が出る。


「ッ!」


咆哮に当てられて一瞬動きが硬直する雪。ほんの一瞬でも下層のモンスター相手には致命的な隙となる。オーガが持つこん棒が雪の頭向けて叩きつけられる。


「ッグ! きゃああ!」


何とか硬直から復帰し体をそらすことで頭部へのダメージは避けるがこん棒が右半身にぶち当たり、雪の体は飛んでいきダンジョンの壁にたたきつけられる。


(ック! 利き腕がやられた! ダメージ的にももう動けないしこれは死んだかな...)


ニヤニヤしながらとどめを刺そうとゆっくり近づいてくるオーガを見上げながら今正に命が奪われそうになっているのにもかかわらずどこか冷静な自分がいる。


(死ぬときって案外こんな感じであっけないものなんだなあ)


「ごめん、ね。みん、な。もうダメみたい...」


【いやあああああ死なないで!】

【おい、嘘だよな!?】

【おい誰か救助呼んで!!】

【もうやってる!!】

【雪ちゃあああああああん!】


「グルゥゥゥォォオオ!!」


オーガが再びこん棒を振り下ろす。雪はきゅっと目を瞑り衝撃を待ち構えるとドーンと大きな音が鳴るがいつまでたっても体に衝撃は訪れない。何事かと恐る恐る目を開けてみるとそこには下層に来ているとは思えないほどラフな格好をした男がオーガの攻撃を受け止めていた。


「ふう。何とか間に合ったみたいかな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る